『碧の章』第52話:クーネアと覇王の盟約
「失礼な話だよ、あの程度で私の防御壁が壊れるわけないじゃないか」
覇王の間で聞かされた言葉は内容とは裏腹に、言葉の端々に嬉々とした感情が見えた。
静まり返った闘技場を後にした2人は、そのままこの場所へと戻ってきていた。
途中、黒服と出会い、クーネアと何やら言葉を交わし、サングラスの奥に光る涙が見えた時には何事かと思ったが、クーネアにもそれなりの出来事があったのだろうと利緒は1人納得した。
「ま、それだけルナフィア嬢が成長したってことだと思えば彼らの態度も許せるのだけどね」
覇王は、誰の反応も伺うことなく、1人言葉を続ける。
ただ少し、言葉に乗る感情が暗く沈んだ気がした。
「君らのその距離はどうかと思うのだよ」
呆れたような声色。
ジルモーティン、覇王の2人の目が利緒とクーネアに向けられている。
利緒は、その視線の意味を十分に理解していると左肩を竦めてクーネアを見る。
利緒の右腕にクーネアは幸せそうな顔をして抱きついていた。
皆の視線に気づき、クーネアは利緒の方を向く。2人の視線がぶつかって、クーネアは笑った。
その顔を見て、利緒も自分の顔が熱くなるのを感じた。
「……カンナリオ、お前中で何してきたんだ?」
「……さあ?」
戦いを中断してから、なにがどうなっているのか、むしろ利緒自身が知りたい。
「ひとまず、ルナフィア嬢は一度離れよう」
覇王の声は、重い。
しかし、クーネアに言葉が通じない。
「クー、離れて」
「どうして?」
「どうして、と言われると覇王が話があるみたいだから……だったら無視していいのか?」
利緒の感情としては無視してしまっても良いかと思うのだが。
冗談も含めて気に入らないようで、段々と強くなる圧力に、利緒はクーネアに離れるよう言う。
一瞬悲しそうな顔をして離れるクーネアに、後でなら良いから、というと顔を輝かせる。
可愛いと思いながら、あまりの状況の変化に何か恐ろしいものを感じる利緒。
「さて」
2人が離れたこと確認した覇王が空気を変えた。
「ひとまず私の仕事をしてしまおう。ルナフィア、こちらへ」
真面目な声に、クーネアは覇王の方へと歩いていく。
利緒も近づこうとしたが、覇王からのフルフェイスの兜越しに感じる圧に歩を止める。
「君はこの試練を超えた。よって我が『覇王の盟約』を授けよう」
覇王の差し出す手には、一枚の札。
覇王の意匠のみで、名の記されていない《盟符》。
「クーネア・ル・ルナフィアに問う。貴様はこの私に何を望む?」
この言葉は、クーネアの本質を問うものだった。
もし後ろを、利緒に振り返っていたなら試練はそこでお終いだ。
利緒との決闘以降おかしかったクーネアもこの時ばかりは、意識から利緒の存在が消えた。
もしくは、それこそ試練の本質なのかもしれないけれど。
「力が欲しい。守るかもしれないし、打ち倒すかもしれない。私がやりたい事を貫く力、私が私であるための力が欲しい」
クーネアの答えは非常に自分勝手なものだった。
なにに使うかわからないから、好きなように使える力が欲しい。
少しも迷うことなくこう言ってのけたクーネアに、ジルモーティンはヒュウと口笛を吹いた。
クーネアの答えに、覇王は言葉を返さない。
長く続く沈黙。
もし、答えに揺るぎがあればこの時間に耐えきれずに回答を変えてしまったかもしれないと利緒は思う。
ただ、クーネアが真っ直ぐ覇王を見ていたから耐えられた。
『クーネア・ル・ルナフィア』
覇王から不意に発せられる音。
それは言葉であったが声ではなかった。
『王の名を唱えよ。振るう剣は純粋な力。何よりも猛きこそ誉れ。調和と一致は我が覇道によって成ると知れ』
覇王の手に浮かぶ《盟符》がより魔力を帯びて、その意匠に文字を浮かべる。
『この言葉を忘れるな』
魔力が、覇王の名とともに、その全てが《盟符》に封じ込められた。
『これこそ、覇王オージッカヌラがクーネア・ル・ルナフィアの覇道を叶る契約である』
契約は、王の賜与だ。いつの間にか、クーネアは覇王の前に片膝をついていた。
差し出される契約の証を、頭を下げて頂く。
「……さ、今度こそ終わり。ルナフィア嬢も立ち上がるといい」
覇王の言葉に、固まっていたクーネアが立ち上がる。
キョロキョロと辺りを見渡してから、利緒の元へトタトタとやって来た。
「即座にソレのところへ行くのは気に入らないけど……まぁいいか」
嬉しそうに《盟符》を利緒に見せるクーネアを見て覇王は誰にも聞こえない声で呟いた。
◇
「ところで、なんで僕は契約がもらえないんでしょう?」
一通りのやり取りを終えて、利緒は覇王に尋ねる。
確かに覇王に対して対応がまずかった点があったことは認めるが、それが利緒と契約しないことにどう繋がるのか。
「言っているだろ『自分を超えんとする意思を持つ人』のために試練はある」
「いや、聞いてないけど」
「言っていなかったかな? なんにせよ条件を満たしていないのだから駄目だ」
覇王には最初から取り付く島もない。
そもそもクーネアに比べて対応が冷たいように利緒は感じていた。
そして、それは決して気のせいではなかった。
「僕に意思がないってことですか」
「ああそうだよ。生体遺物は作られた時に決められた以上のことは出来ないからね」
利緒が生体遺物であることは、もはや当人も認めるところではあったが、それ故の決めつけというのは承服しかねた。
「僕は僕だ、僕の意思でここにいる」
「その意思を肯定できるものは製作者以外にいないんだよ」
しかし、利緒が何を言っても覇王はその考えを譲らない。
見えない感情を論点にする以上、お互いの論は平行線を辿るばかりだった。
「オージッカヌラよ、その辺でいいだろう」
2人の口論に見かねたジルモーティンが、横から口を出した。
「まあいい。とにかく私は今この場ではクーネア以外に《盟符》を渡す気は無い」
ジルモーティンの言葉を聞いて、覇王は会話を完全に切り上げた。
椅子に深く腰掛けて、肩肘をついてそれ以上何も言わなかった。
「……ジル、ありがとう」
「おう。あれだ駄目なものは駄目って諦めたほうがいい。嬢ちゃんが試練を超えただけ良しと思おうぜ」
少し俯いた利緒の頭をグシグシと撫でる。
頭をガクガクと揺すられて、利緒は文句を言おうと顔を上げたが、ジルモーティンが笑っているのを見て、それ以上何かをいうのをやめた。
「……リオ。ジルモーティンとの距離が近い」
2人のやり取りを見て、クーネアは利緒をグイと胸元に引き寄せた。
「はっはっはっ、お前ら面白いぜ」
「……笑い事じゃないよ」
ジルモーティンは笑う。
釣られて、利緒がクスクスと笑って、クーネアも続いて笑い出す。
「……用が済んだなら、とっとと出て行ってくれ」
覇王1人だけ、笑うことなく。
どこかその声色は、不機嫌そうに聞こえた。




