Track.4 Carnation 「5」
授業中というのは本当に不思議だ。
集中していると眠くなり、集中しなくても眠くなる。
つまり授業中は常に眠い。
今も脳内で言葉を繰り返しているが、少しでもぼうっとすると周りの声が一切遮断されてしまう。学生である以上、先生の話はしっかり聞かなければならないが、今日の俺は朝早くから学校のために色々とやってきたので非常に疲れており授業が始まると同時に眠気に襲われている。
以上、このようにあれこれと述べているのは決してこの居眠りを正当化するためではない。信じてほしい。
授業終了のチャイムに目を覚ます。クラスメイト達が慌ただしく着替えの用意を始める。
そう、次の授業は体育であり作戦決行の時間だ。
男子は一つ下の階の更衣室で着替えるため、俺はひとまず教室を離れなければいけない。
廊下に出る瞬間、とんびと目が合い小さく頷き合った。
更衣室で着替えるフリだけをしていると、矢野たちが奇妙な視線を送ってきた。
上手く言い訳をして見過ごしてもらい、こっそり更衣室を抜け出し教室の方へと続く階段に向かう。
よし。ここまで順調に行っている。
階段を登りきると葵は既に到着していて教室の様子を窺っていた。
お互いに言葉は無く、ただ頷き合うと俺も階段の脇から教室の様子を見る。
わらわらと女子が大勢出ていくのを確認した。
静まり返った教室にはとんびが隠れているはずだ。
そして始業チャイムを待つ。授業が始まれば犯人は動き出すだろう。
緊張してきた。
もし犯人が学生ではなく本当に泥棒だった場合どうすればいいだろうか。
しかし、よっぽどの馬鹿でない限りわざわざ大人が危険を冒してまで、子供の持ち物を盗みには来ないだろう。だとすると、犯人はこの学校の生徒になる。
はあ…全く盗みをするにしても限度ってものがあるだろ。いや、そもそも盗みなんてするなよ。
始業チャイムが鳴った。
びくっとなって一気に身体が強張ってきた。
静まり返った廊下に時々他クラスから聞こえる先生の声。
この時が止まってしまったような感覚は割と好きだ。
***
始業後、30分経ったが未だに誰も来ない。
冷えきった廊下で待ち続けるにも限界がきそうだ。
「…なんだよ、誰も来ないじゃないか」
俺がぼそっと呟いた
その時だった。
「!!!」
声が出そうになる口を辛うじて手で押さえた。
二人の生徒が教室内に入っていく。
その様子は自然で、元々鍵が空いていることも知っているようだ。
どこかで見たことがあるような顔だったが、今は作戦に集中しよう。
葵も少し緊張しているのか、息を殺して真剣に教室を見ている。
1分ほど経った頃だろうか。
「こいつら、捕まえろ!!!」
教室で大きな音が聞こえると同時にとんびの声がした。
そして勢いよく生徒たちが飛び出し、俺たちとは反対方向へ向かって走り出した。
「くそっ、なんて早いんだ…!!!」
俺と葵は急いで彼らの後を追うが、さすが盗みに慣れているのか、脱出経路と思しき道を揃って逃げる。
あまりに素早い動きについに俺たちは見失ってしまった。
必死に窓や廊下を目をこらして見てみるが見つからない。
とりあえず違う階に行こうとした時、とんびがポケットから何かを取り出しイヤホンを耳につけた。
「まさか…」
「盗聴器よ」
真面目な顔で答えるとんび。
そんなものどこで…
「どこにいる!!」
「1階の玄関!!」
とんびは葵へ間髪いれずに答えた。
まさに阿吽の呼吸のようだった。
とんびを先頭に1階へと続く階段へ全力で向かう。
途中、窓から彼らの姿が目に入った。
「これ、まずいんじゃないか!?」
隣を走る葵も少し苦そうな顔をしている。
犯人たちの顔は一応見たが、証拠がない以上しらばっくれることなど簡単だ。
もしここで取り逃がしたら、今後捕まえることは困難になるだろう。
なんとしても、捕まえて白状させなければいけない。
突然、はるか先にいた、とんびが止まった。
そして窓を開ける。
「―1、」
おい、まさか…
「――2の、」
ここは、
「―――3っっ!!!」
「2階だぞ、馬鹿っ!!!!」
全力疾走でとんびに追いつく前に、彼女の身体は窓の外に飛んだ。
焦る俺とは対照的に、葵は落ち着いて一部始終を見ていた。
非常に綺麗な着地を決めたとんびは笑顔で俺たちを振りかえる。
どうやら傷一つないようだ。
盗聴器を聞いていたとんびは彼らの行き先を予測し、待ち伏せしようと考えたわけだ。
結果は大成功。
犯人たちは仁王立ちしたとんびの前に辿りついた。
「天罰っ!!!」
脇腹に綺麗な足技を入れられた犯人たちは、その場に倒れこんだ。
容赦ない…。
一人はその場で倒れ、もう一人は逃げようと思った所を葵に取り押さえられた。
「おまえら…」
よく見ると、二人は食堂で騒いでいた不良たちだった。
俺は大きなため息を零して、彼らの前に座り込む。
「何で盗みなんかしたんだよ、別にお家が貧しいわけでもないだろ」
返ってきたのは舌打ちのみ。
後ろで腕を組んでいるとんびに振り返った。
「…どうするんだ、こいつら。そのまま先生に渡して終了か?」
「私のMP3を返せ!!!」
とんびは俺の言葉を無視して、犯人に迫った。
が、彼らの態度は完全にこちらを舐めきっていた。
「”返せ”?俺らはちょっと借りようと思っただけなんですけど」
「そうそう、たまたま好奇心で使ってみたかっただけ」
とんびは顔を真っ赤にして今にも手を出しそうだったが、大きく深呼吸をして落ち着かせたようだ。
「今まで盗んだものを返しなさい。先生たちに白状すれば警察沙汰にはならないわ」
すると、彼らは嘲りと共に「盗んだことはない」と繰り返す。
いい加減、この態度に俺も限界がきそうだ。
「ふざけんなっ!!犯行方法が同じなのに、まだ否定すんのか!?」
ついにとんびが座り込んでいる方の胸倉をつかんだ。
「だから盗んでないものをどうやって返すんだよ」
「あんたたち…ただじゃおかないわよ!!」
「ただじゃおかない?何、おまえが俺たちを退学にでもするのか?」
くすくすと笑いながらとんびを見返す。
「本当に返さないのね?」
「だから、盗んでねえって」
一向に進まない会話に俺も何か策はないかと考える。
ふと葵の方を見てみると、彼はじっと犯人二人を眺めていた。
何か口を出すと思っていたが、ずっと黙りこんでいる。
――まさか。
俺が止めようとした瞬間、葵は一歩前に出て彼らに笑いかけた。
「ねえ、君たち、本当に盗んでないのかい?」
葵の顔を見た二人は一瞬、緊張の色を見せたが堂々と言い返した。
「ああ、本当にこれが初めてだ。大体、俺らがやったって証拠でもあるのかよ!?証拠もねえのに全部俺らのせいにして終わらせようといてるんじゃないのか?」
「…そっか」
葵がため息をついて、両手の指をほぐしはじめた。
「そこでじっとしてろ」
でこぴんをする様な構え。
次の瞬間、風が吹いたかと思うと、立っている犯人の後ろの壁に小さな穴ができていた。
まるで銃弾のような威力だ。
「あ、はずれちゃった」
頭を抱える俺をよそに、とんびと犯人たちは呆然と壁の穴を見ていた。
「ああ、これは単なるトリックだから」
愛想良く笑う葵。
「それより、てめえら本当に盗んでないのか?」
葵に圧倒されながらも、彼らは負けずに首を横に振る。
葵はまたため息をついた。
そして、再び風船が破裂するような音と共に今度は反対側に穴が開いた。
犯人は穴と穴に挟まれるような形でぴくりとも動かない。
もう一人も同じ状況下にいるかのように、固まっていた。
「本当は盗んだでしょ」
「ぬ、盗んでない!!!」
また一発。
葵は非常に淡々とした表情で壁に穴をあけていく。
それは少しずつ少しずつ、犯人の首元へと近づいていた。
「盗んだ?」
「盗んでねえって!!!」
―発また一発。
とうとう、葵の能力が犯人の首筋をかすめた。
犯人が息を飲むのがわかる。
仲間の方が怯えた顔をしていた。
「そろそろ最後になっちゃうかもだけど…盗んだ?」
「……」
沈黙。
犯人はじっと葵を睨みつけていた。
「盗んでねえっつってんだろ!!!証拠を見せろ!!証拠もねえのに、こんなことしやがって…これじゃあただの脅しじゃねえか!!!」
葵が腕を上げた。
いくらなんでもやばそうだ…
「葵っ!!!」
「盗みました!!!すみません!!!」
前に座り込んでいた仲間が叫んだ。
「…でしょ?君たち二人が盗んでいたんだよね?」
「…はい」
仲間の白状に犯人は何も言い返さず、地面にへなへなと座り込んだ。
緊張の糸が解けたのだろう。
「それで!?私のMP3は!?」
呆然と座り込む犯人にとんびは胸倉を掴んで振り回している。
ひどい奴だ。
一仕事終えた葵は大きな欠伸をしていた。
全く…こんな恐喝みたいなことするから悪いイメージがつくんだ。
ちなみに葵が行っていたのはトリックでも何でもない。
魔法だ。
葵は空気を掴むことができる。さっきのは、空気を軽く掴んで飛ばしたのだろう。
空気とは言え、先ほどのものは拳銃と変わりない威力なのだが。
「最後、本当に飛ばすのかと思った」
「そんなわけないでしょ」
葵はニコニコと笑っているが、俺は見逃さなかった。
仲間が叫んだ直後、葵が空気を戻すように掴んでいたことを。
とんびが問いただしたところ、彼らが3日前に盗んだものはまだ家にあるが、それ以前のものは中古ショップに売ってしまったとのこと。早く売ってしまえば解らないだろうと思ったらしい。
何故こんなことをしたのかと言うと、お金がなくて欲しい物が買えなかったとか。
…何はともあれ、一件落着のようだな。
つづく




