遂に凡人は世界に舞い降りる1
自分がいつもの丘に現れた時、アネモネは優雅に茶を楽しんでいた。
「来たわね、待っていたわよ」
そう言って彼女は自分を迎えてくれた。目が覚めると記憶が封印されてしまうとはいえ、このやり取りにも慣れたなぁ・・・まだ三日目だけど。
「こんばんわ・・・なのかな?三日目だけど何か不思議な感がする」
「どうかしたの?」
「眠りについた筈なのに、こうやっているからさ・・・何か変な感じというか」
「あぁ、そういう事ね。違和感を感じるのは最初のうちだけよ、直ぐになれるわ」
「そんなものかね?」
「そうよ、それより先ずはお茶でもしましょう」
そんな会話をしながら、自分はアネモネの対面にある席に着く。
「今日のお茶は何?」
「紅茶よ。やっぱりコーヒーよりこっちがいいわ。もしかして嫌だった?」
「いや、自分も紅茶のほうが好きだし問題ないよ」
「良かった。それよりお菓子が食べたいの。クッキー以外で何かないかしら?」
お茶を勧められたと思ったらこれだよ。そうだなぁ・・・紅茶にあう菓子となると・・・・・
「やっぱりケーキかなぁ。」
「ケーキ・・・うん、いいわね。どんな物があるの?」
ケーキと口にしたら目の色が変わった。やっぱり女性の姿をとっているから、神様の精神?もそっちに引っ張られてるのかな?まぁいいけど。
「自分が好きなのはモンブランかベイクドチーズケーキだけど・・・」
ベイクドは小学生の時に初めて食べて好きになった。モンブランは多分上京して初めて食べたかな。駅前の〇ージーコーナーでよく買って帰ったっけ。
「なら今日はモンブランにしましょう。」
言うが早いか手をかざすと二枚の白磁の皿とモンブランが現れた。
「これがモンブラン・・・見た目は華やかさにかけるけど・・・・・ん、思ったより甘くないのね。でも紅茶とよく合うわ、美味しい。中に入っているのは何かしら?」
「それは栗を甘く煮たものだね上のクリームもその栗を潰したものが入ってる」
「あの世界にはまだこんなスイーツとかデザートって無いのよ。広めてくれないかしら」
ニコニコしながらモンブランを食べるアネモネ。そんな事を言われてもなぁ・・・料理の事なら多少は何とかなるかもしれないけど、スイーツはなぁ・・・・そもそも食材も器具もあるかどうか分からんのにどうしろと・・・
「それは実際街を見てからかなぁ。それで自分が地上に降りられる目処はついたの?」
「あぁ、その事ね。真悟がいない間に考えておいたわ。問題なく降りられるわよ」
「本当に大丈夫なの?」
「勿論よ。事前にテストもして安全性は確認したわ」
「信じていいんだな?」
「神様を信じなさい。慎吾がよければ直ぐにでも行けるわよ、どうするの?」
彼女がそこまで太鼓判を押してくれているんだ、これ以上疑うのは野暮ってものだろう。しかも何時でも行けるということは準備も済ませてくれているという事だ。自分は何時にない高揚感を抱いていた。
「なら早速行こう。時間が勿体ない。アネモネ、よろしく頼むよ」
「分かったわ。なら最後の準備をするから真悟は逃げないで目を閉じていてね」
「おい、ちょっと待て!何を言って・・・」
逃げるなってどういう事だ。そんな事を言うって事は絶対に碌な事にならない!逃げないと!
椅子を倒しながら席を立って走り出そうとした時には、アネモネの人差し指が自分を指していて、そこから放たれた光を目にした瞬間、意識が遠のいていった。
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・・・・悟?
・・・・・・・真・・・える?
・・・・・・・・・・・・・・真悟?・・大丈・・?・・・こえる?
『あぁ・・・・聞こえてる・・・』
アネモネの奴、いきなり何なんだ。まだ目が眩んで・・・・・やっと目が慣れて・・・ん?何だここは。
自分はよく分からない空間に浮いている。まるで初めて呼ばれた時の様な。違うのは空間の色だ。あの時は漆黒としか表現できない空間だったが、今は青い空間に浮いている。サファイアの様な青の空間、そんな中で目の前が白く光った次の瞬間、アネモネの顔が映画館のスクリーンレベルの大きさで現れた。
『うおっ!何だ!何が起こった!』
「ビックリした?あの後どうすれば真悟を地上に連れて行けるか考えたんだけど、魂がないとどうやっても精神だけを肉体に入れるのは無理だったの。だから考えた結果、宝石に精神を封入する事にしたの。」
『お・・・おぅ。それで?』
「それで擬似精神を作ってテストしたら見事に上手くいったから、これでいこうと思ったの。因みに宝石はサファイアを使ったわ。どう、気に入った?」
気に入った?・・・てそんな笑顔でいわれてもなぁ・・・・・
『そういう説明は最初にしてほしかった。サプライズ狙いだとしてもちょっと悪質だと思う』
「あ・・・うん、ごめんなさい。少しふざけすぎたわ」
流石に自分の反応を見てやらかしたと思ってくれたのだろう。初めてアネモネが謝ってくれた。本当はもっと言いたい事はあったんだけど、言えない自分の性格が悲しい・・・
『次からはもう少し考えてくれたらいいから・・・この件はこれで終わり!それよりも自分をサファイアに封入したって言ったけど、それをどうするの?』
「許してくれるの?」
『やってしまった事をいつまでも言っても仕方ないし。それよりも時間が惜しい。早く地上に行きたいしね、それより自分をどうするのかを教えてほしい』
自分がそう言ったら、アネモネは少しぎこちないけどいつもの表情に戻ってくれた。
「慎吾が入ったサファイアはアクセサリーにして私が身に付けるわ。その状態で地上に降りるの」
『アクセサリー・・・どんな物にするか聞いても?』
「そうね、真悟には見せていなかったけどサファイア自体の大きさはこれ位なの」
と言って右手の親指と中指をあわせて円を作ったのを見せてくれた。
『大きいな。でもこれだけ大きいと・・・もう少し小さな石に入れられなかったの?』
「試してはみたんだけど、これより小さくは出来なかったわ。もう少し小さければ指輪でも良かったと思うんだけど、このサイズだとネックレスが妥当だと思うの」
流石にあの大きさの指輪とかして街中に出たら揉め事の匂いしかしないもんなぁ・・・・ん?待てよ?ネックレスにしてそれをアネモネが身に着けてという事は・・・
『ちょっと待て。ネックレスにして身に着けるって事はアネモネの胸元に・・・・って事か!?』
「気付いた?でも嬉しいでしょ?」
あ、完全にいつもの悪戯顔になった。さっきまでの反省は何だったんだ・・・
『そりゃ嬉し・・・いや、そんな事より別にネックレスでなくてもいいだろ。ほら、ブレスレットとか』
「それも考えたんだけど、胸に着けた方が同じものを見られるでしょ、だからネックレスにしたの。それに」
『それに?』
「嬉しいなら嬉しいって素直に言っていいのよ?」
『アネモネェ・・・』
いい笑顔でなんて事を言ってくれるんだこの神様は・・・そりゃ嬉しいけどそんな事、面と向かって言える訳ないじゃないか。・・・・ん?でもよくよく考えると、嬉しいと言っても直接アネモネの感触を感じられる訳じゃないいんだよなぁ。あくまで胸元のアクセサリーに収まっているというだけだから、特に何かがある訳じゃないんだ。・・・・そうすると一人で百面相をしていただけ?・・・・・うわぁ、そっちの方が恥ずかしいわ。
「さぁ、これで準備は出来たわ。下にはもう連絡をしてあるから行きましょう!」