7 境界の村
事情聴取やら何やらで、目的地に着いたのは予定より二日遅れになってしまった。……一応、方々には連絡入れてるので問題は無いハズなんだけど、やっぱ心苦しい部分はある訳で……。
じー……。
頼むからさ、ジト目で睨むのやめてくれないかな! 知彦くん! 僕らのせいで二日も待ちぼうけ食らったのは謝る。謝るからさぁ!
*
逗留予定のお屋敷には先客がいた。眼鏡の似合う知的な空気を醸し出す少年。気だるげな半眼が不機嫌そうな空気を強調していた。
「…………ども。八重倉知彦です」
彼も僕と同じアルバイトらしい。学年は僕らの一個下の中学三年生。「受験生なのにこんな所にいていいの?」って聞いたら、勉強しなくても入れる学校志望なんだとか。……なんか将来苦労しそうなんだけど、良いのかそれで。いや、まあ受験一夜漬けの僕が言えることじゃない。あの時は「もう、どーにでもなあれ!」な気分だったけども!
そういえば知彦くん、言葉数がかなり少ない。必要最低限しか話してくれない。人見知りというよりは人間嫌いっぽい感じかなあ。自分の殻に閉じこもる系?
それはともかく、僕らの自己紹介も簡単にだけど済ませて本題へ。
依頼者はこの村で代々退魔師をしている玄海さん。高齢化の波はここにも押し寄せていて、若い退魔師が居ないため、今回の遠征が実現したそうだ。ちなみに知彦くん、僕らの隣町在住でした。志望校は僕らの通ってる学校。……世の中狭いね。
「実はこの村、境界に呑み込まれる一歩手前なのですよ」
「境界に呑み込まれる?」
「……ええ。村に入った時に違和感を感じませんでしたかな?」
……そういえば、なんか空気の匂いが変わったような気はしてた。田舎特有の何かだと思ってたけど。思えば境界にいる時と同じような空気だコレ。
「完全に呑まれちゃったらどうなるんですか?」
僕の質問に玄海さんは重苦しい空気を背負って、こう言った。
「恐らく、ですが。この村が地図から消える事になるでしょうな」
「それって……完全に『境界』側になっちゃって出入りできなくなるって事、ですか?」
僕の質問に答えたのは玄海さんではなく葉狩さんだった。
「この場合、むしろその先の段階まで行ってしまう可能性が高いでしょうね」
その先とはいかに。境界の向こう側には『向こう側』しかないような……あ!
「まさか……村ごと『向こう側』に行っちゃうとか?」
「その通り。『境界』が役割を果たさないとはそういう事ですからなぁ……」
進度がゆっくりなのでまだ救いがあるとかないトカ。……逆の原理で戻って来れたりしないのかな? と考えてたら、読まれてたみたいで「無理」って言われてしまった。そんな簡単なモノじゃあないらしい。知彦くんにもジト目で見られてしまった。
それにしても時々話題に挙がる出る『向こう側』とは一体どんな場所なんだろうか? ……そういえば経験者がいたっけ。
「シィ。ぶっちゃけ『向こう側』ってどーなの」
すると今まで僕の肩を椅子がわりにしていたシィが飛び上がった。空中でくるりと一回転してこちらに向き直ると、ちょっと考え込んでから答えてくれた。
『んー。……まーそんなに悪い所じゃないけど、こっち側の人には生きづらいかもねー』
「……やっぱ魔界的な場所だったり? 大物怪異がいっぱいいるって話だし」
『あっちでも大物はそうそう遭わないってばー』
代わりに中物・小物はごちゃごちゃしているそうな。あと人間も結構沢山生活しているらしい。極め付けは『ヨシトなら、あっちでもふつーに生きていけるんじゃないかなぁ』とのお言葉。待てやシィさん、僕はそんな人外魔鏡に住めるほど神経図太くねーよ!
でも、そんな場所に村ごと放り出されるなんてかなりヤバイ話なのではないだろうか? というか、何をどーすれば解決するのか、退魔師初心者の僕には到底思い浮かばないんですがー……。
「それなら簡単ですよ。原因になっている怪異が居るはずですから、倒してしまえば良いんです」
あとは境界の修復ですねと、葉狩さんは軽ーく言うけど、それってめっちゃ大変なのでは?
「修復は私がやるから大丈夫ですよ。……氷上くんと八重倉くんには怪異の捜索と討伐をお願いします」
そこまで葉狩さんが言った所で、知彦くんが手を挙げた。
「——一つ提案が」
その提案は意外なものだった。




