表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9 -September_Nine-  作者: 懐中時計
第一章 大いなる樹
2/8

第二話 『精霊、その名はワンコ。』

隔日更新と言ったな、あれは嘘だ。

嵐の前の静けさならぬ、嵐の前のコメディ。

武装 精霊 世界樹と魔素 そして魔力と魔醒

これから先に必要な情報が積み込んであります。

限定解除(リボルト)‼ 【灰燼剣(かいじんけん)】」


――ザサァ、という枝葉が風に揺られ擦れる音が謎のポーズをしたまま固まった男の哀愁を引き立てる。

 レインは胸の前に掲げただけで何も反応がない()()()()()()を上下に振ってもう一度同じように


限定解除(リボルト)‼」


 と繰り返すが、うんともすんとも反応がない。だがしかしレインは原因の元を理解していた。なによりこれが初めてではなかったのだ。


(また拗ねてんのかあのやろう……)

「あのぉ、ワ、ワンコさん? ワンコさま?」


『…………………………』


 風俗へ行ったことが妻にばれて不機嫌この上ない態度をどうにか止めさせたい夫が、伺いを立てるように、下手に、かなり下手に声を掛ける。

 やはりと言うべきか。レインが幾ら相手を持ち上げたとしても何の反応も示さなかった。だがいつまでもこんな一人漫才をしている場合ではない。

 

 そこでレインはやや汚い手段に打って出た。


「そう言えば、ワンコってさ、連続させて呼ぶと、なんかこう……エッチ、だよね」


『……………………………!?』


「ほら、試しに十回ぐらい呼んでみようか。ワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワ――いや疲れるなこれ。もういっその事マン」


 汚いどころか親父臭い、いや子供の頃好きな女の子に嫌がらせをしてしまうあれに似通ったただのセクハラだ。例え相手が男であってもこれは到底許されるものではないだろう。友情にヒビを入れるような最低最悪の嫌がらせだ。


『ちょっとまてえい!? なに? なんなの? 俺様の名前馬鹿にしてんじゃねえぞ‼ しかも最後言っちゃだめなやつ言おうとしたよね? ねぇ!? 紳士はどこに行ったの?????』


 いい加減業を煮やしたのか、白十字架の中から女性のようであり、男性のようにも取れる中性的な声が憤慨の嵐と共にレインの鼓膜に突き刺さる。

 キーン、と甲高い音が耳の自由を奪っている中、声の主は、ふんすふんすと鼻息のような音を荒立たせ、大変ご立腹の様子だ。


「やっと出てきてくれたね。もう、心配したんだぞ?」


『なにが「心配したんだぞ?」だ‼ さんざん馬鹿にしてくれやがって。許さねえからな』


「あはは、またまた。俺がいないと消えちゃうような希薄な存在なくせにーこのこの。素直に苛立っていましたごめんなさいご主人様って言ってごらんよ。俺も怒らないからさ、ほら、ごめんなさいは?」


 十字架をヒトの頭でも撫でるように優しく指先でなぞりながら声の主にちょっかいを掛ける。しかしその態度に苛立ったのか声の主は一層怒りを露わにする。


『ご主人様だぁ? っざけんな‼ ()()の俺がいなくなって困るのはお前も一緒だろうがよ‼ ガルルルルルゥ‼』


 先程からレインと会話している声の主は、武装・白十字架に宿る()()

 精霊は世界の中心に聳え立つ()()()が、世界に満たした()()の集合体。そしてそれが意思を持った存在だ。精霊は魔素を()()へ変換する白十字架を介して、使用者に効率よく魔力を供給する役割を持っている。俺がいなくなって困る、と言っているのはこのような経緯があるからだ。

 

 ()()なのに名前がワンコというのは理由がある。興奮すると犬のように威嚇をするため愛称としてワンコとレインが呼んでいるだけで、精霊であるワンコには本当の名前がきちんと別にある。本人がその名で呼ばれるのを嫌がることもあり、ワンコ呼びがすっかり定着してしまったのだ。


「えぇ、別に俺はワンコなしでも武装は出せるんだけど……え、もしかして灰燼剣は自分がいないと制御できないやばい奴とか思ってたの? そんなわけないジャーン‼ ハハハハハッ」


 馬鹿にするように笑い飛ばす。付き合いもそこそこ長い二人は今年で四年目のバディ。健やかなときも、病めるときも、苦楽を共に乗り越え成長を重ねてきた。と思っていたのはワンコだけだったようだ。自分はレインに必要とされていると強く想っていたワンコは、裏切りともとれる態度についにキレてしまった。


『あ゛ぁ゛ん? なんだぁてめぇ、そこまで言うなら全力で出してやるよ‼

要請受諾(アクセプト)灰燼剣強制解除かいじんけんオーバロード

ハッ、受け止めてみろよ‼』


 ピシリ、とレインが握る白十字架に小さな亀裂がいくつも走る。過剰に供給された魔力は可視化されるほどの濃い緑色となって、十字の短い頂点から吹き上がった。それは十字架を柄に魔力の刃へと姿を変え、刃に収まりきらなくなった魔力は傷口から溢れんばかりに放出される。周囲を緑色で満たした魔力は時間と共に徐々に色合いを、緑から灰に変えレインを呑み込まんとしていた。


 レインはそれでいい、とでも言いたげに抵抗することなく魔力に身を委ねる。

 髪を、皮膚を蝕んでいく灰色は赤く発光し熱を帯びているように見え、実際レインの皮膚は焦げたような異臭を至る箇所から発生させていた。灰色が全身をくまなく覆い尽くしたとき、レインは剣へと姿を変えた白十字架を唐突に胸の奥深くに突き刺し叫んだ。


再構成(リブート)‼」


 呼応するように、体を蝕んでいた灰色は皮膚に浸透し一気に凝縮、途端に固まり出す。

 石灰岩で足先から頭の天辺までをガチガチに固められたような見栄えでレインは身動き一つとれない。しかしそれに動じることなく待つこと数秒、灰色と灰色の隙間から迸る溶岩のような赤く熱せられた液体が噴出し、灰色がみるみる溶かされ剥がれ落ちる。

 全てが足元に剥がれ落ちると、レインは黒色の鎧を身に纏った姿を見せ、右手には柄が真っ白で刃が黒くひび割れた剣を持っていた。


「ハハン、どうよ。これでも俺をご主人様って呼んでくれないのかなぁ?」


『ぐぬぬぬぬ……結構本気で殺す気だったんだけどなんで君生きてるの? 訳が分からないよ』


「なんでって言われてもな。そもそも灰燼剣は俺の武装であってワンコの所有物ではないわけじゃん。魔装でもあるまいし、所有者殺す武装なんて聞いたことがないよ」


『な、なんだって⁉ えなに、じゃあ俺はまんまと君に唆されて、いいように魔力出しまくって単純に強化しただけなの? ねえそうなの? いやいい、答えないで辛くなる』


――嵌められた。と意気消沈して黙り込むワンコ。

(レインの掌で転がされるのはこれで何度目なのだろうか。思い返せばあの時、あの時も、今回だって同じやられ方だったじゃないか……!)

 頭(?)に血が上ると感情的になる癖はどうやら治らないらしい。ワンコはこれ以上自分で自分を傷つけないために考えることを止めた。


「んでもこれちょっときついな。軽く運動しておくか」


 腕を横薙ぎに振ると手甲がヌルリと動き、指先が非常に鋭利な獣の鉤爪に変化する。鉤爪は樹の幹に触れるだけでそれを傷付け焼き痕を残す。足踏みをすれば、甲懸が狼の脚のように変化し、鋭い爪で大地を掴む。その場で軽く跳ねれば、木々を簡単に飛び越える跳躍力を見せた。


「見ろよワンコちゃん。こんなに星が綺麗だ」


『そんなことしている時間はあるのかい?』


「このぐらい誤差だよ誤差っと。そうだ忘れるところだった」


 地面に降り立つと、変化した手甲を元の状態に戻す。鞄の中から食料と水を取り出し、未だ意識の回復しない騎士の側に置く。これで目を覚まして餓死するなんてことは起きないはずだが、若干焼き痕が付いのは大目に見てもらいところだ。

 しかしよく訓練された兵士なら目覚めてすぐそこにある食料に食いつくような危険を冒すはずもない。そこで先程破いたマントの切れ端とは別にメッセージを残すことにした。


「じゃあ行くか、サクソンへ」


 綺麗な字とは言えない殴り書きのようなものを樹の幹に鉤爪で書き残すと、鞄を拾い上げ地面を力強く蹴りつける。すると先ほどまでいた場所をたったひと蹴りで十五メルほど置き去りにし、もう一歩、更に一歩と足を踏み出せば、たった十数歩で森を飛び出てしてしまったではないか。


「調子いいじゃん、ワンコちゃん」


 鎧の胸辺りにある白十字架をペットの犬を撫でるようにぽんぽんと叩くと、意思があるかのように鎧がぐにゃりと激しく動き回る。


「ワンコちゃん。なんで黙っているんだい。もしかしてさっきのアレ怒ってる?」


『う、うるさいな‼ 分かってるなら突かないでよ、恥ずかしいじゃん‼』


「ごめんごめん。でもああやって怒らせないと全力出してくれないでしょ。石龍討伐の時だって、俺の体に掛かる負担を危惧して力抑えてくれていたんだろうけど、今はそんなこと言ってられないからね」


 精霊は魔力の供給効率を上げるだけではなく、効率を下げることもできる。

 先程武装・灰燼剣が出現しなかったのは、ワンコが魔力の流れを塞き止めていたからだ。だがしかし、武装というのは元々、精霊がいなくとも機能するように設計されている。やる気になれば強引にでも武装は展開できていた。

 なら別に精霊要らないのでは? と考えるかもしれない。がそこに精霊が宿ることで通常以上の効率で魔力を得ることができる、となれば利用しない方がおかしいだろう。


 そうなると人類だけが利益を得て、精霊側にはなんのメリットも存在しないのではないかと疑問が出てくると思う。安心してほしい、精霊と人類は互助関係にある。


 精霊の食糧問題だ。

 

 精霊は魔素の集合体であるがゆえに、エネルギー源は魔素そのものである。人類のように小麦のパンや、脂が乗った肉を食えばいいというものではない。


 しかし魔素は世界樹から離れれば離れるほど濃度が薄くなる。世界樹から遠く離れた地で生まれた精霊は、己という存在を維持するためにひたすら魔素を吸収しなければならない。それは精霊にとって生き辛い環境だ。


 だが魔力を操る人類がいるなら話が違ってくる。世界樹から遠く離れていても、人類は大気から魔素を取り出し魔力へ変換する術を持っている。つまり人類の側に引っ付いていれば魔素が勝手に集まってくるため、食糧に困ることなく生存が可能になる。しかし精霊自体が魔素の塊であるため、自身の魔素まで変換される危険性を同時に孕んでいる。


 幸いヒト族が扱う白十字架は、魔素を外部からのみ集め圧縮し、変換するという機能でしかないため、余剰空間に宿ることで魔素の吸収から逃れることができるのだ。

 このように人類と精霊は互いの利益を優先して共生しているわけである。


 しかし何事にも例外はある。

 レインが属しているこのアルメリア王国の王家には、王を守護する五大精霊と呼ばれる偉大な精霊が存在している。それらは精霊でありながら人類と全く変わらない姿を持ち、自身で魔素を魔力へ変換し取り入れる能力まで備えている。一説には、その偉大な精霊たちから魔力を得る方法を学んだのだとか……。


『それより、サクソンまで行ってどうするんだい? 魔物ならともかく、人間相手にこのレベルの武装ぶつけたら相手確実に死ぬよ?』


「さすがに盗賊でも生身相手に直接ぶん殴ったりはしないよ。あくまで穏便に解決するさ。あっでも、相手も武装使ってくるなら話は別ね。容赦なく叩き潰す」


『いいねぇ~、そういうところ嫌いじゃない』


 含みのある笑みを浮かべるレイン。精霊も顔があったらきっとその表情はレインと同じに違いない。

 平野を駆け抜けること数分、目の前に不自然に盛り上がっている草木が一切生えていない丘陵地帯が、地平線の端から端まで続いているのが見える。


 手前から徐々に標高が高くなっているこの丘陵地帯、誰が見てもただの山脈である。

 しかし横幅が非常に長いだけで、いざ進んでみると最短でも千メル程しかなく、ただの見掛け倒しのつくりになっている。


 言伝えによれば、この丘陵地帯は五大精霊の一人『ウルド』が大昔に創ったと言われている。

 なぜこのような地形にしたかは諸説あり、一番信じられているのは、かつて果ての山脈には国がありその国は冬の前になると近隣諸国に戦争を仕掛け資源を強奪していたのだとか。当時の王はそれを防ごうとウルドの助力を得て、行軍できない丘陵地帯を創り上げた、というものである。


 実際果ての山脈には、砦や城壁の跡らしきものが多く遺されており、トレジャーハンターたちのメジャースポットになっているほど。


『ところでさ』


「なんだ?」


()()()の処に寄らなくてもいいのかい?』


 アイツとはレインの幼馴染で、唯一の家族であるユリシア・フォードのことだ。彼よりずっと年上で、母のような立場にある人物。


 普段はトゥルクという街で酒場を経営しているため、冒険者のレインとは生活リズムが全くと言っていいほど合わない。だが、遠征に出る前や帰還後は真っ先に顔を出すという習慣があるため、今回も真っ先に立ち寄るべきと考えていたのだが――


「いやまあ寄りたい気持ちはあるけど。あんな形相で走っていく騎士を見たら組合所属の冒険者として見過ごせないでしょ。俺が動けばそれだけ救われる人間はいるんだよ。ユリシアのようにね」


 何を思い出したのか。レインの顔は今にも泣きそうなほど酷く歪み、ユリシアとレインの間にとてつもなく苦い思い出があるというのだけは察することができる。


『――そっか、ならいいんだ。無粋なことを聞いたね』


 それからはお互い沈黙を保ったまま、丘陵地帯を進んでいく。前日に雨が降ったようで、足元が若干ぬかるんでいて気を抜くと勢いそのまま転げ落ちるなんてこともあり得る。しかし迂回している時間はないい。

 ときに滑り降り時にはね跳びを繰り返し、丘陵地帯の終端まで辿りつく。後はこの丘を登り切ればサクソン市までなだらかな平原が続くだけだ。


「ってうぉわ! なんだこの熱気‼」


 ある一定の線を越えたた途端、唐突に咽かえるような熱気が顔に纏わりつく。あまりの息苦しさに兜を外す。


『おい、あれって――盗賊じゃなかったのか?』


 丘陵地帯最後の丘を駆け上ったその先に、天まで届く炎で燃え上がるサクソンの街が飛び込んでくる。その炎は意思でもあるかのように揺れ動き、時より腕のように見える炎を街に向かって振り下ろしている。


「――ああ、どこからどう見ても報告にあった魔醒、だよな。最近の盗賊はあんなのまで持っているのか……」


 初めて遭遇する魔醒にレインの脚は無意識に震えている。それもそのはず、魔醒は最近になって姿を現した新種の魔物。生態数は把握するまでに至っていない。これまで魔醒と対峙し生き延びた冒険者は片手で数えられるほど。


『おいおい実力派冒険者が聞いて呆れるなぁ! 救える命があるってさっき言ってなかったかぁ?』


「ばーか、武者震いだよ。……あんなもの、放っておけるわけないだろう」


 魔醒とは魔素を吸収する特性があることから精霊と元を同じくする存在だとされている。しかしその実態は謎に包まれている。一つだけ確かなのは、人類に対して明確な敵意を持っているということだけだ。現状、物量戦でしか対処できていない。


「急ごう、ワンコ。一気に三段階強化で」


 右手を頭の上部から顎先に撫で下ろすと、黒い霧が形を成し、レインの頭に犬の頭のような黒い兜が装着される。


『了解、ご主人。移動速度強化・三(レベルシフト・ドライ)‼』


 ワンコの合図でレインが脚に纏う足懸に魔力が集中し肥大化する。一歩踏み込むごとに地面が窪むように割れるがお構いなしに全力で踏み抜く。これは駆けると言うより翔けるに近いのではないか、レインは一歩で四十五メルほどの空間を突き進む。



――サクソン市まで残り二千メル。




次回 第三話『冒険者の街 サクソン』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ