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「議会の考えを無視する気か!!」

鋭い叱責の言葉が響く研究所中央会議室。

「君らの意見を受け入れ任務を行った結果、彼はやられた。そして我々も戦力を失った。初めに君たちは自分たちがまだ存在しているということを証明するために彼、Mr.modificasionを切り捨てたんじゃないのか」

返ってくる声はない。ポンッ、ポンッとベルコルが机を叩く音だけが響く。

「つまり君たちは……我々、急進派の行動を承諾しないというわけか」

「ああ、そうだ。三年前の戦いで敗北した君たちが再び日本に行ってどうする!?」

ベルコルの向かいに座る男が彼の意見を素早く非難する。その様子に、ついに彼も呆れたようにため息を零した。

「わかった。では我々は我々で行動します」

ベルコルが立ちあがり席を後にしようとしたところ、近くに座っていた男が口を挟んだ。

「君がどんな考えで動いているかは知らないが、君の行動が我々の不利益なところに及ぶのならば、我々も容赦はしない」

「ほう。ここは個人主義の集まるところのはずだが、団体行動を強要するつもりかね?随分と研究所も変わってしまったようだ」

挑発をする彼に対し、男は何も返さずじとりと彼を見据えた。

「……どうせ君たちは私が敗北することを望んでいるのだろう」

そう言い残すとベルコルは部屋を後にする。室内では未だに話が進められていた。

「ここで急進派が一掃されれば我々にも利益ではないか?」

「あの男が何を考えているかも分かりませんしね」

「そもそも金色の魔女の戦力を侮り過ぎだ」

隅々から苦言が上がる中。

「何かに憑かれているな」

その透き通るような声は静かに埋もれて行く。


***


「やあ、こんにちは」

「ベルコルか。君が訪ねてくるなんて珍しいな、君は私の事を嫌っていると思っていたが」

皮肉気に口元を歪める男に対し、ベルコルは肩をすくめた。

「人手不足だからな」

「なるほど、要は誰でもよかったわけか」

「そこは御想像にお任せしよう」

男は彼の態度が気に入ったのか、からからと笑いながら、

「用件は何だ?」

「日本に行く」

「それはつまり……三年前の延長戦というところか?急進派の人間はもう数えるほどしかいないと思うが」

「ああ、だから君の力が必要なんだ、ハンティントン。君には穏健派の制御、牽制をお願いしたい」

ハンティントンと呼ばれた男は、目を細める。まるで真意を測りかねているかのようだ。

「私の人脈と政治力を利用したいと?」

「そうだ。急進派の人間が日本に向かう事を連中が承認してくれるはずがないからね」

「つまり君は議会に盾つくと」

「いや、どうせなら議会の許可を貰って快く行きたいな」

楽しげに会話をしていたハイティントンは、ふと、ベルコルを眺めたまま思索にふける。

「君のような人物が私を訪ねるほどの事態。そこまでして日本に向かうということは……彼女の所に何かがあるな?」

男の問いにベルコルは一瞬口をつぐんだが、

「etcの文書だ」

その言葉にハイティントンの目が大きく見開かれる。

「あれが実在するというのか!?」

「おそらく」

前のめりになった体を再び椅子に預け、彼は嘆息をついた。

「確実ではないのか」

「それを確認するために行くんだ」

「……そういえば、最近欧州で不審な事件が起きていたと聞いたが、それも何か関係してるのか?」

「ああ、既に欧州で探りを入れてみたが徒労に終わった。残りの候補は三カ所だが、一番怪しいのは日本だ」

その言葉にハイティントンはある事件を思い出していた。

「十五年前にパリ支部で盗難事件があったと言っていたな。十五年前……金色の魔女が復活した頃だ」

男の承諾を待ち続けるベルコルは、じっと彼を見据えている。ハイティントンは、椅子に座ったまま目の前の机の上を指さした。

「この書類の山が見えるか?私は議会の中でも君たちを仲裁する立場にいる。いくら個人主義の集まりでもそれをつなぐ接着剤、潤滑油が必要だからだ」

ベルコルはわかっているとでも言うように静かに頷く。

「そんな私にここまで頼み込むということは、それほど確信があるということだな?」

「ああ。手に入れた暁には古文書を公開するつもりだ」

「ほう」

ベルコルの瞳は真剣そのものだった。だが、自身が利用されるという可能性も否めない。ハイティントンは一瞬、そのような考えが頭をよぎったが、次の瞬間、その顔には挑戦的な笑みを浮かべていた。

「いいじゃねーか。私も穏健派が暴れまわっているのを見るのは飽き飽きしていたところだ」

「……ありがとうございます」

「幸運を祈る。だが一つだけ疑問に残っている事がある」

ハイティントンは立ち去る背中に声をかけた。

「君はetcの文書を手に入れて何をする気だ?」

「さあ……まずはお姫様を起こさなくては」

小さく呟く男に、彼は疑問符を浮かべる。

「どういうことだ」

「いや、まだ私も明確には決めてない。あ、そうそう。君にも危険が及ぶ可能性があるからゴトーに警備を当たらせるつもりだ、そこら辺は安心してくれ」

「ゴトー……彼をここに置いて行ってもいいのか?」

「ああ。マルセンも我々に協力してくれるだろう」

マルセン、その名を聞いた彼は盛大に声を上げて笑いだした。

「あんな面白い仲間を連れていくのか!!愉快な旅になりそうだな。まあ好きにしたらいいんじゃないか?俺も好き勝手にする」

その言葉に今度はベルコルが笑みを零す。

「そうだな……我々の本質は個人主義ってことか。互いが互いを利用し合うのみ。それだけの話か」

その言葉を最後にベルコルは静かに扉を閉めて出て行った。一人残されたハイティントンは思わず視線を床に落とす。快諾したつもりではいたが、どうにも彼と同じ勢いで事を起こす気にはならなかった。


――実在が不確かなものを何故あそこまで追う?


その疑問だけが彼の頭を占めていた。しかし、結局それは彼にとってはどうでもいいこと。ハイティントンは椅子に座り直すと、仕事に戻ることにした。

しばらくして彼は一つの答えに辿りつく。

「あれは本能というやつか……研究に対する本能。もしくは、一種の病気だな」

そして彼は壁に掛けてあるカレンダーへと目を移した。暦上ではすっかり真冬である。

「いずれにしろ、今回の事件が終わったらここの様子もだいぶ変わるだろうな。何かが消え、何かが生まれる……まあ、私には関係のないことだが」


***


「やあ、君がパートナーとして来るとは思ってもみなかった」

ロベルトは目の前に立ちすくむ男に柔和な笑みを浮かべた。

「……」

「おいおい、挨拶ぐらいしてくれよ」

「俺はある程度予想していた」

「そうかい?まあ仲良く日本へ旅立とうじゃないか」

パリでのハンス・ブリーゲルとの戦闘後、彼は研究所に戻るや否や日本行きの指令が下った。そこで彼は今、こうしてフーゴと空港で合流したわけである。

「出発までまだ時間はあるか?」

「三十分」

「なんだ、まだまだ余裕だな」

ロベルトは近くの待合席に腰掛け、隣に立つ男に声を掛ける。

「しかし……突然の日本行きだな」

「欧州に無いのならば、残るは日本」

「そりゃそうだ、あそこには金色の魔女がいるからな」

ぽつぽつと暇をつぶし合う二人。彼らの持ち物は何一つない。

「わざわざ異国の地にまで派遣されるなんて、面倒なことこの上ない」

「この地も我々にとっては外国と変わらない」

「ああ……それもそうだが」

二人の男の間に沈黙が落ちる。会話が途切れてしまったようだ。ふと、ロベルトはフーゴの視線に気づいた。彼は何か言いたげな視線をずっとロベルトに向けていた。

「……ルイーゼが死んだと聞いた」

「ああ、死んだな」

「君が殺したと聞いた」

フーゴの視線には僅かに怒りが込められている。そんな気がしたロベルトは嘲るような視線を彼に向けた。

「俺を罵りたいのか?彼女は裏切り者、だから殺した」

「君は仲間を殺した」

「違うな。奴は仲間じゃない」

凍てつく視線が絡み合う。そこへ無機質な声の案内放送が流れた。どうやら彼らの搭乗時間になったようだ。フーゴは何かを言いかけた口をそっと閉じる。

「そろそろ行こう」

「……ちっ」

釈然としない彼の様子に腹を立てつつも、ロベルトは彼を追うように搭乗口へと向かった。


***


『聖女よ、我々により多くの祝福を与えたまえ』

『聖女様、聖女様』

『純潔の乙女にご多幸あらんことを』

森の中に聳え立つ長い塔。その頂上には人が一人通れるほどの小さな扉がある。

今、その扉が開いた。

現れたのは、透き通る様な白い肌、煌めく金色の髪、そして瑠璃色に光る瞳。お伽話に出てくるかのよう、それは誠に美しい乙女だった。彼女が姿を現すと、下から眺めていた人たちは揃って歓声を上げる。貴族も農民も、大人も子供も関係ない、彼女の前では全ての人間が平等の存在である。彼らは彼女を崇拝し、とても愛していた。


その愛に答えるかのように、彼女は微笑む。愛をこめて。


***


『殺せ!!魔女を殺せ!!』

『黒死病の女!!あの女を殺せ!!キルヘンを殺せ!!』

『全部あの女のせいだ……!!あの女がこの街に災いをもたらしたに違いない!!!』

塔に火のついた棒がいくつも投げ入れられる。貴族も農民も、大人も子供も関係ない、怒り狂った彼らは次々と火を放っていく。

塔の中には子供たちがいた。いずれも既に真っ黒な灰と化している。奇しくも火の手を逃れ、外に飛び出た子供は槍でメッタ刺しにされ、格好の餌食となった。

魔女の叫び声が届くことはない。彼らの心は怒りに支配されており、行動は過激さを増していくばかりだ。迫りくる炎に追い詰められ、ふと彼女は外を見る。そこにはおよそ人間とは思えない憎しみに満ちた彼らの顔。その集団の中、彼女の視線はある青年騎士へと向けられる。

素敵だと思ったその騎士の服は真っ赤に染まっていた。

素敵だと思ったその顔は狂気に染まっていた。

純潔の乙女の頬に一筋の涙が流れる。彼女は泣いていた。


彼らを心の底から憎みながら、彼女は泣いていた。


***


『記憶を消してほしい』

『……本気?』

『ああ、この記憶を抱えて生きて行く自信がない。これ以上は耐えられない。毎日毎日、この記憶が俺の首を絞めていくようだ。だから消してほしい。先生ならできるだろ?』

『人間の記憶は過去と現在を結ぶ糸のようなもの。記憶を消すということは、その糸を切る事と同じ。仮に記憶が再び戻ったとしても君は違和感を覚える。それはまるで新聞の一コマを読むかのような、他人の出来事のように感じてしまう。それでも構わないのか?』

『……頼む、記憶を消してくれ』

『全く……契約者にでもなるつもりか』

『そうだ、俺は契約者になる。茜が望んだ世界を作るために。俺は何でもする。けど、その全てをやり終えたら俺の記憶を消すと約束してくれ』

『わかった、約束しよう』

『ありがとう』


***


俺は思わず飛び起きた。

何か悪い夢を見ていた気がする。


***


「後少し……後少しだ」

彼女はそう呟きながら高ぶる自身の心をなだめた。

「十五年間の計画の総仕上げだ。あの男がここに来れば全てが揃う」

彼女は――、金色の魔女は心の底から笑っていた。



「-」End.








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