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Track.5 There Is A Light That Never Goes Out「12」

「こんばんは」

突然聞こえた生身の人間の声に、思わず赤城は身を強張らせる。一方のハンスは驚く素振りを微塵も見せず、まっすぐと男を見つめていた。

「いやいや、まさかハンス・ブリーゲルなどいう大物を前に出してくるとは。我々もつい遊びすぎたかな」

「その声は……ロベルトだな」

「お久しぶりです。まさか私の名前を覚えていてくれるなんて思わなかったよ、光栄だね」

親しげな口調で語る男。月明かりに照らされたその顔は一見、物静かな男性に見えた。知的な眼鏡を掛けた学者のような彼、しかし、その目つきは狂気を宿しているかのように尋常ではなかった。

「今回の件は全て貴様が仕出かしたことか」

「いや、計画自体は私が立てたものではない。私は指示されただけだ。あの事件以降、急進派の勢いもなくなって私も大人しく過ごしていたんだが、奴が突然面白そうな話を持ってきてね。調べてみると、古文書を研究する奴らに魔法使いが紛れ込んでたから、ちょっと尋ねて回っていただけさ」

 楽しそうに語り出す男を睨んだまま、ハンスは静かに口を開く。

「記録によると貴様が研究していた分野は一種の生理学。この【影】は君の作品ということか」

「ああ、そうだ。これは全部私の複製品、全て私を元にしているんだ。感情も思考も一切抜き取った、まさしく私の【影】だ」

「なるほど」

呟きと共にハンスは懐から拳銃を取り出し、迷うことなく男に向けて引き金を引いた。消音機をつけている彼の拳銃は静かに銃弾を放つ――が、それは男の前に立ちふさがった影の身体に吸い込まれていった。

「まだ私の話は終わっていないよ。大人しく聞いてくれ。私のような一般人はそんな鉛玉を食らったらタダじゃ済まないんだ」

困ったように笑う男に対し、ハンスはしぶしぶ拳銃を構えていた手を降ろし、まるで確認をするかのような口調で話し始めた。

「被害者の特徴は自身の身体部位を認知することができないというもの。だが空間概念の専門家とも言える赤城周の見解は、それは催眠によるものだと言う。人の五感までも支配する催眠を研究していた奴は私の記憶には二人しかいない。その内、片方は死亡が確認されている。ということは、未だ姿を見せていない奴が黒幕で間違いない」

「大正解だ、ハンス!!そう、今回の黒幕はケラーだよ。少々面倒くさかったが、他人の頭の中から必要な情報を抜き取り、逆催眠をかけて五感に異常を与える。これを私の影に入力しておいたのさ。まあパリに来たのは、ほんの気まぐれだけどね。これまでに重要な情報が全く見つからなかったから、終わりにしてもいいと思っていたけど、最後の最後でまさかこんな素敵な出会いが待っているとは思わなかったよ」

一人、満足気に頷く男に対し、ハンスはただ彼を見据えるだけだった。そんな彼を横目に赤城は一歩前に踏み出す。

「一つ聞きたいんですけど、どうやって欧州支部の職員たちの中にいる一般人と魔法使いを見分けたんですか?」

男はじっと赤城の顔を見つめた後、人が変わったかのように下品な笑みを零す。

「さあな。知りたければ、自分で調べるんだ」

まともに取り合わない男を前に不満げに眉を潜める赤城。ふと、何かが彼の頬に触れた。

「――雨だ」

突然降り出した雨は、ぽつぽつと夜中の路地を濡らし、雨粒は徐々に水たまりを作っていく。

「周君、やるべきことはわかっているな」

「……はい」

ハンスは後ろを振り向くことなく、仲間の覚悟を受け入れた。

「落ち着いて、奴の頭に照準を合わせるんだ。あれは人間ではないと思え」

「…………はい」

赤城はゆっくりと拳銃を構える。


――狙うは男の頭。


震える手元を必死に抑え、彼は引き金に手を添える。


そして――、


「……すみません。やっぱり俺には」

赤城は静かに腕を降ろした。

「そうか、ならば仕方ない」

ハンスは彼を責めることなく敵を前にして、戦闘態勢に入った。

「周君、では建物内で空間を作り避難した彼らを守っていてくれ」

「……わかりました」

すぐに赤城は建物に向かって移動を開始する。その背を何もせずに見送る男。

「行かせてよかったのか?」

「ああ、せっかく君がくれたハンデだ。大人しく受け取っておこうと思ってね」

瞬間、男が前に出た。ハンス程の腕前ではない拳。難なく躱した彼は、その左腕を掴み関節を外そうとしたが、

「いや、捉えたのは私だ」

物凄い速さで影が迫ってくることに気付いた彼は咄嗟にその腕を離す。

「ぐっ」

ほんのわずか、反応に遅れたハンスは影の蹴りを食らい、勢いよく後方へ飛ばされてしまった。

「二対一、本当にこれでいいのかい?」

「……ああ、構わない」

思わず膝をついてしまったハンスは、ゆっくりと起き上がり姿勢を直した。

「たまには私も本気で戦いたいんでね」

ハンスはナイフを手に右手を振り上げる。それが地面に刺さり、効果が発動されると同時に彼は物凄い速さで相手に詰め寄った。男も地面の紙に注意しながら、彼の攻撃を躱していく。 今回ハンスは単調な戦法、同じような攻撃を繰り返し続ける戦術にしたようであり、男もそれを早い段階で見抜いていた。そして、躱し切れないと判断した時点で影を挟んでいく。二対一ならではの戦法である。

「君の攻撃は一対一なら脅威的だが、自身より相手の数の方が多い時は容赦なく窮地に追い込まれてしまうんだよ」

「ブリーゲルさん!!!」

黙って見ている事ができなかった赤城が飛び出してくる。彼は男の後を追う影に向かって、数発の弾丸を撃ち込んだ。

ほんの僅か、影の動きは鈍くなるが、もはや男は影の力には頼っていなかった。彼はハンスの動きを見抜くのに精一杯で影に指示を出していなかったのだ。

そして男の管理下から離れた影は、一直線に自身へ殺意を向ける敵、赤城に向かって突進を開始する。

「……しまった!!」

咄嗟に受け身の姿勢を取ろうとした赤城だったが、

「そこまでだ!!!」

響き渡る野太い声。同時に四方にばら撒かれた紙が反応して、魔法を発動する。

男と影の動きが止まった。

「右に避けろ!!!」

指示通りに体を動かした、赤城はふと、声の方に顔を向ける。そこには、彼の友人がいた。

「アンダーソン!!いや、どうしてここに!!」

「親友が必死に戦っているのに、デートばかりしていられないだろう」

驚く赤城に満面の笑みを返すと、彼はハンスへと声をかけた。

「Mr.ブリーゲル。影は私が引き受けます。こちらは任せてください」

それを聞いたハンスは、やれやれと重苦しいコートを脱いで大きく肩を回した。

「個人的にはこのコートを気に入っているのだが……このままだと汚れてしまうな」

彼は赤城にコートを手渡すと、再び男と向き合った。

「うおおおおお!!!」

大きな掛け声と共に、アンダーソンは影に向かって突進した。そしてすれ違いざまに『Boom』と書かれた紙をいくつか張り付ける。しばらくすると、それは爆発し、影からは煙が立ち上った。

しかし、影は怯むことなくアンダーソンに向かってくる。対して彼は『Stop』と書かれた紙を目の前の地面に張り付けた。案の定、それは彼の前で動きを止める。アンダーソンの得意な魔法、それは短時間で即効性のある魔法だ。

「非常識には、非常識をぶつけろだ!!」

彼は先ほどから同じ戦術で影と相対していた。いくら影――、改造人間と言っても終わりはある。事実、影の動きは徐々に鈍くなっていた。

そしてアンダーソンは懐から拳銃を取り出し、影の足に照準を合わせる。更に動きを遅くするためだ。

ふと、ハンスと向き合っていた男は構えを解いて状況を確認した。

「ふむ、これで三対二になったのか。逆転されてしまったのかな」

困った、困ったと残念そうな顔を浮かべる男。

「研究所も終わりだ!!あんたもすぐに捕まえてやるよ!!」

アンダーソンの挑発に男は一層、顔をゆがめ、そして――、

「余所見は駄目だよ?」

一発の銃声。同時に、アンダーソンは膝から崩れ落ちた。

「っ……!!」

「アンダーソン!!」

急いで銃弾が飛んできた方に顔を向ける赤城。既に人影は小さくなっていた。

「くそっ……もう一人いたのか!!」

銃声に気を取られていたハンスも、再び目の前の敵へと視線を戻した。どうやら男にはもう戦闘の意志はなく、構えを解いたまま静かに彼に向き直っていた。

「君には話しておこうか。欧州大陸内にはetcに関する文書はない。これが私の下した結論だ。第一、協会が何故そんなものを必死になって探しているのかは知らないが、それを利用しそうな人間は思い浮かぶね。一人……いや、三人かな」

ハンスの返事も待たず、男は身を翻した。

「どこに行く」

「今日は終わりだ、ハンス。彼を早く病院に連れて行ってあげた方が良いよ」

ちらりと、アンダーソンへ視線を向けるハンス。次の瞬間、男の身体は闇の中に消えかかっていた。

「やれやれ、今回は君たちも私も利用されたようだ。お互い様だね」

雨音に紛れることなく、けらけらと耳障りな笑い声が響く真夜中。ハンスはきつく拳を握りしめて、奴が消えた暗闇をじっと睨んでいた。

「おい、アンダーソン!!」

赤城の声に、はっとハンスは我に返る。

「だ、大丈夫だ、周。そんなに深手じゃない……ははっ、つい油断しちまったな」

言葉とは正反対に荒い呼吸を繰り返すアンダーソン。ハンスは急いで彼に駆け寄ると、赤城に手渡したコートを彼の身体に被せた。

「雨がひどい。早く建物の中に入るんだ。協会内に医者もいたはずだ」

「はい!!行くぞ、アンダーソン!!」

いつもより荒々しく声を掛けると、赤城はハンスと二人がかりで彼を背負い、協会の中へと入っていった。



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