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Track.6 Please please please let me get what i want「3」


「『泣くな』か……」

改めて先日の自身の言動を振り返る。パニックになっている少女にあそこまで強く言う必要はなかったと、今更思う。

あの事件から数日が経った。奏はすっかり元気になって、毎日楽しそうに過ごしているようだ。

しかし、あの時彼女に強く怒鳴ったせいか、あの事件以来、奏はどこか俺を警戒しているように思える。無視……とまではいかないが、眼を合わせようとすらしてくれない。俺も嫌われたものだ。不用意に少女の繊細な心を傷つけてしまったのかもしれない。

「やれやれ……」

最近は先生の家で元気に食客をやらせてもらっているが、どうにも気まずい雰囲気が流れてくる。というものの、彼女はいつも俺に隣に座るからだ。喧嘩をしているわけでもないのに、会話をすることなく食事をするのはどうにも居心地が悪い。

女心はよくわからないが、今はそっとしといたほうが良いのだろう。また奏から話しかけてくれるのを待とうと思った。

「Mr.Modification」

気づくと、俺は奴の名前を口にしていた。奴のその後は未だに分かっていない。あの戦いの後、先生が真っ黒な衣装で現れた。あれは戦闘服だと彼女は言っていた。ということは、どこかで一戦交えたということだ。何より彼女から僅かに匂う血の生臭さがそれを物語っていた。

結局、あの時は上手い事はぐらかされてしまったので、いつか聞かなければいけないと思いつつも忘れかけている。なんたってあの時は、奏の方が心配だったからだ。


今日の予定は何もない。だから布団の上でゴロゴロとしていると、色んなことを考えてしまうため幼稚園のすぐ近くにある公園へと出かけた。夕飯はあそこで食べるつもりだからだ。

しかし、結局ベンチで横になっているため考え事は尽きない。

「何もしない大学生はほとんどニートだな……」

ぽつりと自虐を零して空を仰ぐ。晴天だ、こんな良い日に昼寝をしないでいつする。適当な言い訳をして俺は瞼を閉じた。

しかし。

しばらくすると、急に一段階、目元暗くなった気がする。そう、まるで何かが顔の上に覆いかぶさっている様な――、

「え」

薄ら瞼を開ける。何故か大きな丸い目をした少女、いや、奏が俺を覗き込むように見下ろしていた。

「え、何!?」

「買い物」

「は?」

単語だけを口にする奏。まるで要点が掴めないまま、俺は瞬きを繰り返していた。すると、彼女は少し口を尖らせて、

「買い物、一緒に行くって言った」

その言葉でようやく俺は思い出す。


――あの時の。


「あ、ああ。約束したな。だいぶ前だけど……よし、じゃあ買い物行くか」

「うん」


***


「随分と買うんだな」

大きなカートに次々と詰め込まれる商品。奏は一つ一つ品定めするような顔つきで商品を選んでいく。 野菜、魚、肉――奏の買い物ルートに従い店内を巡る中、試食コーナを見つけた。

いつものように、それをつまむ俺の隣で、奏も一つまみする。満足げな表情をする彼女に俺は購入を促すが、まるで節約主婦の鏡のように、

「無駄遣いだめ」

と一刀両断されてしまった。

 

大体の買い物は終えたのだろうか、奏はレジの方へと体を向けた。俺も彼女について行く形でカートを押す。

ふと、奏の足が止まった。視線の先にはアイスクリームコーナ。それも大型スーパーならではの、品ぞろえだ。

「あれ」

「食べたいのか?」

「うん」

これは無駄遣いに含まれないのか。などと無粋な感想は置いといて、楽しげにアイスを選ぶ奏を眺める。

「いくらなんでも多すぎないか?」

「人数増えるからいいの」

既に満杯とも言えるカートに、ぽんぽんとアイスクリームを入れる奏。俺は先ほどからの心配事が更に増していた。

幼稚園からここまで大して距離もない。だが、完全にないわけでもなくわざわざバスや電車を使う程でもないという程度であり、

「どうやってもこの荷物を素手で持ち帰るのは至難の業だよな……」


遠くない未来に待ち受ける労働に、早くも俺は疲労していた。


***


自転車に乗ってこなかったことをここまで後悔することになるとは思わなかった。いや、奏がこんなに買い込むとは予想していなかったのだ。

タコを初めとする食材たち、アイスクリームにおやつのお菓子。だけならまだしも、誰が頼んだのか数種類の乾電池に季節外れの殺虫剤。他にも芳香剤や子供用のパジャマなど、まるで引っ越しでもするのかという程の買い物だった。

幼稚園に新しい家族――居候が増えるとは聞いていたが、このような雑多な品を買い込むとは聞いていない。いや、明らかに関係のないものまである。

ふと、あの少女の泣き顔が目に浮かんだ。いや。あの少女の顔はいつも泣きそうな表情をしている。何かに追い詰められていて、細い細い糸がピンっと張り詰めている様な。

世の中には俺の知らないことが山ほどあるようだ。周りの人間のことさえ完全に理解することはできない。だから、俺にはあの少女が何故あんな表情をしているのかもわからない。けど、きっとあの子は悲しんでいるのだろう。理由はわからない。俺にできるのは推測とその理解だけだ。

他人という立場に妙に胸が疼いた。

顔を上げると、少し先の所で奏が俺を振りかえっている。どうやら待っていてくれているらしい。

「奏、先に行っていいぞ。俺に合わせていたらお前も疲れるだろ」

顔には一切現れていないが、奏の荷物も相当重いはずだ。


***



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