Track.6 Please please please let me get what i want「17」
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いくら傷を負っているとは言え、相手の力量が知れない。俺は先手を打とうと、男――ロベルトに向かってナイフを投げた。男は体をひねらせて難なく俺の攻撃を避ける。
「……訳がわからないと言う顔だな」
顔に出ていたのだろうか、見事に男は俺の胸中を言い当てていた。そのくらい彼にはまだ余裕があるのだろう。
「なに、ストーカーが女を攫っただけの話だ」
今度は男の反撃だ。彼は俺に銃口を向けた。すかさず俺は床に紙を飛ばす。青い光が出るや否や、俺はすぐに走り出した。そして、紙をつけた矢を打ち放つ。しかし、相手も手負いの者とはいえ、腕前も確かだった。男はまるで俺の攻撃を見透かしているかのように攻撃を避け、そのまま鉄骨の裏へと身を隠す。
「なるほど……頭の回転といい、根性の強さ、サポーターとしての腕は悪くないと思うぞ」
サポーターとしては……つまり一対一の現状では俺の方が下だと言いたいのか。
「おい、そろそろ本当の目的を言ったらどうだ?」
俺は鉄骨の影に隠れる男に向かって声をかけた。
「目的……さっき言った通りだ。私は仲間の敵を取るために来た。etcの文書も目的と言えばそうだが、あくまでも私にとっては『ついで』だ」
「そうじゃなくて……どうしてここまで来たのかってことだ!!その文書には何が書かれている!?それを手にして、あんたらは何をするつもりなんだ!!」
「そういうことか、そうだな……休憩と称して語ってあげよう」
つい声を荒げてしまった俺に対して、男は至って冷静に話を切り出した。
「etcの文書、そこには古代から中世まで、etcと呼ばれた数多くの能力が記録されている。現在でも確認されている、空間創造や憑依、物取りに空間催眠、未来予知なども含めて。そんな文書を手にした暁にはどうなるか、君にも想像できるだろう」
俺が何も返さないでいると、男は小さく笑って答えを告げた。
「etcという能力が学問化されてしまう可能性が出てくる。その能力を学んだ他人が同じ様に使えてしまうんだ。先ほどから君が使った文字の魔法、あれも魔女が学問化した一種のetcだ」
「ということは、先生はその文書を知っていた。あるいは持っていたのか」
「彼女が亡くなる前、大量に彼女の著書が消えてしまったから推測に過ぎないがね。おそらくその中のひとつにあったのだろう、唯一彼女が書いていない本。作者不明の幻の本がな」
「……etcの学問化、それは悪い事なのか?」
「協会側は良しとしないだろう。etcの学問化は自分たちだけで秘匿したいと考える連中だ」
俺たちの声だけが部屋中に響き渡る。改造人間たちはとっくに先生の手で倒されたのだろうか。
「まあ、私はそんな幻想に興味はない。私の研究分野に関係がないからな。だが、他の連中は違う。奴らは本当にその幻想を信じ切っている」
「それで?あんたらはそれを手に入れて、学問化して、何をしたいんだ?」
「さあな」
男はぶっきらぼうに答えた。本当に彼は知らないようだ。
「私もどこで、どう使うのか知りたい。いや、奴らもそこまで考えてないのかもしれないな。とりあえず急進派の権力を高めたいだけ、協会の動きを牽制したいだけかもしれない。まあ、でも、少なくとも世界征服位の目標はあるんじゃないのか?征服して何がしたいんだろうな」
「俺に聞かれても困る」
「そうだな、私も知らない事を君が知るわけがない。よく聞け、青年。君と話すのはこれが最後になるかもしれない。これは私の気まぐれだ。今、この地に来ているのは私を含めて四人。内二人は本当に文書を探しているが、私ともう一人はおそらく違う目的だ。だが、文書を狙っている連中が本当にetcの学問化を為したいだけなのか――その答えを得られるといいな」
そう言うと、男は鉄骨の影から姿を現した。決着をつけようと言う意味だろうか。
俺も再びボウガンを構える。
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「お久しぶりです、姫様」
「随分と立派になったのね、嬉しくて涙が出そうだわ」
言葉とは裏腹に、彼女の顔は皮肉気に笑っている。
「大いなる風よ!!」
魔女は掛け声と共に勢いよく右手をベルコルに突き出した。周囲の風が彼の頭上に集まっていく。
「 O svaté(尊い) požehnání(祝福を)!!」
男が声をあげると、その空気の塊は突如現れた閃光によって跡形もなく消えてしまった。
舌打ちを零し、彼を睨む魔女。一方のベルコルは、非常に嬉しそうな表情を浮かべていた。
魔女は周囲を見渡す。そこは先ほどまで自身がいた市川市ではなく、別の空間。似通ってはいるが、空気のようなものが違うと魔女は直感的に感じていた。
――人工的なもの、あるいは異次元か。
魔女は周囲の分析を終えると、やっと男へ声をかけた。
「何百年間も生きてきたおかげかしら、空間創造まで出来るようになるとはね。けど、空間創造の能力を持っている人間はまだ生きている。ということは、これは偽物。能力が継承されなかったという証だ。アルベル、お前は継承者じゃない。大方、etcの写本でも見て習得したってところか」
男は魔女から話しかけてくれたのが嬉しいのか、再び口元を大きく歪ませた。
「そんな無粋な話は後です。姫様、私は何百年もの間あなたを探し続けていました」
「笑わせるな。十五年前、私を蘇らせたのはお前だろ」
「誤解です、それは私がやったことではありません」
「黙れ、私の目的はただひとつ。お前を倒すためにここまで来たんだ」
魔女の言葉に、男はまるでその言葉を待っていたかのように感激し、大きく手を叩いた。
「素晴らしいです!!まさか姫様も私と同じ事を考えていらっしゃったとは!!そうだ、やはり姫様がetcの文書をお持ちになっているんですよね?」
「ああ、私が持っている。十五年前に協会の地下から取ってきたよ」
「やはり……やはり姫様だったんですね。あなたしかいないと思っていました」
胸が一杯になって話す男。対して、魔女の顔からは一切の感情が読み取れない。
ふと、彼女は大きく息を吐き出した。
「何百年ぶりかしらね、私が死んでから初めて出会ったのが西暦1400年位だったかしら」
彼女の言葉を聞く度に男の身体は反応するが、何も言葉を返すことはなかった。魔女はなおも続ける。
「私の首が飛んだ後、よりにもよって私の弟子たちと協会を作ったなんて今考えても腹が煮えくり返りそうだわ。そして何が気に入らないのか、協会を脱退した後は新しく研究所なんてものを作りだして……本格的に表に出てきたのは第二次世界大戦後、いやアルジェリア戦争以降か。何百年もずっと見ていたよ、保存液に首だけ浸かりながらも魂だけは残っていた。アルジェリア戦争もプラハの春も、研究所が成長していく姿もずっと見ていた。なるほど、さすがカール四世が信頼していた騎士団の団長様ね」
「そうです!!」
静かに聞いていた男が【騎士団】という言葉を聞くや否や、大声を上げた。
「私は騎士です、あなたの騎士だった。カレル・イルセンの息子のアルベルです!!私はずっとあなたを……姫様の頃から……魔女になって死んだ日も、その後も私は」
「魔女。そう、私は魔女だ。ずっと魔女だった、そしてこれからも私は魔女として生きて行く」
「違います!!キルヘン!!あなたは聖女です!!魔女なんかではありません!!」
「黙れ、お前の顔は不快だ」
「姫様……」
男は肩を震わせて俯いた。
泣いている――のではない、男は笑っていた。
「ふははははは!!やっぱりそうか、天城紫乃の身体が拒否反応を起こしたか!!だから私はお前を復活させたくなかったんだ!!」
「拒否反応?残念ながら私は天城紫乃でもある、ちゃんと彼女としての記憶も持っている」
「違う!!それはただのお前の勘違いだ!!記憶がリバウンドしたに過ぎない」
自身が以前仕えていた人物とは違うと決めたのか、あるいは追い求めていた理想が全く違ったものになってしまったからか、男は狂ったように笑いだし、彼女に対する尊敬の念すらも振り棄てたようだ。
「いいか、偽物。私の狙いはお前が持っているetcの文書だ。それで彼女……美しい金髪に碧眼の瞳、まるでかの湖の乙女のような聖女を、再びこの目にするために私はここまで成し遂げてきたんだ」
その姿は神の御前に跪く敬虔な信徒のような表情をしていた。しかし、魔女はそんな男の姿を一笑に伏す。
「何を言うかと思えば……私の身体を元に戻すって?笑わせるな、アルベル。お前が望んでいるその身体は、お前自身が無残に切り裂いたんじゃないか」
「違う!!それは……あれは皇帝の計略に嵌ってしまっただけで……私は……。君は私にとっての唯一の、世界でたった一人の美しき純潔の娘だった」
「はっ、純潔の娘?600年ぶりだよ、そんな風に言われるのは。けど、やっぱり私には金色の魔女の方がお似合いだ」
「そんなことはない!!正気に戻ってくれ、キルヘン。天城紫乃なんていう醜い体を使っているからそんな風に思うだけだ!!その黒い服も何だ!!君らしくない、君には白が似合う!!それに……そんな腐った茶色い髪が君の髪のわけがないだろう。君は天城紫乃じゃない、君の名前は、皇帝も認めた予言の聖女の名は、――キルヘン・ヒネク・ルドミラだ!!」
狂気さえ感じる男の訴えに、魔女は一息置いて深いため息を零すと、懐から煙草を取り出して火を灯した。
「全く……興ざめだ。アルベル、お前病院で頭を見てもらった方が良いぞ。長生きし過ぎておかしくなったに違いない。そんな貴族の端くれが養女に与えた名前の何が重要なんだ。私の名は金色の魔女キルヘン・スイートだ」
ふぅと口元から煙を吐き出す魔女。これ以上取りつく島はないように見える。それでも男は訴え続けた。
「十五年前の実験……穏健派の連中が私の知らないところで君の魂を他人の身体に定着させてしまった、それが成功してしまった!!けど、けど、それは君じゃない。今の君には不純物が混ざっている!!そうだ……魔法を体系化してしまったあの時から、魔女と呼ばれるようになってしまったあの時から、私の心にはどこか虚無感が漂っている。あの聖女があんな風になってしまうなんて……。土地を荒らし、民を、仲間を全て肉塊のごとく惨殺し……だから私は、そんな風になった君を止めるために聖騎士団長として君を」
「お前が私に仕出かした事を忘れるつもりか。お前は私の子供たちを、身寄りのなかった子供たちを城の中に閉じ込めて焼き殺した!!逃げまどうあの子たちを次々と刺し殺した!!そう、だから私は魔女になった。予言の聖女?忌々しい!!そんな名前とっくに捨てた!!」
「待ってくれ!!それは誤解だ!!子供たちは既にペストに感染していた、完治することはないと、カール四世は仰った!!……因果律を曲げる魔法なんて、あの時代には厄災をもたらすだけだった!!!君は子供たちを救うためとはいえ、etcの文書に手を出してはいけなかったんだ!!」
「違う……それこそお前の妄言にすぎない。私はただ予言された事をそのまま述べていただけだ、だが予言は必ずしも良い事ばかりを伝えてはくれない。だから私は魔女だと決めつけられた。お前たち帝国の人間に!!私に魔女の烙印を押し、子供たちを焼き殺し、私の身体を引き裂いたのは――、お前だ、アルベル!!」
ついに魔女も怒りを露わにする。
「浮かべ! 美しい光よ!」
魔女が大声を上げると、彼女の周囲にはたくさんの光が浮かび上がる。そして、それは真っすぐに男へと向かった。
「無駄だよ、キルヘン。こんな攻撃、私には通用しない」
そう言うと、ベルコルは静かに右手を突き出した。
「O posvátný(聖なる) plamen(炎よ)!!」
赤い炎が魔女の光を包み込む。周囲は再び暗闇に満ちた。
「etcの文書に書かれた古代から中世までの記録の数々、その中には死者の身体を復元することも書かれているに違いない。私はもう一度、あの美しかった君の傍にいたいだけなんだ」
「魔法を毛嫌いした男が魔法を使っているなんて。しかも母国語で。懐かしい言葉に涙が出そう。けど魔法を使えるんだったら、ingなんてものは必要ないんじゃない?」
「それは違う、魔法は必要だとわかったんだ。とても便利だ。それにingも必要だ。あの能力があれば君の身体を戻すことも簡単だ。安心してくれキルヘン。すぐにその人形から出してあげるよ」
「……いい加減にしてくれ。もう懲り懲りだ。お前を信じて戦った戦友たちも呆れている事だろう」
「そんなことはどうでもいい。私は君さえ取り戻せればいい」
「……いい加減にしろと言ってるだろ!!」
魔女は鋭く男を睨みつけた。そして――、
「開け!開け!絶望を持つ美しい漆黒よ!」
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