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神殺し

*****




はじまりはじまり




*****







(大地の命が弱まっている……)


しばらく前からアニマは感じていました。


生と死を司るアニマは、この世界のあらゆる魂を把握する事ができました。


ですから、大地そのものが弱ってきた事も感じられたのです。


それは短い目で見ても、長い目で見ても、自然に回復できるレベルではありませんでした。


(これを正常値まで戻すには……たぶん)


改善するための方法は分かっていました。


しかし、それを行うには、アニマ一人ではできません。


誰かーーアニマを手助けしてくれる人が必要です。


アニマは世界を見渡してみました。


けれど、この世界の中のモノでは、その役目を果たす事は難しいようです。


(そうか。ならば)


アニマは世界の外に目を向けます。


数多に重なり、隣り合った世界を見渡して、アニマは呼びかけました。


"ボクと一緒に来てくれませんか?"


そして、一つの魂が答えました。


「ーーうん。私をつれていって」


アニマは"本当にいいの?"と念を押します。


『彼女』はなんのためらいもなく、もう一度頷きました。


"ありがとう"


アニマはその魂をすくいあげて、自分の住む島へとつれていきました。


アニマの灰色の髪を一房、金と銀の血を一滴、そして生命の果実を一つ。


それらを材料に一人の赤子を生み出して、つれてきた魂の器にしました。


アニマは大切に大切に、せっせと赤子の世話をしました。


やがて赤子は一人の少女へと成長しました。






*****






灰色の髪は、生と死の色。


七色に輝く瞳は、命の光。


金と銀の血液は、生命の尊さ。


アニマは極彩色の存在です。


私の母であり、父である人。


否、アニマは神なのです。


彼女であり彼女でなく、彼であり彼でない、アニマは呼称に迷います。


だから、私はただ「アニマ」と、そう呼んでいました。


純粋な気持ちで『私』をやめてしまいたかった私に、アニマは新しい姿をくれました。


髪は、アニマと同じ灰色。


瞳は、生命の果実と同じ黄金色。


肌は、木の枝と同じ茶色。


血液は、樹液と同じ赤茶色。


"キミは生命の娘だね"


アニマは私の姿をそう表現します。


生と死を司るアニマは、二つの果実を創り出すことができました。


生命の果実と死の果実です。


生命の果実は黄金色。


死の果実は白色。


私には、それはリンゴにしか見えません。


しかし、この世界には『リンゴ』という果物はないらしいのです。


アニマは、世界の中心にある島で暮らしていました。


人々の間に伝わる神話では、「最果ての楽園」と呼ばれているそうです。


私はここでアニマに育てられ、アニマの力を少しずつ受け継ぎました。


そうすると、この世界の大地が弱々しい命を宿している事が分かってきます。


アニマはなぜ私をつれてきたのか、教えてはくれません。


けれど、力を受け継ぐうちに、自然とそれを理解していきました。


(あぁ、アニマアニマ。……我が救世主)


やがて来るその時を、私は恐れています。






*****






"アミカ"


外の世界からつれてきた『彼女』に、アニマは新しい名前をあげました。


生命の娘とも呼んでいる少女は、もう十分に成長しました。


(そろそろだろうか)


楽園で笑顔を見せる少女を見て、アニマは思いました。


大地の命は、もうかなりすり減っています。


持ちこたえるのは、あと少しの時間でしょう。


手の内に創り出した剣を、アニマはなんともなしに弄びます。


鈍色の光を反射するそれを、少女に渡さなければいけない時が、もう来ていました。


「そばにおいで、ボクの愛するアミカ。話があるんだ」


「はい、なんでしょうか?」


嬉しげに駆け寄って来た娘に、アニマは握った剣を差し出します。


「……これは?」


「アミカ、キミにこれをあげよう。そうしてーーこれでボクを殺してくれないかい?」


「…………アニマ」


黄金色の瞳が転がり落ちそうなほど、アミカは驚きを露わにしました。


茶色の指先で剣を受け取って、少女は唇を噛み締めます。


「この日が来なければいいと、ずいぶん前から祈っていました」


「賢いアミカ、ボクもキミとの時間を終わらせるのは至極残念だ。……だけれど、役割を果たさなければ」


「分かっています、我が救世主。私は、そのためにいるのですから」


取り乱す事なく懐に剣を抱いた少女に、アニマは心から愛しさを感じました。


アニマは、生と死を司る神。


その魂を世界に還元することで、大地の命を回復させる事ができます。


しかし、アニマが死んでしまっては、生と死の理が乱れてしまいます。


それに、神は簡単に殺す事はできないのです。


アニマは死そのものを司っているのですから。


少女は、アニマの力を受け継ぎ、アニマを殺し、アニマの代わりとして神になるためにつれてこられたのでした。


「アミカ、神の力はほとんどキミに渡した。ボクはもうすぐヒトになるよ」


アニマは楽園の端に歩き始めました。


娘は黙ってついてきます。


島の端、海を見下ろす断崖の上に、開けた場所と一つの石台がありました。


祭壇、運命の場所、神殺しの広場。


振り返ったアニマを見返したのは、静かに凪いだ少女の顔でした。






*****






温かな手が、私の額を優しく撫でます。


身体の中が蜜のような感覚で満たされました。


「さあ、これで力は完全に渡した。何をするべきかは、分かっているね?」


言葉を形にするのは恐ろしく、私はただ首を縦に振りました。


アニマが石台に横になります。


「神の代理人、生命の娘、ボクの愛するアミカ。さあ、おいで……キミの役目を果たすんだ」


私は石台の横で数秒、瞼を下ろしました。


「ーー分かりました。

私はあなたを殺します、アニマ。

それがこの世界の最高神、生と死の神、我が救世主、母であり父であるーーあなたの望みなら」


石台に横たわったアニマは、私を慰めるように微笑みました。


感情を浮かべる事もなく、私は手の中の剣を強く握ります。


一息で心臓へ突き刺せば、金と銀の血液が流れ出し、大地に染み込んでいきます。


アニマの魂が溶けていきます。


私はアニマの手に縋りついて、ひたすらにその七色に輝く瞳を見ていました。


少しずつ、少しずつ、少しずつーー。


アニマは笑みを描いたまま、一度だけ私の名を呼びました。


"アミカ"


ポトリ、と一粒だけ雨が落ちました。


金と銀の川がうねり、大地が息を吹き返していきます。


アニマの身体は霧のようにかすかになり、もう手を握る事さえできません。


石台が冷たくなっても、私はまだ動く事はありませんでした。






*****






(あるじ)を失った楽園に、神々が集まってきました。


神殺しの広場で沈黙している生命の娘を、皆遠巻きに見ています。


やがて少女が立ち上がると、神々は一斉に膝をつきました。


月の女神が進み出て、初めに口を開きます。


「生と死の代理人よ、貴女の犯した罪をご存知でしょうか?」


「はい」


娘は粛々と答えます。


次に風の男神が声を上げます。


「神殺しを犯した貴女は呪われた存在です。代理人でありながら、生命の力を行使する事は叶わないでしょう」


「分かっています」


呪いを帯びた少女は、全てを受け入れる目で神々を見渡しました。


音楽の三女神がそれぞれに語りかけます。


「貴女は贖罪を為さなければなりません」


「世界に還った我らが神が再び帰ってくるその時まで」


「貴女は世界の綻びを直し続けなければならないでしょう」


「では、私は旅に出ます。犯した罪を(あがな)う旅路へ。どれだけの月日がかかろうとも、我が救世主が戻ってくる、その日まで」


生と死の代理人、生命の娘、神殺しの少女ーーアミカは祭壇を後にしました。


海の男神と波の女神が、彼女を楽園からヒトの生きる大地へと運びました。











ーーそうして、三千年に渡る贖罪の旅路が始まったのです。






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