2 転校生
取り敢えず、先日の一件は無かったことにして日々を過ごすことにした。極力、夜間や逢魔が時とか呼ばれる時間帯は出歩かないように心がけること数日。リュウグウ君(仮)と再会することもなく平和に過ごせている。
できればこのまま一生リュウグウ君(仮)とは会いたくない。前回、容赦なく目潰ししたので今度遭遇したら問答無用で襲ってくると思う。願わくば他に被害者が出ていませんように。出てたらたぶん……いや、きっと目潰ししたせいだから。それで凶暴化とかしてるに違いないから。
凶暴化させた責任取れ? 無理無理。あれを相手にしようと思ったら、銃刀法違反しないといけなくなる。素手で相手する気にはなれない。けど、そうするとまず間違いなく再会するよりケーサツに補導される方が早い。あと、ぶっちゃけ魚捌いた経験ほとんど無いので、包丁で太刀打ちできるかは怪しい。いやでもノコギリとかならあるいは−−
「おーい、氷上。朝っぱらから、なーに難しい顔してるんだ?」
唐突に声をかけられた。クラス内ではそこそこ仲のいい佐藤君だ。因みに氷上というのは僕の名字である。氷に上と書いて『ひかみ』と読む。
「いや、ちょっと悩み事というか……」
「ふーん。あんま悩みすぎんなよ−−と、それはともかく。今日、転校生来るらしいぞ!」
「……こんな半端な時期に?」
今は5月半ば。学期の始めに合わせてと言うのならわかるが、こんな時期に転入だなんて珍しい。親御さんが特殊な仕事でもしているんだろうか?
あと今日とか急すぎ。そして佐藤君の言い様からして、転入生が来るのはうちのクラスっぽい。……それにしても情報元は一体どんなタイミングで、しかもどんな情報をリークしたというんだ。
「−−ちなみに、どっち?」
「女子だと!」
「へー、カワイイ子だといーねぇ」
「それがな? 目撃した奴の話だと、和服が似合いそうなおしとやか系らしい」
「そなんだ?」
そんな会話をしていたら予鈴のチャイムが鳴った。佐藤君は慌てて自分の席に戻っていく。
そして本鈴のチャイムが鳴り、担任の岡本先生が教室に入ってきた。その後ろに続くのは、噂の転入生だろう。整った顔立ちに、短く肩で揃えた黒髪とセーラー服の組み合わせがとても似合う子だった。なんか身長よりも長い、布に包まれた棒みたいなの持ってるけど、違和感が仕事してない。何か武道でもしているのだろうか? 歩く動作に無駄がなくて綺麗というか流れるようというか……。
「はーい、みんな注目ー。今日からこのクラスに加わる、葉狩美紗姫さんです。仲良くしてあげてね」
先生に紹介されると同時に、ぺこりと礼をする葉狩さん。しかし何か違和感が……あぁ、そうか。目が笑ってないんだ。というか無表情っていうか。まるで市松人ぎょ−−ごほごほ。流石にこの例えはアレすぎるか。人によっては可愛いって思うのかもしれないが、僕的には恐怖の象徴だ。だってアレは夜中とかに見たら怖い。白い顔に赤い唇、そしてじっとりと此方を見つめる細長い目。明るいとこでみても怖いわ、アレ。髪が伸びてたりしたらもっと怖い。……うん、例えとしては不適切でした。ごめんなさい葉狩さん。
「じゃあ、葉狩さんの席なんだけど……氷上君!」
「−−は、はひっ」
突然のご指名に、なんか変な声でた。クスクスと周りで笑いが起きて、ちょっと恥ずかしい。
「今、返事をした彼の後ろの席が空いてるから、そこに座ってちょうだい」
「……わかりました」
ここで初めて彼女が声を発した。短い言葉ながら凛とした声に、ざわついていた教室がシーンと静まる。そしてやっぱり、すごく綺麗な歩き方をして彼女は席についた。
*
突如として始まるかと思われた転入生ブームだが、呆気なく終息した。そもそも始まりさえしなかったから、終息というのもおかしいかもしれない。
−−何故なら。
転入生こと葉狩さんは−−ツン……もとい、ある意味コミュニケーション能力に乏しい人物だったのだ! 会話が二言で終わってしまう。もしくはそれ以上続かない。次第に話しかける人は減っていった。人って飽きやすい生き物なんだね……。
まぁ、見学者はそれなりの数が来たのでブームっちゃブームだったかもしれない。
僕はそんなに好奇心旺盛な方では無いから、それには乗らずに普通に過ごしていた。……彼女の席がすぐ後ろなので嫌でも情報は入って来た訳だが。
それによると、彼女は家庭の事情で一人暮らしらしい。あと、長い棒の正体は薙刀だそう。やっぱり武道経験者だったようだ。なぜ学校にまで持ち込んでるかに関してはわからなかった。