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Track.1 Common People 「6」

***

「あらら」

先生は笑いながら俺の格好を眺めている。服には学校の埃と爆発による汚れがいっぱいついていた。

「へえ。かなり苦労したみたいね?」

「……ああ、大変だった」

奏と一緒に幼稚園に戻り、先生に結果を報告しに行くと、この女は「腕が落ちたのね」などと皮肉は言うが誉めることはなかった。まあ期待もしてなかったが。

「奏がちゃんと退治したから、もう学校には出ないだろ」

「どうかしらね。根本的な原因の魔法使いは退治してないから、まだまだ何か起こるかもよ?」


―あ、魔法使い。


「そういえば忘れていた!!」

俺が絶叫して頭を掻き毟る姿を、先生は大きな声で笑いながら見ていた。

「鈴木くん大丈夫よ、心配しないで。ひとまず、今回のことで向こうも何か思うところがあるでしょうし。まさか邪念体があんな風に暴走するとは思ってなかったはずよ」

「ん? どういうことだ?」

目を閉じて考えているような素振りをする先生は、ゆっくりと説明し始めた。

「子供たちに熱心な教育をして立派な大人にするのが普通よね。でも子供たちの感情なんて、そこにはないのよ。親が『全部あなたのためだ』って決めるから。子供たちがいくら友達と遊びたいと思っても親が勉強を強要する。親も強要したくないけど、しなければならない。それは隣の子もしているからってね」

「どういうことだ? それは普通じゃないのか?」

「まあ普通と思うかもしれないけど、そんな『普通』を子供たちは恐ろしく感じてしまったのかしらね。遊びたい年頃に、鞄を背負って塾に通って家に帰れば予習に復習。それはある種の悲劇みたいなものじゃない? こうして子供たちの心の中には不満が生まれて、それが学校に積っていった。それを魔法使いは利用したのよ。子供のような純粋な感情であればある程、邪念体を召喚するのは簡単。そして、向こうの目的は保護者や教師に噂を広まらせるためってとこかしら」

「いや魔法使いが何でそんなことするんだ?」

「その先は私にもわからないわ。ただ邪念体は危なくないという仮定で出発したっていうのは明確ね。全く……子供たちの心を元にしたんだから、むしろ攻撃的に決まってるじゃない」

そう言って、先生は窓をそっと開けた。冷たい風が先生の髪を揺らしている。

「これからどうするんだ?」

「何が?」

「まだ完全には終わってないんだろ、魔法使いも捕まえてないし」

この結末はあまりにも中途半端だ。

「心配しないで、多分これ以上学校に関する噂や事件は起きないはずよ」

確かに俺もその点については同意できる。今回は偶々俺たちだったから良かったものの、一般人だったら本当に大事になっていたからだ。

「まあ向こうが望んだ結果が何だったかはわからないけど……」

「けど?」

「幽霊退治は終わったんだからいいんじゃない?」

先生は大きく伸びをして笑いをこぼした。言われてみれば、綺麗に終わった気がしなくもない。大きな事故も起きていないし。

「そう……だな」

「そうそう」

いつもの清涼飲料水を気持ちよさそうに飲み干す先生。


──では、そろそろ代価を受けとる時間だな。


「報酬を早く……」

「はい」

先生は俺が言いだす前に、引き出しから小さな封筒を取り出していた。

「今回は苦労したみたいだからね」

「あ……ああ」

俺はしばらく目の前に置かれた封筒が信じられなかった。まさかこんなあっさり貰えるとは。多分、俺は今とても笑っているだろう。これでしばらく、ゆっくり安心して過ごせると思うと努力の甲斐があったものだ。たまには、努力するのも悪くないな。

「じゃ、俺はもう家に帰る」

先生と互いに、にこにこと笑いながら『お疲れ様』という挨拶交わし俺は幼稚園を後にした。

すると、幼稚園を出たところに奏が立っていた。

「どうした?」

「……」

奏は何も答えない。何か言いたいことがあって俺を待っていたんだと思ったけど。

奏は依然として俺を見ている。

「……悩みでもあるのか?」

すると、俺の質問とは関係ない答えが返ってきた

「ごめんね」

「ん?」

「さっき……守れなかった」

「あ、ああ」

何だ、そんなことを言いたくて俺を待っていたのか。

俺はため息をついた後、奏と同じ目線になるまで屈んだ。

「奏が気を使うことじゃないだろ。失敗したのは俺だ、仕事中に油断なんかしたから罰をもらったんだ。奏は自分の役割を果たしただろ。それに何でもかんでも自分のせいにするなよ。まだ子供だろ」

奏は驚いた表情で俺を見ている。

「だからそんな暗い顔するな。報酬も貰ったし何か食いに行くか?」

「でも」

奏は少し戸惑った顔で幼稚園のドアに視線を送っていた。おそらく先生が気にかかるのだろう。

「大丈夫だろ、先生ならカップ麺でも食べるって」

そして、俺は奏を連れて近くの飲食店へと向かった。奏は俺が思っていた以上によく食べるようだ。予想よりお金が要りそうだが、奏のおいしそうに食べる表情を見ていたら、別に構わない気がしてきた。

「奏、お腹いっぱい食べていいからな」

「うん」


***

コツコツとヒールが床を叩く音が廊下に響き渡る。長い髪に耳飾り、すらっと伸びた脚がスカートから覗く。誰が見ても好感を持つはずであろう魅力的なスタイルの女性だ。

ここは小学校、女はどこかの教室に向かっている。下校時間はとっくに過ぎ、教師も帰り支度を終えて学校を後にしている時間帯だろう。

窓から入る月の光が女の顔を照らし、表情さえも明るく見せる。

女は『音楽室』と書かれた教室で立ち止まり、中へと入った。

すると、そこにはもう一人、別の女がピアノを弾いていた。慣れた手つきでピアノを弾く女は、彼女が入ってきたにも関わらず、とても落ち着いている。

「素敵な曲でしょ」

ピアノを弾いていた手を止めて、女は問いかける。

「私のために用意してくれたのかしら」

入ってきた女は気持ち良さそうに笑いながら、机に腰掛けた。

「机ではなく椅子に座ってください。子供たちが一生懸命に拭いた机なんですから座らないでください」

咄嗟に注意を受けた女はブツブツと文句を言うが、女性は笑顔でその反論を受け流している。そして二人同時に口をつぐみ、お互いに別々の方向を眺めていた。


何もしないまま時間が過ぎていくが、その沈黙を楽しむかのようにゆっくりとピアノ演奏が始まった。心がおちつくような曲だ。

「これ何て曲?」

「Carnation……」

どこかで聞いたことがあるポップソングのようだ。 質問した女性はしばらく考えていたが、やがて思い出すことを諦めて窓の外を眺め始めた。

「素敵な曲ね」

「ええ、私この曲が本当に好きです。落ち着いていて。この時代の音楽はいい曲ばかりなんですよ」

女は嬉しそうに話していたが、ぱっとピアノを弾く手を止めた。

再び音楽室に静寂が訪れる。

「何の用事ですか、こんな遅い時間に」

女が口を開くと、窓を眺めていた女性は女の方へと視線を戻した。

「わかっているでしょう、真田先生」

真田と呼ばれた方の女性は顔を上げ、机の方を見返した。

「【金色の魔女】」

「……」

「【黒死病の女】、【マエストロ】……かなり陳腐ですけど、もっともらしい名前ですね」

「古い異名ばかりね、一体いつの時代よ、センスを欠片も感じないわ」

様々な異名で呼ばれていた女は、興味無さそうに自身の爪を眺めている。

「今回の事件で認識が変わりました」

「へえ」

「奏ちゃんの担任になったのは、本当に偶然でした。どうせなら試してみようと思いまして」

「それで?」

「予想通り強かったです」

「評価甘すぎよ」

【金色の魔女】と言われた女は涼しげに笑っていた。自分がからかいの対象にしている子に高得点を出されてしまい、面白くないのだろう。

「それで、どこまでが目的だったのかしら」

真田はまるで昔話でもするかのように淡々とした口調で質問に答え始めた。

「元いた研究所と縁を絶ってから随分経ちました。三年前の事件で研究所自体も大きな損失を受けたので、彼らも組織を統制することも困難でした。私はその時逃げ出した者の一人です。そして研究所を抜け出して選んだのが教師の道でした。そして、先生になって初めての生徒の一人が奏ちゃんでした」


魔女は何も言わずに真田の独り言に耳を傾けている。

「今回の事件に悪気はありませんでした。ただ勉強に苦しんでいる子供たちを見ていると可哀そうだと思ったんです。全部あなたのためだと言われ続けている子供たちをどうにかしてあげたくて。でも教師という立ち位置の私ができるのは応援だけ。そんなもの、何も解決してくれないことを子供たちは既に知っているんです、そんな事実が少し残念でした」

「そのまま給料をもらって満足する先生は嫌だったの?」

「どうなんでしょう。もしかしたら『理想の教師像』というものを、研究所で私の脳内へと埋め込まれてしまったのかもしれないです。事実、私は今でもこの感情が本当に自分のものなのかもわかりません。ただ今回の事は、私が子供たちのストレスを取り除きたいという考え一つで起こしたことです」

「その後始末は誰がするのかしらね」

「クラスに巫女がいるじゃないですか」

真田の返答に、魔女は大きな声で笑い出した。

「なるほどね、こちらが遅かれ早かれ処理してくれるってわかっていて起こしたのか。すごいじゃない、あなたもっと大人しいのかと思っていたけど案外頭回るのね」

「邪念体、幽霊のうわさが広がることはある程度覚悟していました。けれど、邪念体を退治すれば、こうした思念自体もなくなるので綺麗な結果に終わる。これが私の考えでした」

「無責任ね、でもまあ結果オーライなのかしら」

魔女は先ほどと打って変わって嬉しそうにしている。

「うちの子はどうだった?」

「彼が暴走した邪念体を簡単に捕えるのを見てびっくりしました。三年前の事件の主役らしいですね」

「一つ一つ見守っていたのか?」

「はい、私が起こしたことですから」

「それで結論は?」

いきなり口にした魔女の言葉に、一瞬真田は言葉を失った。結論、つまり『彼はどうだったか』という問いの答えを魔女は訊ねているのだ。

「―『ing』」

真田の答えに、今まで笑っていた魔女の表情が変わった。

「運命の開拓能力『ing』。研究所側も知っていたのね。三年前の敗北で得た教訓が多かったというわけかしら。やっぱり今回の事件もいたずらに起こしたんじゃないの?」

「いいえ。『ing』と言う能力自体は研究所で埋め込まれた一種の常識です」

「常識。それ素敵な言葉よね。どんなことも常識という言葉の下では通用する。しかし『ing』とはね。その能力を持っている本人さえ知らないというのに。まあ私にはどうでもいいけど。また無責任なことをしでかして、私たちに責任を押しつけなければいいわ」

一息ついてから、今度は魔女がひとり言のように話し始めた。

「研究所の子供が先生になったっていうのは私も耳にしていたわ。まさかそれが奏ちゃんの担任の先生だとは思いもしなかったけど。偶然か、はたまた必然か。どちらにしろ一人で今回の事件を起こすにはあまりにも大変ね。後ろに誰がいる?」

魔女の質問に、真田は今まで以上の動揺を見せた。

「……私一人で計画したものです」

「そう」


しばらく真田を眺めていたが、魔女はそれ以上問い詰めることはなかった。そして、再び机に腰を掛けると、胸ポケットから煙草とライターを取り出した。

「ここ禁煙です、学校ですよ」

先ほどの動揺はどこにいったのか、真田はごく自然とした表情で魔女を諌めた。

「ああ、悪い、悪い。私も久しぶりだったから何も考えてなかったわ」

煙草を仕舞い直すと、魔女は思い出したように話を切り出した。

「あなたがさっき弾いていた曲、私結構好きよ」

「If you gave me a fresh carnation

I would only crush its tender petals

With me you'll have no escape

And at the same time there'll be nowhere to settle……」


真田が歌詞を淡々と語る。

「魔法も歌詞も力を加えると言う点では同じね」

静かに語る魔女に真田は問いかける。

「逃げるところはありますか」

「……」

「あの場所を離れたら、何か違う世界があると思っていた。けれど、結果は同じ。どこにいっても社会というのはあって、私たちはそこに適応していかなければいけない。私、自分が無力なのが悔しかったです」

真田はどこを見るわけでもなく、ただ宙を見つめていた。

「Carnationの最後はハッピーエンドなのかバッドエンドなのか誰にもわからないわよ」


「If you gave me a dream for my pocket

You'd be plugging in the wrong socket

With me there's no room for the future

With me there's no room with a view at all……」


魔女は歌詞の一部を呟いた。

「こんな最後もアリだと思うけど?」

真田は驚いた顔で魔女を見返した。

「あれこれ悩んでいるようだけど、そんなことは誰もが経験すること。大体、歌詞をそんな複雑に考えなくていい。音楽は音楽として楽しめばいいのよ」

魔女の言葉に感心したような表情をする真田を余所に、彼女はポケットから小さな袋を取り出す。中に入っているのは制服の切れ端だ。

「これ、何だと思う?」

魔女が真田の目の前に差し出すや否や、彼女は勢いよく立ちあがった。ピアノの椅子が倒れたことにも気づいてないのか、怯えた表情をしていた。

「わ、わかりません」

「本当に?」

「……はい」

明らかに関連性はあるが、絶対に出所を言いそうにはないようである。魔女はため息をつくと、ビニール袋を仕舞い直した。

「じゃあ私はそろそろ行くわ」

その言葉にずっと俯いていた真田は顔を上げた。

「もっと……聞いていかないんですか?」

「また機会があるでしょ」

気の抜けた返事をして魔女はドアに向かう。

「普通の人間ではないですね」

「私はただの幼稚園の先生よ」

「私も先生です」

「あら、一緒ね」

「そうですね」

「では、奏ちゃんをよろしくお願いします。先生」

「はい、奏ちゃんのお母さま」

そして、二人の女性の笑顔と共に、音楽室の扉は閉まった


***

夜。学校の職員室で、作業をする女教師が一人。彼女の名前は真田だ。

「かなり熱心ね」

「仕事よ」

彼女の後ろに立っている誰かが、嘲笑と共に話しかけている。

「そんなことしなくても、普通に暮らせるのに何で仕事なんかするの?」

声の主は非常に派手な格好をした少女だった。

「私はもう研究所を出たから、働かないとお金が貰えないのよ」

素っ気なく答える彼女に少女は怒りを露わにした。

「それなら帰ってきたらいいじゃん。何で帰ってこないの?」

「そうね、私にもわからないわ。ところで今日は遊びにきたの?」

書類を確認しながら訊ねる彼女に少女は目を丸くした。同時に頬が赤くなったのを否定するように首を振る。

「そんなわけないでしょ。ただ真田ちゃんが生きているかどうか確認しに来ただけ!」

「そう」

淡々と書類を確認する真田の後ろから、少女も書類の内容に目を通す。もちろん理解はし難いので、真田に逐一尋ねるが彼女は適当な返事を返していた。

最後の書類チェックを終えると、真田は椅子を回転させて少女に向き直った。そして、その少女を真正面から見据えて忠告をする。

「気をつけて」

「……何に?」

少女は突然の真田の言葉に困惑を示していたが、彼女の目は真剣だった。

「金色の魔女が探している。餌を浮かべるのが急すぎたわ」

その言葉でやっと理解したのか、少女も真剣な表情に変わった。

「そんなこと覚悟してた。それに真田ちゃんには関係ない」

「あるわ」

「なんで」

「友人を危険な目に合わせるわけにはいかないわ」

友人という言葉に反応したのか、少女の目は一層大きくなった。

「何それ……放っておいて!!」

「お願いだから無茶なことはしないで」

「……わかった」

真田の真剣さに圧倒され、少女はしぶしぶ了承したのだった。

***

「くそっ!! 騙された!!」

夜遅くだが、俺、鈴木聡太は絶叫していた。近所迷惑なんて今は後だ。

「全部千円札ってどういうことだ、あの女!!」

あの場で内容を確認しなかったのが俺の最大のミスだ。おかげで昨日の晩飯は災難だ、コツコツと貯金していたお金が一気に飛んでいってしまった。まさか奏があんなに食べるとは思わなかった。いや、奏がたくさん食べることには構わない。問題は報酬の方だ。

昨日の大量出費のせいで、俺の頭の中ではずっとお金の計算が続いている。バイトのお金をいくら生活費と学費に回すか。もっとバイトの量を増やすか。

「はあ……」

それにしても妙な感じがする。昨日のような出来事がこれからも、頻繁に起きて俺の生活を邪魔するような気が。まあ気のせいだろう。とりあえず、このまま幼稚園に向かって正当な報酬をもらいにいくとしよう。それに当分の間は食費節約のため、向こうで御馳走にならないといけないな。


-Track.1"Common People."End.


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