表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9 -September_Nine-  作者: 懐中時計
第一章 大いなる樹
1/8

第一話 『レイン・フォードという冒険者』

隔日更新をしていきます。

twitterで執筆状況などの報告をしています!

https://twitter.com/omonaka_novels

 月明かりの殆どない新月の夜に、森を早く抜けてしまおうと考える青年が一人。

 名をレイン・フォード。弱冠二十歳ながら世界を飛び回り、二つ名まで持っている実力派冒険者である。


 何かが沢山入っている大きな革の鞄をしっかりと背負い、泥だらけの衣服に身を包む。左腕にアルメリア王国所属の冒険者である証【黒十字】の紋章が刻まれた腕章を付け、首からは等級を示す蒼く光って見える銀色のタグを下げている。


 髪の毛は所々枝毛ができており、一体最後に入浴したのはいつなのか問いたくなるほどの汗臭さを周囲に撒き散らしらしながら歩き続けている。これでは野盗はおろか、動物も魔物も近寄っては来ないだろう。


 普通なら野営して今頃眠りについている時間帯だ。夜間に街の関所に辿りついたとしても、朝日が昇るまでの間は門の内側には入れない。そのため無理に行動する利点が殆どないのだが、彼はそんなこと知るかと言わんばかりに森を突き進んでいく。


 手持ちの小さなランプで道先を照らすが、頭上を塞ぐ枝葉の影響で星明りが全く届いていないこともあり、せいぜい三メル先までしか視界を確保できていない。


 道は舗装されているわけでもなく、ただ削り、踏み固められたような出来だ。所々には木の根が飛び出しており、昼間ならまだしも、夜間はよく注意しなければ簡単に足を取られてしまう。恐らく元々は獣道で、それを発見した冒険者たちが藪を切り開いて人が歩けるような道にしたのだろう。


 転んだぐらいでどうにかなるような体のつくりをしている冒険者はいないと言ってもいいが、それでも絶対に怪我をしない、という保証があるわけではない。ずかずかと乱暴に進んでいるように見えるが、常に足元へ意識を向けていた。


「寒い……あのコルト見逃してやったが、今に思えば毛皮剥ぎ取っておけばよかったんじゃ?」


 季節は秋も終わりが近くに迫っている。夜は早々に寒さが肌を刺すようになり、薄手のマントでは体調を崩しかねないほどに気温が下がる。のだが、彼が身に着けているマントは首元に巻き付いている若干の布きれだけで、体を覆い隠すには全く足りていない。


 決して彼の趣味や最近街で流行しているファッションというわけではない。職種によって用途は変わるが、冒険者にとってのマントとは武器であり防具だ。剣や盾に次いで重要なものと言えるだろう。


 ならなぜこのような姿になっているのか。


 一週間前のことだ、六カ月の長期遠征を終え、冒険者組合のある街へ街道に沿って移動していたレインは、なるべく早く報告を上げたいがため夜間も移動に時間を費やしていた。


 コルトと呼ばれる草木を主食とする羊に似た姿を持つ比較的温厚な魔物の生息域に入ったその晩。疲れからか、まともに野営の準備もしないまま街道沿いの植木の下で眠りこけてしまう。


 野盗などの心配もあるのだが、彼の眠りは思った以上に深く、枝が顔に落ちても一向に起きる気配がない。普段なら野営で熟睡などするはずもなく、何者かが接近すればすぐさま起き上がれるように警戒するものだが――今日に限っては冒険者の心構えをすっかり忘れてしまっている。


 そんな彼を嘲笑うかのように、ゆっくりとした足取りで近づく複数の影があった。


 フード越しに陽の光が瞼に一日の始まりを知らせる。土の上で寝たせいか、背中の筋肉がすっかり凝り固まってしまっていた。


「ふあぁ……やっぱ宿屋に泊まるべきだったかな。取りあえず朝飯食って――」


 欠伸をしながら遠征の戦利品と食料の入った鞄に手を伸ばすが、手に伝わってきたのはモコッとした柔らかな感触。皮の感触とは違うそれに緊張が走る。油が切れた歯車のようにぎこちなく首を動かし感触の正体に目を向けると


「な、なんじゃごりゃあああああああああああああああああああああああああああ⁉」


 全身毛むくじゃらの謎の生物が数体横たわっており、彼のマントを美味しそうに噛み千切っているではないか。


「おい馬鹿やめろ‼ このマントは金三枚の値がしたんだぞぉぉぉぉおおおんんん‼」


 もはや何を言いたいのか、泣きながらしゃぶられているマントを引きはがしにかかるが、


 ブチチィィィ‼


 呆気なく、首元の部分だけを残してそれは破け散った。


 マントを引きはがした勢いのまま、レインは尻餅を着き、人生で最も目覚めの悪い朝を迎えることになったのだった。



 実力派冒険者とは、と疑問を投げられかねない大失態を招いていたわけである。苦い記憶を思い出しながら意気消沈する。はぁ、とため息を漏らしながら歩き続けていると、前方から何やら多数の重い足音が聞こえてくる。

 

 なんだ、と身構えては見たもののこの小さなランプでは至近距離まで接近しないと相手も自分も姿が確認できない。もしこの音が野盗のものだとしたら、自分の居場所を教えるだけでなんのメリットもない。レインは一先ずランプの灯を吹き消し、木々の中に姿を隠す。


 道の見渡せる茂みに身を隠して数秒後、甲冑姿の騎士を乗せた早馬が数頭この悪路を駆け抜けていく。一瞬だったが、兜を脱ぎ捨てていた騎士の強張った表情を彼の目はしっかりと捉えていた。


(あれはサクソン駐屯騎士団の早馬だな……あの街で何かが起きている? いやしかし今は行事の準備期間で相当警備が厳重なはず――)


 なにやら胸騒ぎがする、元々サクソンに向かう予定ではあった。ならばと予定を早めサクソンへ向かうことに決め、早速行動に移ろうとしたその時。


 ズゥゥゥゥン!!!!


 巨大な鉄球でも落としたような鈍く腹の底に響く音にレインは身構える。

 しかしそれに続くような大きな音はなく、暫く静寂がこの場を支配する。


 しかしこの道を通過しなければサクソンには辿りつけはしない。迂回するにしてもこの暗く道のない藪の中を進んでいくのは、ただ体力を消耗するだけなので、仕方なく様子を見るためにも道を進むことに。


 珍しく頭上の枝葉がなく開けた道に出る。星明りが地面まで届き、かえってランプの光が邪魔になるほど明るい場所がそこにはあった。しかし足元は宙の美しさには見合わない、物騒な光景が広がっている。


 その場所には、サクソン駐屯騎士団の紋章が刻まれた鎧を纏う騎士が固い土の上に投げ出されており、遠目からでも意識がないように見える。馬は興奮しているのか、不用意に近づいたレインに向かって一直線に突進を仕掛ける。


「ちょっ、おいおい待て待て‼」


 すんでのところでそれを回避したものの、馬はそのまま暗闇の中に姿を消した。


 今は逃げた馬を追いかける必要性がない。レインは横たわる騎士に駆け寄る。


「そこの騎士さん、大丈夫か? 生きているなら返事をしろ、おい!」


 体を揺するが、全く反応がない。仕方がないのでぐったりとしている騎士の兜を強引に剥がし、呼吸の有無を確認する。幸い浅くではあるものの、しっかりと呼吸していた。安堵するレインだったが、やはりなぜ駐屯騎士団がこんなにも安全確認を怠り、急を要するに至ったのか疑問でしかない。


 取りあえずこのまま放置するわけにもいかないため、意識のない騎士を道の脇に運ぶ。後で回収しに誰かしら来る必要があるので、目印になるよう騎士の隣にある木に首元のマントを雑に破り切れ端を括り付けておく。


「ちょっとごめんよ。それ見させてもらうね」


 騎士が握りつぶすように持っていた丸められた便箋。当たり前だが、このような物は素人が触ってよいものではない。が、しかし今は冒険者の勘がそれを見ろと囁いている。


 レインはそっと手から抜き取り封の紐を手早く外そうとするが


「これは……ベム・ロウ市長の封緘、だよな」


 サクソン市長であるベム・ロウのみが持っている封緘が施されていることに気が付いた。これ読んだことがバレたら相当怒られるんだろうなぁ、と考えながらもレインは封を切った。


「なんてことだ――しかもこの痕は」


 盗賊団の襲撃を知らせるその文には、市長本人の血痕のようなものまで付着している。これはベム・ロウ市長が怪我を負うほど内部に潜られているということでもある。


 そして何より、駐屯騎士団のあの切迫した表情からサクソン市が今どのような状況に置かれているのか理解できないはずがなかった。


 今更騎士団を呼び集めたとして、すぐに駆けつけられるほど世界は都合よく出来てはいない。そもそもこの便箋を書き留めて送り出したのは単純に計算にしても一時間は前の出来事になる。


 このままでは、サクソン市が今晩中に落ちるのは誰が見ても明白だった。



 レインは鞄を下ろすと、懐から掌サイズの白十字架を取り出し。

 一呼吸の後に叫ぶ――



限定解除(リボルト)‼【灰燼剣】」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ