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女神ヒステリア・セミナスはまだ若い。
学校を卒業して社会人の一歩を踏み出したばかりである。
彼女は自分自身の能力に自信があった。
他の同年代の神々よりかは優れていると確信していた。
なぜなら彼女は血の滲むような努力に加えて、勢いで相手をまくしたてることで創造神の地位を手に入れたからである。
もっとも彼女は自分自身を論理的であり知性的であると思っているが、実際のところは支離滅裂で強引で理性のかけらも無い荒ぶる神である。
あえて彼女を擁護するなら、努力したことは事実である。
誰よりも勉学に励み、ときにはイケメンの男神たちと遊びほうけたこともあったが――、それでも他の同世代の神々よりかは努力した。
そのせいで自尊心がやたら強くなり、相手を少々小馬鹿にする癖がついたが、それは致し方ないことである。彼女に限ったことではない。
神には色々と種類と役目がある。有名なところで破壊神、邪神、唯一神、貧乏神など。あと人間には無縁なので説明できない役割もある。
だが、もっとも神々の間で羨望の眼差しを送られるのが創造神である。
創造神は他の神々と一線を画する。
以前、ヒステリアが「創造神は、あらゆる神々の中でもっともクリエィティブで神界をイニシアチブするインフルエンサーなのよ!」と誇らしげに語っていた。
私はこれをインフルエンザと聞き間違えて、とてつもなく馬鹿にされたのをよく覚えている。
創造神の入社式……、入社式という表現は適切ではないが、あなたの世界にある言葉でもっとも近い意味である。
まったく、ヒステリアの造物は語彙が少なくて説明に苦労させられる。
入社式は大創造神の挨拶から始まる。……大創造神は現存する創造神の最年長者に与えられる階級であり称号である。
数多いる創造神を統括する立場にあり、この位につくと創造からは引退する決まりとなっている。
「幼き者たちよ、諸君らは今日晴れて創造神となった。天地創造の役目は神々の中でももっとも尊い行いである。
……昨今では本分を忘れ、造物をまるで玩具や自己顕示の道具のように使う者が多く大変嘆かわしく思っておる。
どうか、諸君らは造物に対して慈しみと愛情をもって扱ってほしい。わしからは以上じゃ」
ヒステリアに限らず新米創造神、および式に出席したベテラン創造神はこう思ったに違いない。
“死ね、老害!”
私は創造神ではないが、創造神の役目は知っている。
創造神主な業務は、創造した世界のエネルギーを規則的かつ均一に循環させることである。
エネルギーを規則的に動かすことで時間がうまれる。太陽を周回する惑星が時間を造る。
そのおかげであなたの星は1年365日24時間60分60秒の単位で時が進んでいる。
……なに、誤差があるだと? それはヒステリアのせいだ。彼女は新米なんだ勘弁してやってくれ。
エネルギーの均一化とは食物連鎖だ。これで生命が生まれエネルギーが循環しDNA情報が維持される。
はぁ、これもか。食糧になった生命の分配に偏りがある。
それに、あなたがモテないのも循環に偏りがあるからだ。
別の創造神の話になるが、ベノラ・ヌポォはその辺りの調整が上手で、彼の創った世界の成年男子の童貞率は0パーセントだ。
本当に気の毒に思う。全部ヒステリアが悪いんだ勘弁してくれ。
さて、話を戻す。
創造神は自分の造った世界を自分好みに手を加える。
たとえばガン・ヌポォは人類の科学技術をハイスピード成長させた。
そして人間を戦闘ロボットに乗せて殺し合いをさせる。そんな戦争を何千年もやらせるのだ。
どうやら、殺す殺されるの世界で葛藤する人間の苦悩にカタルシスを覚えるようである。
モージョ・ホモォは人類の女を絶滅させその概念すらも消し去った。そして美男子だけのパラダイスを造りあげた。
この美男子は両性具有で妊娠できる。創造神でない私ですら大変な手間がかかる仕事だと想像がつく。
何が彼女をそこまで駆り立てるか理解できない。そうモージョ・ホモォは女神なのだ。なぜ同じ女を滅ぼしたのか理解できない。
女の敵は女ということなのか。
このように創造神たちは自分好みの世界を造るために、造物に苦痛やストレスを与えることをいとわない。
なぜなら、人間にどんな悲劇が起きようとも邪悪が跋扈し不道徳が蔓延っても、それは評価のマイナスにはならないからだ。
査定される点は先にも述べたエネルギーの規則的運動と循環これだけである。
創造神たちは評価の対象にならなければ自由にやっていいと思っている。
造物たちにペットのような愛情こそ注げど幸福は考えていない。
大創造神はこの点を憂いていたのだ。
問題は女神ヒステリア・セミナスである。
ガン・ヌポォにしろモージョ・ホモォしろ、彼らは芯の通った創造神だ。
しかし、私が見た限りヒステリアにはそれが無い。
信念が無いことはさして問題ではない。それはそれで仕事がやりやすいだろう。
問題なのは、彼女自身は自分には信念があると思い込んでいることである。