再会
喉元に光の杖を突きつけられて、アニマはうっすらと微笑みました。
(なんて物騒なんだろうか。太陽の神をも凌ぐ、他者を焼き尽くす輝き)
海の青と森の緑、二つの色彩を持つ男は、一切の慈悲を映さない眼で神を見下ろします。
「生と死を司る神、アンタの力を渡せ」
「ふむ。拒否する」
轟音が空気を引き裂き、周囲が閃光に包まれます。
わずかに考え込んで、アニマは様子を窺いました。
雷の神すら怖気づくだろう稲妻を放った男は、少しも態度の変わらない神の姿を認めました。
「……最高位のアンタからすれば、この程度は児戯に見えるか」
(いいや、キミの力は十分理解できたよルーメン。人間でありながら神にも迫るそれは、「楽園」に入る資格足りえたのだろうね)
アニマの暮す「最果ての楽園」は、人間にとっては神話の中に登場する幻の場所。
実在するなど考える者は少なく、実際に足を踏み入れた人間は、彼が初めてに違いありません。
「奇跡の神童、王国の英雄、光の大魔術師、希望の御印――楽園へ至りし者、ルーメン。キミの本当の望みを言ってごらん?」
我が子を思う親のような慈愛の声で問いかければ、男は刹那に様相を変えました。
「っ……!!! アミカはどこにいるっ! アンタの力ならわかんだろ!? この世界のどこかにいるはずなんだっ……!!!」
アニマの胸倉を掴み、激情をぶつけます。
しかし、幼い見かけの神は、静かに否定を示しました。
「あのこはまだいない。神はそう簡単にヒトにはならないんだよ」
男は、二色の双眸に絶望を浮かべました。
(ボクは、あの子みたいに優しくはないんだ。――でも)
アニマは、呆然と泣き出した男の手を下ろすと、その額に触れます。
「キミに、希望をあげようか」
指先から注いだのは、ほんのわずかな量でした。
けれども、男の表情はみるみる明るくなっていきます。
「これ、は……」
「ルーメン、キミにはもう一つ名前がある。それを知るあの子を探すといい。たとえ『今のキミ』が終わっても、『次のキミ』が探すだろう」
愛する娘は、三千年、アニマを探し求めました。
さて――彼は魂の伴侶を探し出せるのでしょうか。
(キミは、どれだけの月日を捧げるのかな? 『ノード』)
*****
何度も巡り合った二つの魂。
一つは長き呪いを背負い、一つは幾度も生を繰り返しながら。
そして、贖罪を果たした魂は、安息の眠りにつきました。
――伴侶たる片割れを置き去りにして。
けれど、片割れは諦めませんでした。
いずれ生まれ来る『彼女』を見つけるため、探し出す力を求めて、神話の地を訪れます。
楽園の主は、求めたものはくれませんでした。
かわりに与えられたのは、一つの希望。
魂に名付けられたもう一つの名前を知る伴侶を探して。
*****
日が昇り始めた早朝から、アンプレクテンテムはギルドへと向かいます。
掲示板の前には、同業者がちらほらと集まっていました。
彼が近づいて行くと、みな怯えたようにその場を離れていきます。
いつもの事だと気にもせず、アンプレクテンテムは依頼書を値踏みし始めました。
――不意に、彼の隣に誰かが並びました。
気配を辿るように目線を落とせば、ブドウ色のうなじが目に入ります。
さらに下へ移すと、華奢な体躯に不釣り合いな大鎌を片手に握っていました。
にわかに興味を抱いたアンプレクテンテムは、その人物を観察しようとして……まるで石になったように固まりました。
凛とした横顔は女性で、ブドウ色の睫毛に囲まれた紫水晶のような瞳は、真剣に依頼書を見つめています。
面影は、ありませんでした。
『彼女』はもう少し背が低かったですし、顔つきも幼かったはずです。
肌は透けるように白く、身にまとう色彩も全く異なります。
けれどけれど、彼には分かりました。
「……アミカ?」
呼びかけた自覚もありませんでした。
す、と紫水晶がアンプレクテンテムを映します。
とたん、まるで灼熱の大地に立ったかのように、彼の全身が熱を帯びました。
隣で硬直する大男を見上げて、少女は不思議そうに首を傾げます。
「……『ノード』?」
ハッと息をのんだのはどちらだったでしょうか。
数分か数十分か、空白の時間が流れ――どちらからともなく、二人は手を触れ合わせました。
「……また、会えましたね」
「あぁ……また、終わりの時までそばにいてくれ」
再会の言の葉。
何度巡り合っても、変わらない挨拶。
とても自然に、二人はお互いを抱きしめました。
*****
「ボクの愛する娘、キミは約束を守る子だ。
縁結んだ魂よ、キミは捧げた心と時間の報いを受け取った。
ならば、ボクもキミたちとの約束を果たそう。
――この世界の終幕まで」
世界の中心で楽園の主は囁きます。
"どうかどうか、見守っていてください"
その生が安らかに逝くその時を、何度でも何度でも。
七色に輝く瞳は、誓いを守るのでしょう。
*****
それは、誰も知らない神話。
むかしむかし、あるところで起こった出来事。
世界の命運を握った存在の死。
神殺しの少女が旅した贖罪の三千年。
いくたびと邂逅する魂との別れ。
そして、死神は殺した神と再会し、自らの終焉を受け入れた。
悲しんだのは、生まれ変わった神と縁を結んだ魂、ただ二人だけ。
けれど、伴侶たる魂は神に希望を与えられた。
数え切れぬ時間と心を捧げた魂は、再び片割れをその腕に抱きしめる。
そして、その手はもう離される事はないだろう。
ーーそんな、語るまでもないおとぎ話。
*****
めでたしめでたし
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