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Track.6 Please please please let me get what i want「14」


***


「うわっ」

突然、先生が俺を引き寄せた。思わず俺は先生の顔を見るが、彼女は真っすぐと敵を見据えている。視線の先には、ロベルトという男が無表情で銃口を俺たちに向けていた。それには消音機がついていたのか、気づくと俺のすぐ下から煙が上がっていた。鼻先を刺激する火薬の匂い。先生の助けがなかったら、俺は確実に撃たれていただろう。床についた銃痕の後から今、男が撃ったのは二発。いくら多くても残弾は七発以下のはずだ。

いや、それよりも相手が発砲したと言う事は完全に戦いが始まったということだ。俺はちらりと先生の様子を窺う。彼女は、意外にも落ち着いているように見える。口元を除いては。

「どうやら本当に命を懸けているみたいね」

先生は嗤う。男は拳銃を降ろして、そっと帽子をとった。

「命を懸けなければ勝てない戦いだからな」

「勝てない戦いね……勝てる見込みがあるからの台詞。でも今の状況では二対一よ、その平凡な拳銃一つでこの不利な状況を好転させられるわけがない。ということは、やっぱりまた改造人間でも持ってきているのかしら?奥の暗がりに置いとけば、こちらからは見えないものね」

淡々と推理していく彼女を前に、男は驚きも怒りも、焦燥さえ見せない。【怠惰のロベルト】、俺が今まで会った研究所の連中とは違う気がした。覇気がないというか、空しささえ感じる。

「なるほど。ちなみに言うと、あそことあそこの暗がりも最適だな」

男は俺たちの左右の壁端にも目を向ける。そして再び男は拳銃を構えた――が、男はそのまま引き金を引くことなく後ろに後ずさった。影が男の身体を浸食していく。

「おい!!お前らは一体何でこんな事をするんだ!!三年前の戦いが原因なら、俺たちの方にも被害は出ている。痛み分けだろ!!」

完全に闇に溶け込む前に、俺は男に向かって叫んだ。三年前という言葉に反応したのだろうか、辛うじて男の表情が読み取れる暗さの中、彼は少し驚いた顔を浮かべた後、小さく笑った。 その一瞬で俺は矢を放つ。しかし、男はすかさず体を反らして俺の攻撃を交わした。そのまま更に後ろに下がると思いきや、彼は足を止めて静かに語り出した。

「三年前の戦い……戦争は両者共に被害者だと君は言うのか。確かにあの戦いはどちらが勝者と言う事もない。だが、あえて利益を得た方といえば協会側とそこの女……それと研究所の穏健派か。いずれにせよ、君は協会側、ひいては金色の魔女側に属する身、つまりは利益を得た側だ。何人犠牲が出ようと関係ない。全体を見て考えてみろ」

「……それでも、俺はあの戦いで友人を失った。お前は研究所側が被害者だと言うのか!?そもそもの原因はお前たちだろ!!」

俺は再び照準を男に合わせた。しかし、彼はまだ会話を続ける気なのか、俺の方すら見ずにじっと床を見つめていた。

「口火を切った方は絶対に被害者になれないということか。全く理解できない。私も君と同じように被害は受けているんだが。世の中は単純だな、加害者と被害者いつもどちらか一方に分けたがる……君は自分がどんな存在か考えた事があるか?」

唐突な質問に、思わず俺は頭が真っ白になった。


――冷静になれ、ただの挑発だ。


俺は一心にボーガンを構える。気づくと男は俺を真っすぐと見据えていた。

「君の仲間は私の仲間を殺した。いくら個人主義の塊みたいな研究所でも、ついこないだまでいた人間が居なくなると、何故か私の心も日に日に死んでいくようだった。人間は社会的な動物だ、この言葉の意味をあれほど実感したことはない。確かに我々は戦いを仕掛けた側だ、一般的には悪い奴らと言われてもおかしくない。死んでもいいと思われていた奴らだろう。

――だが、私はそう思わない」

男は一瞬、言葉をつまらせた。初めて目の前の男から感情を見た気がする。

「世間では死んでもいいと思われていた奴らでも、私にとっては違ったんだ」

俺は何も言えなかった。納得はできない、けど間違っているとも断言できなかったのだ。

男は俺から先生へと視線を動かした。未だにその瞳には怒りが見える。

「金色の魔女……協会からは畏敬の対象とされ、研究所からは憎悪の対象とされる女。復活以前の蛮行すらも神格化される存在。だが、それは復習に目が眩んだただの女だった。目の前で子供たちを殺され、その復讐を果たすためだけに魔法を創始した女。やがて、可憐な運命を辿った稀代の聖女は金色の魔女になってしまった。そして彼女は人々にとって恐怖の対象に……もう何百年も前の話だがね。キルヘン、何か思うところはあるか?」

先生は何も言わない。男は再び口を開いた。

「私は思うんだ、彼女はただ子供たちと平凡な暮らしがしたかっただけなのではないかと。けどそんな平凡を願う人間が聖女になるべきではなかったんだ」

相変わらず先生は口を開かない。彼女からは何の感情も読み取れなかった。

すると突然、彼女は壁に向かって石クズを投げ込む。本来ならば聞こえるはずの音が聞こえない。俺もすかさず壁に向かって矢を放つ。案の定、無音。反射音が聞こえないのだ。

「どういうことだ……」

俺の疑問に答えるように、月光が崩壊間近の建物に降り注ぐ。見ると、男が先ほど目を向けていた闇には何かがいた。腕も脚もある、黒一色の物体。一瞬、影にも見えたそれは一人手に動いている。俺はすぐに懐から紙を取り出して、矢に張り付けると、そのまま影に向かって数発放った。


――あれが何かなんて考えている暇はない!!


見事に矢は命中し、紙の効果で小さな爆発を起こす。だが影たちの動きは止まらなかった。しかも、先ほどの傷も治っている。瞬間再生だろうか、いずれにしても奴らが普通の人間でないには違いない。

「どうやって倒せばいいんだ……!!」

だめだ、落ち着け。まずは冷静に状況を判断しろ。こっちには先生もいるんだ。

俺はちらりと隣に視線をやった。彼女がどれほど強いか俺は知らない。だが、明らかに俺よりは上だろう。それなら俺は徹底的にサポーターとして動くしかない。

俺は覚悟を決めて、ナイフを近くに投げた。文字を刻んだそれは、床に刺さるとすぐに青い光を出す。このバフは味方の身体速度を上げるものだ。相手もいち早く文字の内容を理解したのだろう、顔を上げると男はもちろん、影の姿も消えていた。


――どこだ!!


天井を見上げるが誰もいない、後ろにも敵はいなかった。十五秒間しかない効果の中、無常にも時間だけが過ぎて行く。このままだとナイフを一本、無駄にしてしまったと同義だ。残り時間は四秒、やっと影の姿を数体捉えた。

俺はすぐさま矢を装填して放った。普段の速さより数倍も早く矢が駆ける。影は避ける間もなく、俺の矢を受けると再び小さな爆発を起こした。この爆発の明かりが僅かに室内を照らす。


――いた!!


俺は男を左前方の視界の隅に捉えた。そして矢を勢いよく放つ。それは真っすぐと男に向かうが、寸前の所で影がまるで庇うように前に出た。

「くそっ」

残念ながら俺の攻撃は命中しなかったが、おかげで敵の数は知れた。男と影、合わせて計六人だ。ふと、男は影を押しのけて前に出る。そして、ゆっくりと銃口を先生へ向けた。

すぐに俺はボーガンの照準を合わせようとするが……何故か彼女は俺の腕を掴んで止めた。瞬間、先生に向けられていた拳銃の引き金が引かれた。消音機で小さくなったはずの銃声が、どうしてだろうか、やけに透き通って聞こえる。

俺の目の前で先生は撃たれた。腕と足、それぞれに真新しい銃痕がいくつもできる。

先生の考えている事がわからない……何で俺を止めたんだ……

俺は混乱しきった頭で、呆然と彼女を見ることしかできなかった。彼女の足から真っ赤な血液が流れ出る。金色の魔女といえどもその身体は人間だ。痛みもそれなりにあるはずである。だが彼女の顔は平然としていた。そして、先生は何食わぬ顔で懐から紙を取り出し、傷口へと張り付ける。魔法のおかげだろう、出血は止まったようだ。今思うと、彼女は残弾を消費させるためにこんな大胆な手段を選んだのかもしれない。

魔女は手当てを終え一息つくと、一気に前に飛び出した。その直前に一瞬だが、俺に視線を送る。サポートしろということだろう。俺はすぐに予め文字を書いておいた紙を、床にばら撒いた。これは彼女の動きを速める魔術。効果は十秒。このバフのおかげで、先生はすぐに一体目の影へと接近した。そして彼女はポケットから紙を取り出し、何か呪文の様なことを呟く。

すると、どういうことか、無限に再生すると思われていた影が奇妙な音と共に分解され始めて行く。すぐに先生は次の影へと移動した。男もその動きを止めようと先生へ拳銃を向けるが、

「させるかっ!!」

俺は迷うことなく矢を放った。男は魔女しか見えていなかったのか、見事に俺の攻撃は男の手首に命中した。


――残り三秒。


先生の攻撃は止まらない。男はなおも彼女の動きを止めようと、今度は左手で拳銃を構えた。瞬間、バフの効果が終わる。先生の動きは先ほどの半分ほどに戻ってしまった。俺は懐からワイヤーを取り出すと、急いで男の左手めがけて投げた。――が、俺の行動を注視していた影が男を庇うように前に出る。そしてその影はすぐに俺に向けて飛び出すと、大きく拳を振り上げた。

「ぐあっ……」

無様にも真正面から影の攻撃を食らった俺は、大きく後ろへと殴り飛ばされた。衝撃でしばらく体がしびれて動けない。顔を上げると、男は先生の頭に照準を合わせている。彼女も影との戦いを中断して、じっと男と向き合っていた。そして、自身に銃口が向いているにも関わらず、彼女はまっすぐと男に向かって堂々と歩き始めた。

まるで、そんなものでは自分を殺せない、とでも言うように。

男は引き金を引く。先生は腕で防御するも、その腕からは真っ赤な血が流れ出た。男は銃弾を補充して、再び彼女に向けて引き金を引く。先生の真っ黒な服は、彼女の血で真っ赤に染まっていった。それなのに、先生は相変わらず苦痛を顔に出さない。関心すら持っていないようだ。

所々、紙を取り出して傷口に張り付ける彼女だったが、あんな簡易的なものでは傷は癒えないはずだ。表面情の皮膚は再生されたとしても、内部の傷は癒えることはないのだろう。早く手当てをしなければ大変なことになるに違いない。俺は何とか起き上がろうとするが、先ほどの攻撃で内臓をやられたのだろうか。腰を上げるだけでも精一杯だった。崩れた瓦礫を背に何とか俺は体を起こす。

先生は相変わらず、男の銃弾を受けては自身の傷を癒すことを繰り返している。彼女には全く戦意を感じなかった。そして、男の方もただ銃弾を消費しようとしているだけにも見える。 しかし、だからと言って、ただこの光景を見ているわけにはいかなかった。俺は男の左手に向けワイヤーを飛ばした。


――届け、届け!!


後少しのところで、男は拳銃を持っている方ではない、右手を差し出した。手に妙な感覚が伝わる。おそらく、もう少し力を入れれば、相手の右手を落としてしまうだろう。

ふと、男はため息を吐いて床に顔を落とした。

「……降参か?」

俺の問いに、男は黙って首を横に振った。そして残念そうな顔で俺と先生に顔を向ける。

「……いくら暴れようと、私は君の目には入らないのか」

「そうだ」

「君がここに来たのも、私と戦う事が目的でもなかったのだろう」

「色々と考えた結果、私はここに赴いた」

「そうか」


男はそう言うと、左手に持っていた拳銃を懐にしまった。しかし、俺もまだ戦いが終わったとは思ってない。彼の右手は相変わらず俺のワイヤーでしっかりと押さえていた。すると、男は拳銃をしまったと同時に、ポケットから青いプラスチックの様なものを取り出した。

そして、男はそれをワイヤーに当て、

「なっ……」

簡単には切れないはずのワイヤーが切れた。俺ですら絶対に切れることはないと思っていた代物が。男は当惑した俺の顔を見て、にやりと笑いかけてきた。

「大丈夫だよ、Chaserのワイヤーはかなり丈夫だ」

「その青いやつは何だ!!」

「奴が脱走した後、そのワイヤーは私たちの敵になってね、それを切る、分解するための爆弾を私は作ったんだ」

男は俺を見ることなく、独り言のように呟いた。そして、先生に振り返る。

「君の顔を見ていると復讐心もどこかに行ってしまったよ。それでも仕事はしないといけないね――キルヘン、etcの文書を渡せ」


――etcの文書?何だ、それは。


疑問を浮かべる俺を置いて、話は進められていく。男は、何も言わない先生を見て、一層きつく目を細めた。

「君が持っているというのはわかっている、さっさと渡すんだ」

「はあ……」

やっと口を開いた先生は呆れたようにため息を零した。

「全く……どいつもこいつも、どうして私がそんなものを持っていると決めつけるんだろうね。持っていないかもしれないだろう。それなのに早合点してこんな騒ぎまで起こして。まあ、協会に無いのなら、私が持っているという考えも理解できなくはないけど……それならこんな回りくどい事しないで、直接私の家に来れば良かったのに」

「キルヘン、ベルコルがくる」

その名を聞くと、先生の顔色が変わった。先ほどまで無感情を装っていた顔に初めて感情が垣間見えた。

「あいつはetcの文書と共に君を狙っている」

「へえ……そう、ベルコルも私を狙っているの。なるほど、互いに考える事は一緒というわけか」

「キルヘン、もう一度言う。文書を渡せ」

「断る」

やっと魔女の化けの皮が剥がれたようだった。彼女は感情を露わにして笑っていた。

「ロベルト、諦めろ。このまま何もせずに引き下がったら、お前の命は見逃してやる」

「それは無理だ」

「気まぐれだ、二度は無いぞ」

男は拳銃を構える。拒否するということだ。それを合図に先生は腰を落として戦闘態勢に入った。

その時だった――、

「時間だ」

男の呟きと共に、大きな爆発音が起こった。建物自体が揺れ始める。崩壊も間近かもしれない。周囲を見ると、この爆発の影響か壁は大きな穴をあけて冷たい風を受け入れていた。

「久しぶりだね、お姫様」

突如、一人の男が空間を裂くようにして現れた。そしてそのまま男は彼女を抱きよせる。

「先生っ!!」

俺の叫びも空しく、男はあっという間に先生を連れて再び空間の中へと消えて行った。

「何が……起こったんだ……」

「ははっ、そうか」

目の前の男の笑い声で、俺は一気に現実へと引き戻された。

「こいつは俺がやれと。ベルコルのやつも意外と気がきく」


――くそっ、困惑する時間もくれないのか。



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