蒼い月に願うこと
私の生まれ育った国には、あるお祭りがある。
蒼月祭――蒼い月が明るく輝く季節に開催される、満月と願いが主題の祭り。
そして、今日は、蒼い月が満ちる日。――蒼月祭の日だ。
「ね、ミリー。今夜は何を願うの?」
……どうやら、友人は私の願いに興味があるようだった。それもそうだろう。彼女は村随一の美少女と呼ばれる程に整った顔立ちで、幼馴染の許婚がいるのだから。もちろん、いつもいちゃいちゃしている。羨ましい限りだ。
「そうねぇ……何かしら。アシュの幸せとか?アシュは何を願うの?」
まぁ、そんな思考はおくびにも出さずに答えるけれど。
「じゃあ私、ミリーに良い人ができるようにお願いするわ!」
「あら。ありがとう」
正直言って、アシュに願われるほど、落ちぶれてはいない、と思う。……それが個人としての意見であって、私が誰にも言い寄られたことがない、というのはれっきとした事実なのだけれど。
「ミリー!私そろそろ行くわ!」
「そう。行ってらっしゃい。気をつけてね」
「はーい」
彼女の明るい声に、沈んだ思考が目をさます。
帰ってきたのは緩い返事だが、アシュが案外堅実で義理堅いことを私は知っている。だからあまり心配していないのだけれど。
ともあれ、これで私は独りだ。ひとりぼっちだ。私はアシュ以外に友達がいないし、家族は家族で勝手に行動している。
……つまり何が言いたいかというと、お祭りの熱気の中で、私は独り寂しく空に昇る灯籠を見守らなければならないということだ。この状況は結構前から続いているからもうそこまで気にしている訳ではないけれど。
……とりあえず、私も行くか。
独りで思い悩んでも仕方ないと、村の皆が集まる広場に行く。
「あー……。やっぱり、入りにくいなぁ」
半開きの口から、小さく声が漏れた。
「よければ、ご一緒しても?マドモアゼル」
「ふぇ!?」
き、聞かれて……無いわよね?大丈夫だよね?変な声が出たじゃないの……!
「私も一人なのですよ。今年くらいは、誰かと灯籠を浮かばせたいと思いません?」
「え……っと?」
「今年、私は18になるのです。しかし……全く声をかけられませんでね。遂にここまで一人身です」
小さく呟いた彼のかんばせは憂いに満ちていて、それを許せなかった私は彼の手を引いて灯籠の列に並んだ。
「いいですよ。私もこの歳までずっと独りでしたから。……一夜限りの夢となるくらいは、ね」
そう言って灯籠を受け取ろうと伸ばした手に、彼の手が重なる。
「ぇ……?」
「二人で一つ、です。ほら、一緒に飛ばしましょう?」
顔がほてる。生まれてこの方男の人に囁かれた経験などないのだ。顔が近い……私の顔、絶対赤くなってる。
「あ、え、その……」
声にならない声が出る。けど。彼はそんな私を意に介した様子もなく手首を握って歩いて行った。
「あ!そ、そういえば。な、名前を教えてくださいませんか?」
「……名前?っそうでした、私のことはガウィンとお呼びください」
「は、はい!わた、私は、ミリーです……!」
ああもう、こんなんじゃだめだ。私が動揺することなんてあってはならないのに。……これまで必死にかっこよさを追求してきたのに、これじゃだめだ。
何度か息を吸って、心を落ち着かせる。
「ふぅ」
「落ち着いた?」
「!?」
だから、顔が近いんです。ああもうどうしよう、早まる鼓動が止まらない。
これはやっぱり、あれなのかな。友人が言っていた、あれなのかな?
あわあわしている間に時間は過ぎて。灯籠を浮かべる時間になった。隣の彼が灯籠の火をつける。火魔法で、って、え!?
驚愕した目で彼を見ると、いたずらっぽく微笑んだ。
――いや、だから、これは一夜限りの夢なんだから。
そう自分に言い聞かせておかないと、勘違いしてしまいそうになる。
なんて思ったそのとき、私の手首を掴んだままだった彼の手が、私の指に絡まって。
――こ、これは所謂恋人繋ぎ、と言うものでは……。あぁだめだ、高揚した雰囲気に騙されてはいけない。戯れているだけだ。
そう思わないといけないのに、私の心はどんどん弾んで、顔の熱さは留まるところを知らない。
「さぁ、願いを込めて」
「……っ、は、はい!」
覗き込まれるように映った彼の瞳は熱を孕んでいて――って、だから、これはお祭りの熱に浮かされているだけだ。
うん、そう、願おう。
夜空を照らす満月と、無数に光る灯籠に。
『貴方のことがもっと知れますように。どうかこの熱が、お祭りに当てられてできたものではありませんように』
って、違う!!
と思った瞬間、灯籠が手から離れた。
「何を願いましたか?」
「いや、べ、別に……」
馬鹿正直に答えるなんてできない……!
だって、本当に――不思議な気持ち。
「ミリーさん、私は『貴女ともっとたくさん話がしたい』と願いました」
途端に、落ち着きだした心臓がまた飛び出そうなほど煩く脈打つ。
「わ、私は、その……『貴方を知りたい』、と……」
一瞬の間の後、虚を突かれたような顔をしたガウィンさんが満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう。やっぱり貴女は、私の蒼月のようですね」
「え……え!?」
蒼月。それは、“運命の人”を指す。
遠い昔の勇者が、蒼い月を見て恋の歌を詠んだことから、そう呼ばれるようになったらしい。蒼月祭の由来もそこからだと言われている。
彼の言葉の意味はたぶんそれで合っている。でなければ、そんな優しい目で見たりしないと思う。たぶん。
「……そろそろ、帰らねばならない時間になってしまったようです。結構、話し込んでいたようですね。明日、また会いましょう。この広場で、一の鐘がなる頃に」
「は、はい!」
そう言って、彼は消えていった。
……早すぎやしないかな。まだ、蒼い満月は登りきる少し前だというのに。
だけれど、手にうっすらと残る彼の温度と、眩しいほどの彼の笑顔に、まだまだ頬の赤みは取れず。
ふわふわと家まで帰った私の記憶は、どこか曖昧で。
だから、この年の灯籠がどんなに綺麗だったのか私は憶えていない。