3 平和な日常?
転入生のお陰で、いつもとは少し違った一日も終わり、放課後になった。今日は特に用事も無いし、部活もやっていないので帰宅が遅くなることは無い。つまり今日も平和に終えられるということ−−と、ほっとしたのも束の間。
ヒラリと視界の端を何かが掠めた。
…………なんか、手のひらサイズの人間に蝶の羽が生えたナニカが飛んでいるように見えたのだが、気のせいに違い無い。うん、気のせいだ。
『あれっ、ニンゲンさんってば、もしかしてわたしが見えるの?』
僕にはなにもきこえていない。なにもきこえなかった。幻聴でーす。
『もー、無視しないでよぉー』
ぺしぺしと頭を叩かれた。痛くはないが感触はある。自分に言い聞かせるのも限界だった。
昼・間・で・も・見・え・る・ん・か・い!!
今までの努力とは一体……。そして学校とか場所に関係なく居るんですねキミたち。とはいえリュウグウ君(仮)と違って、友好的そうなのは何よりである。リアルタイムで攻撃されているが。
とりあえず場所が場所なので、むんずと彼女−−多分、女の子だと思う。声が高くて髪が長いし−−を掴み、人気のない場所へ移動した。
じっと僕を見つめる視線があった事に気付かないまま。
*
取り敢えずやってきたのは屋上。一応立ち入り禁止なのだが、今回は仕方がない。だって万が一、他人に目撃されたらと考えると……。何もない所に話し掛けるかわいそうな人認識だけは避けたいです。そうなったら社会的に死んじゃうので。
そして掴んでいた彼女を放してやる。
「……で。キミは僕に何の用なのかな?」
『特に何もないカナー。ただ、私たちが見えるヒトって珍しいし』
単なる好奇心かよ!
どれだけ視える人に構って欲しいの、リュウグウ君(仮)然りこの子然り。……しかし、特に用がないっていうのなら何を話せば良いのか。急に手持ち無沙汰になったんですが。
「…………えーっと」
『…………なになにー?』
「キミの名前とかは……」
『んー、特にないよ?』
え、名前無いの? 仲間内で呼び合う時とか困ったりしないんだろうか。それか、そもそもの数が少ないとか? 数が少なければ、呼び合う時に名前が無くてもそうは困らないだろうし。
「なんで学校にいるの?」
『……なんとなく? 暇つぶしみたいな』
「キミは人を襲ったりはしないんだ?」
『私、肉食系じゃないモン』
つまりリュウグウ君(仮)は肉食なんですね。うん、わかってた。……魚なら魚らしく、他の魚とか虫でも食べてればいいのに。そう心の中で愚痴る。
『もしかして、おにーさん肉食系のヤツに襲われちゃったトカ?』
「まあね。リュウグウノツカイっぽいやつに」
『りゅうぐうのつかい?』
この名称では彼女には通じないらしい。まあ、あくまでも人間が付けた名前だから通じないのが普通なんだろう。とりあえず、言葉とジェスチャーでどんなやつだったのか説明したら、心当たりがあったようだ。
『あー、そいつ。最近この辺りでおっきな顔してるやつだね』
「元々この辺りにいた奴じゃないって事か……」
『最近は取り巻きとか使ってブイブイいわせてるよー』
妖精さん(仮)よ。いささか使う言葉が古くないですか? ブイブイって……死語じゃない?
それにしても、新参にもかかわらずボスだったのかリュウグウ君(仮)。先日逃げられたのは、運が良かったからかもしれない。
『ところでおにーさん。私と友達になろっ』
「……唐突すぎない?」
『だっておにーさん話しやすいんだもーん。私、友達少ないし……』
そっか。友達少ないのか……。学校にも暇つぶしで来てたっていうし。行く場所があまり無いのかもしれない。
僕も友達が多い方ではないし、たまにはこんな一風変わった友人が居ても良いかなぁ……。
「わかった。なろう友達! 僕は由人、氷上由人だよ」
『ヨシトだねっ。私の種族はピクシーだよ』
「ピクシーかぁ。種族名で呼ぶのも何だし……シィって呼ぶのはどう?」
『シィ……私の名前……?』
「うん。気に入らないなら別のを考えるけど……?」
『−−ううん、これでいい!』
そして余程気に入ったのか、彼女は何度もそれを嬉しそうに呟いていた。