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贖罪の終わり

私が城内に入った時、すでにその国は滅亡寸前でした。


普通なら侵入者を止める衛兵は、誰一人いません。


召使や小間使い、貴族や官僚、城を動かしているはずの人々の姿も、影すらありません。


……いいえ、正確には違うでしょう。


彼らはそこに(・・・)います(・・・)


床だろうが壁だろうが、椅子でも庭でも果ては(かわや)であろうとも。


眠っているのです。


深い深い眠りの中、いずれ来る死の足音も知らず、笑みを浮かべているのです。


城の最奥にある広間に入ると、巨大な玉座……ではなく寝台に寝そべる豪奢な衣装の女性が一人。


「アメルガ・セント・ジャーメル――背負った重荷から休息を欲した者よ。

生きながらにして我が眷属になってしまった哀れな者。

あなたを保護し、本当の安息へと導きましょう」


国民まるごと巻き込んで死へと引きずり込もうとしている彼女は、この国の女王です。


聡明でよい君主でしたが、女王という役目を本当は受け継ぎたくはなかったようでした。


その結果、生ある者でありながら死の眷属となり、アメルガに仕事を果たしてほしいという人々を眠りに落とし、自身も眠り続けているのです。


このままでは、国一つ、(おびただ)しい数の人間が死ぬことになってしまいます。


「あなたは良い王でした。

役目を(いと)っても、ちゃんと果たしていました。

ですが、それを断ち切りたいというのなら、望みを叶えましょう。

けれども、その望みにあなた以外の者を道連れにしてはいけません」


私が寝台のそばに膝ついた時、背後で光が弾けました。


「アミカ、遅くなった! まだ間に合うかっ?」


腹の底に響くような低い声の青年が、隣に駆け寄ってきます。


「ちょうどいい頃合いです。ルーメン、彼女をお願いします」


「あぁ」


青と緑、縞模様の髪を持った青年は、寝台に横たわるアメルガをさっと抱き上げました。


私はそっと青年の腕を握ります。


「飛ぶぞ」


「お願いします」


青年が片手を振り上げました。


途端、光が弾けて、一瞬の内に景色が変わります。


玉座の間から、見慣れた青年の個室へ。


自分のベッドにアメルガを下ろして、振り返った青年が、問いかけるように腕を組みます。


「ルーメンは国の方々を頼みます。私は彼女を」


「わかった」


青と緑、左右で異なる瞳を眇めて、青年は私の額に口づけを落としました。


「無理すんなよ」


次の瞬間には、光と共に青年は消えています。


(あなたもですよ……ルーメン)


心中だけで呟いて、女王の眠る寝台へと向かいました。






*****






ルーメンが最初にアミカと出会ったのは、遥か昔、2800年程前の事でした。


その時は異なる名前だった『彼』は、死の眷属となり、死神たるアミカに保護されたのです。


生ある者、そして生そのものに対する憎悪から心が凍り付いた『彼』。


しかし、アミカと出会い、心はほどけ、ついには彼女を愛するようになったのでした。


心を取り戻したが故に輪廻へと還れるようになったので、アミカは『彼』の思いを受け取ってくれませんでした。


けれど、約束をしたのです。


もし生まれ変わって出会ったなら、その時は『彼』の気持ちを受け取る、と。


そうして500年後、狂った科学者マッドサイエンティストによってつぎはぎ(・・・・)の化け物にされた『彼女』(その時は女の子だったのです)は、アミカと再会したのでした。


またもや死の眷属となってしまった『彼女』に、アミカは優しく寄り添いました。


『彼』が記憶を取り戻したのは、輪廻の環に還る直前でした。


『オレの……ワタシのきもちをうけとってくれる……?』


アミカは静かに首を横に振りました。


どうして、と泣きじゃくった『彼女』に、アミカは寂しそうに笑いました。


"どうぞ生ける者として、愛をください"


アミカは約束の言葉を繰り返しました。


『彼女』が死せる者である限り、アミカは輪廻へ還さなければいけないからです。


アミカの黄金色の目を記憶に焼き付けながら、『彼』であり『彼女』は死の果実を食べたのでした。


そうして、何度も巡り合った8度目の事でした。


すでに1800年の時が経っていました。


初めて、『彼』は生きたまま、アミカと出会う事ができたのです。


その時は女性でしたが、魂を越えて繋がれた『彼女』の愛の前に、性別の問題などありませんでした。


アミカは約束通り、『彼女』の想いを受け取り、その生が終わる時までそばにいてくれたのです。


『彼女』が輪廻へ還る時、アミカはまた新しい約束をしました。


"死したる者として出会ったなら死神として、生ける者として出会ったなら伴侶として、あなたを愛しましょう"


そうしてお別れをしてからまた数百年の時を経て、ルーメンとして生まれた『彼』は、生ける者であったが故に、アミカを伴侶として過ごしていたのでした。






*****






(もう、何度目になるでしょうか……)


三カ月前まで滅亡寸前だった国のとある街を歩きながら、私は物思いに沈んでいました。


お別れの気配がするのです。


我が救世主を殺し、贖罪(しょくざい)を初めて、もう三千年が経とうとしています。


その旅路で、何度も巡り合った魂……今はルーメンという名の彼の事を思っていました。


私は密かに、彼の魂そのものに『ノード』と名前をつけています。


『ノード』とは、死の眷属としては12回、生ける者としては4回出会っていました。


そうして、その数だけお別れしてきたのです。


街はずれに建つ孤児院の扉を開きます。


子供達の笑い声の響く建物内ではなく、洗濯物が広げられた庭のような場所に――そのヒトはいました。


意識する間もなく、私は駆け出していました。


その目が私を捉えた時、その小さな体を抱きしめ、幼子のように泣いてしまったのです。


「やぁ、ボクの愛しいアミカ。久しぶりだね、元気にしていたかい?」


「はい、はい、アニマ……っ。私はっ、私、は……っ」


七色に輝く瞳を細めて、そのヒトは私の頭を撫でました。


(あぁ、アニマアニマ。我が救世主よ……!)


この時が来るのをどれほど待ち望んだでしょうか。


私は、殺した神を見つけたのです。


それは、旅路の終わりを、『ノード』との別れを、そして……私自身の死を、意味するのです。






*****






ずいぶん長い時間が経ったようだ、とアニマは思いました。


絶句している青と緑の青年、ルーメン。


悲し気ながらも覚悟を決めた表情のアミカ。


二人を遠目に観察しながら、生まれ帰った神は考えます。


(この娘は変わってない、役目を果たす事を一番に考えている。だが、ルーメン……彼は、拒否するのではないか)


再会した代理人につれられて、引き合わされたのは伴侶だという青年でした。


何度も死の眷属となり、今世では大魔術師となったという彼は、何度生まれ変わってもアミカを求めたというのです。


(優しいアミカ、キミはとっても残酷だね)


約束は、人間に希望を持たせてしまいます。


ルーメンが生まれ変わっても記憶を保っていたのは、その執着が理由でしょう。


彼の幸福は、アニマが生まれ帰った事で終わりを告げるのです。


どうやら、死神となった娘は、それを伝えていなかったようでした。


「……イヤだっ。どうしてお前が死ななきゃいけない!? 他に方法はあるだろっ?」


「ルーメン、これは遥か昔、私がアニマを殺した瞬間から……いいえ、"アミカ"の名をもらった時から決まっていた事なのです」


「なんでそんな平然としてんだよ!? やっとまた一緒にいられるって思ったのに……っ! オレは! お前がいなくなるなんて許さない!」


「ルーメン……」


青年は悲しみと怒りが交じり合った言葉を吐き出すと、性急に両腕を突き出しました。


まばゆい光が悲しみを湛えた少女へと飛んでいきます。


しかし、それは彼女の眼前で幻のように消えてしまいました。


「――ルーメン、神である私に、ヒトの魔術はきかないのです。

そばで何度も見ていたでしょう……?

……ごめんなさい」


そっとアミカが片手を上げれば、青年はまるで誰かに拘束されたように動きを止めました。


「っ……!? アミカっ……お願いだ……っ! 頼むから……っ!」


「……アニマ、行きましょう」


泣き笑いを浮かべて、アミカは青年に背を向けます。


アニマは一瞬だけ、青年と娘を交互に見やって――黙したままアミカに手を差し出しました。


(残酷なアミカ、キミはとっても優しいね)


二人は手をつないで青年を置き去っていきました。


「行くな! 行かないでくれ、アミカ! イヤだイヤだイヤだ! オレを置いていかないでくれええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ………………!!!」


魂を引き裂くような叫びだけが、遠く遠く――。






*****






祭壇、運命の場所、神殺しの広場。


「最果ての楽園」へと私たちは戻ってきました。


すでに神の力をアニマへと返し、私は石台の上に横たわります。


虹色の目の幼子が、柔らかい手で頬を撫でました。


「生と死の代理人、生命の娘、神殺しの少女、呪われた死神、(えにし)結んだ魂の伴侶……アミカ、キミは幸せかい?」


「はい、アニマ。我が救世主よ。私は私の役目を果たせる事を幸福に思います」


小さな細い指が、目元を伝います。


「ボクの愛するアミカ、キミの涙は誰のためにある?」


幼子はまるで呆れたように首を傾げました。


一つまばたいた私は……ぽとり、雫を降らせました。


「私の涙は……彼のために。

いくども巡り合った『ノード』の名を持つ魂のために。

……きっと」


「そう。――後悔は?」


否定するように、ただ首を振りました。


私の贖罪は三千年かかりました。


長き月日を耐えられたのは、ただただアニマにまた会いたいという一心だったからです。


『ノード』と出会ったのはその過程における偶然……結末は初めから決まっていたのですから。


「どうかどうか、見守っていてください」


まぶたを下ろすと、少し間が開いた後、心臓に燃えつく痛みが刺さりました。


柔らかい手が私の両手を握ります。


思わず目を開くと、煌めく虹色が見つめていました。


「約束しよう、ボクの愛するアミカ――我が娘よ。キミの魂が安らかに逝く事を」


私は精一杯の喜びを浮かべました。


そうして、私の魂はほどけ、やがて意識は消滅したのです。






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