『碧の章』第51話:ありきたりな決着
魔法使いの戦い方にはいくつかのパターンがある。
その1つが魔法という自在の力を用いた飽和攻撃。
前後不覚に陥り、敵を倒すことに全振りしたクーネアに容赦はない。
【「影貫く蛇の弓弩」】【「邪成る双頭の弦」】【「國屠る怨嗟の枝」】
一瞬で3つの魔法を起動するクーネア。
単発でしか実行出来ない利緒と異なり、従来の魔法使いは複数の魔法を組み合わせて使う。
とはいえ、今のクーネアほどの数と精度で使いこなせる者は少ない。
利緒を断ち切らんと振るわれる魔法の剣に、弧を描き迫る鞭、直線と曲線の隙間を縫うように放たれる矢。
クーネアの視線とリンクして、利緒の避ける先を削るように狙いが動く。
【「暮泥む飢餓の帷」】
後退していく利緒を追い詰めるようにクーネアは4つ目の魔法を起動する。直線、曲線、点に加えて面の攻撃。
利緒を中心として、それぞれ死角をフォローする魔法が逃げ場を奪う。
空から連続して降り注ぐ魔力の幕が視界を塞ぎ、注意力を奪う。
なるべくクーネアを傷つけたくない利緒は、大技で正面から全てを消し去るという選択肢が取れない。
しかし、正面以外を狙えば斬撃か打撃か、隙をついて攻撃を食らう。
「困ったらこればっかりだ……」
利緒は息を飲んで、鞭と斬撃の中へと飛び出した。
最早、異能による耐久に頼った無理やりの突破は利緒の十八番と言っていい。
痛みに泣きそうになりながら、攻撃範囲から逃れられるよう最速で駆け抜ける。
破壊不能の特性に加えて、身体強化を行い回避に全力を尽くす。
クーネアの視界から利緒が消えた。
利緒の動きを目で追えなかったクーネアだが、走る軌道に合わせて舞った土埃を見て、体ごと左を向く。
制御を失った「暮泥む飢餓の帷」は落ちて、轟音とともに地面を抉る。
枝と弦の攻撃を抑え、矢の向きだけを変えて、おおよそ利緒のいるであろう方向へと放つ。
それは体勢を整えるまでの牽制だったが、絶え間なく飛び続ける矢に、利緒はさらなる加速を選んだ。
クーネアを中心に円を描くように走る。
追従するように連射される矢が、360度会場中にばら撒かれた。
その矢の少し前を進みながら、利緒は円の半径を縮めていく。
【「光薙ぐ刹那の輝」】
もし、利緒に特別な目がなければ、体は両断されていただろう。
進行方向に置かれた全てを断つ光の剣に触れないよう、急激に進行方向を変える。
「なっ、避けた!? 正面からならこうよ!」
クーネアへと真っ直ぐ走っていく利緒に、魔法が集中する。
数頼みの牽制に使われていた矢は、1本1本の威力を上げていた。
利緒は姿勢を低くして飛び込む。折り曲げた上体の上を多くの矢が通り抜ける。
地面を踏みしめて、2射目が来る前に、ルートを1歩横にずらす。
急激な軌道の変化に対応しきれず、多くが利緒の横を通り過ぎていった。
【異能「魔に染まる狂い月」】
残る数歩の位置で、利緒は新たな異能を起動する。
クーネアにスキルの起動は見えないが、何かまずいものが起こった、そんな感覚がよぎる。
【「光薙ぐ刹那の輝」】【「光薙ぐ刹那の輝」】【「光薙ぐ刹那の輝」】
【「光薙ぐ刹那の輝」】【「光薙ぐ刹那の輝」】【「光薙ぐ刹那の輝」】
その感覚のままに、その他の魔法の制御を全て放棄して、クーネアは処理を無差別近距離攻撃に注ぐ。
「……それじゃあ僕は止まらないよ」
利緒とクーネアの間の光の刃は一定の距離以上進むことはなかった。
光速で進むはずだった魔法が、円形に抉れる。
「クー、捕まえた」
回避は無理と判断し腕を交差して攻撃に備える硬直の隙に、利緒はクーネアへと抱きついた。
一瞬びくりと震えて、クーネアと利緒の眼が合う。
「……リオ?」
「はい、利緒ですよ」
いつからか顔を覆っていた靄は晴れていて、クーネアは体感1週間ぶりに利緒の顔を見た。
◇
クーネアは感極まって、利緒を抱きしめ返した。
勢いよく体重をかけたせいで、2人して地面に倒れる。
「リオ、リオ、リオ!」
クーネアの涙を流してすがりつく様に、利緒は茶化すことなく頭を撫でた。
「リオ帰ってきたんだけど、良かったよぉ」
「なんか、よく分からないけど、ただいま」
「うん、お帰り!」
クーネアにのしかかられる形の利緒は、地面に倒れクーネアの重さを感じる。
闘技場の真ん中に、重なる男女と、道化が1人。
「あノゥ、なんつーカ、どう収拾つけましょうかネェ、こレ」
肩をすくめて、道化はやれやれと首を振る。
ぽかんと呆れていた観客たちも、ようやっと理性を取り戻して、喚く。
「何がどうした!」
「早く戦え!」
1人から始まった声は、2人3人と増えていき、いつしか会場中からの圧力と化す。
喚き散らす怒号は、利緒とクーネアの2人に向けられていた。
「リオはまだ戦う?」
「まさか。クーと戦うなんて考えたくない」
本当に辛かったんだという利緒に、涙を拭いながらクーネアはふふと笑う。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
クーネアが利緒から離れてたちあがる。
会場からは、ようやっと戦いが始まると、歓喜の声が上がる。
しかし、もはやクーネアに利緒と戦う意思はない。
手を空高く掲げて……。
【碧の魔法「降注ぐ殲の咆哮」】
利緒が魔法の起動を確認するとほぼ同時に、宙に浮かびあがった破壊の力が即座に周囲へとばら撒かれた。
その大半は、客席を守る結界に阻まれて消えるが、それでも幾ばくかの大きな音と振動を残した。
利緒を含めて、全ての視線がクーネアに集まった。会場中から、暴挙への非難が飛ぶ。
「道化師さん、1ついい?」
「……なんでしょウ?」
クーネアの顔は優しい笑みだったが、圧倒的な威圧感があった。
道化の怪訝そうな態度に興味を示すことなく、会場中への伝言を耳打ちして伝える。
その言葉を聞いて、道化はどうしたものかと頭を悩ませていた。
「それじゃリオ。帰ろうか」
未だ倒れたままだった利緒の手を取って、そのまま2人で出口へと歩き始める。
決着がつかないまま舞台を去ろうとする2人に、観客は怒り声を発するがクーネアにはどこ吹く風だ。
一度、道化の方へと振り返り、笑いながら目でモノを言う。
「大変遺憾ではありますガァ、《賢鬼》よりの伝言でぇス……」
仮面越しに目が合って、道化は観念したようだ。
クーネアに耳打ちされた言葉を、魔法に乗せて観客へと伝えた。
「『次は壊す』」
ボソリと、しかし確かに人々の耳に届いた声は、会場を静まり返すには十分な威力があった。
いつのまにかクーネアが空に掲げた手には、新たな魔法の気配。
その魔力も高まりを感じることができたのは少ないが、何やらまずいものに触ったことおおよそで理解した。
2人が、誰も文句を言わなくなった闘技場で悠々と出口へ向かい歩く。
「クー、すごいね」
「そうかな?でも、リオに褒めてもらえるなら嬉しいな」
クーネアは笑う。とても、とても嬉しそうに。
皮肉のつもりだった利緒だが、その顔を見て深く考えるのを止める。
クーは笑っている方が可愛いもんね、と呟いた。
クーネアは一層嬉しそうに、しかし何処か困ったように笑う。
その顔は赤く染まっていた。
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