第8話 精霊と来訪者
よろしくお願いします。
「すまなかったな、イッテツ」
テーブルに両手をつき、バルサークは一徹に頭を下げた。
「…え? やめて下さいバルサークさん!!」
突然の頭を下げられて慌てる一徹、それにもう一徹はなんとなく察してしまっていた。
恐らくバルサークは何か事情があってあえて喋る事を止めていた。それを、恐らくは一徹ために声を出したのだ。こんな初めて会った自分のために、何かの誓いを破ったのだ。
「…あの、こちらこそすみません。本当になんて言ったらいいのか…」
「………ああ、声の事か。気にする事ではない」
そう言ったバルサークの目は優しかった。それ故に尚、一徹は申し訳ない気持ちで一杯だった。
「………それよりも、だ」
バルサークの顔が少し厳しいものになる。
「………霧の向こうからやってきて、私達に会うまで他の誰かに会ったか?」
「…どうして霧の事を知ってるんですか!?」
なぜこの世界に来た経緯を知っているのだろうか、その疑問にバルサークが静かに応える。
「………やはりイッテツ、お前は来訪者だったんだな」
それからバルサークは一徹に来訪者について説明してくれた。
来訪者とはこの世界に伝わる伝説で数百年に一度、別の世界から霧に包まれてやって来る者の事らしい。その人間は多くの場合、特殊な力を備えこの世界に多くの恩恵をもたらしたという。
そして数年前にも一人の男がこの国に霧と共に現れ、その凄まじい力によって勇者となり、魔王を討ち倒した。
言い伝えによればこの短い期間で二度も来訪者が現れた事はないそうだが一徹がそうだと確信したのは、見た事もない素材の服、イリアとの会話、そして何より肩を掴んだ時に感じたーーいや、正確には感じなかったからだ。
「何を感じなかったんですか?オーラ…とかですか?」
「…オーラ、というのが何か分からないが。精霊の力を一切感じなかったからだ」
「精霊の力、ですか?」
バルサークは頷くと話を続けた。普通この世界で産まれた者は必ず精霊の祝福を受け、その個人に見合った精霊が導き手となり加護を与える。だからどんな人間、いやどんな生物であってもその内には精霊の力が存在する。ごく微量だが、それはたとえ空気中や無機物であっても同じだった。
それが一徹にはなかった。まるで精霊の力に満ちたこの世界にぽっかりと空いた穴のようだったのだ
。
「…つまりあるはずのものが無い。だとすると可能性は精霊の力を失ったか、もともと持っていないのかのどちらかと言うことになるが失くすというのは考えられない」
「それはどうしてですか?」
「…それは精霊が基本的には我々の一部であり、我々が精霊の一部でもあるからだ。生き物が死ぬと『円環の理』に基づいて魂となった後、大元の根源である大精霊ヴァリア様の元へと還り精霊の一部となる。精霊とこの世界に生きる者は決して分けられるものではないのだ」
まったく聞いたことのない話に一徹は付いていくのがやっとだった。もともといた世界にも精霊や霊魂の話は存在していたがバルサークから聞かされる話があまりにも突飛過ぎて信じろというのも無理な話だった。
だが、一徹は見てしまった。魔法というものを、一瞬で傷を再生させた不思議な力を。
「じゃあイリアさんが使った魔法は…」
「…魔法とは自分の中に宿る魔素を精霊に受け渡し行使する力のことだ」
バルサークは右の掌を上に向け、呪文を唱えた。
『…始まりと終わりを告げる者よ、出でよ、小さき炎』
すると掌の上にゴルフボール大の火球が現れる。一徹は目を大きく開いて見つめる。
「すごい!!」
「……だからどんな人間でも精霊の加護と魔力、正確には魔素だが、そして修練さえあれば魔法は使える。という訳だ」
一徹はその言葉にワクワクした、小説やゲームで見てきた魔法が使えるのだーーが、自身に精霊の加護がないことを思い出してガッカリした。
バルサークは掌の炎を消す。
「……話を戻すが、イッテツに精霊の力が宿っていない理由として考えられるのはこの世界の人間ではないから、というのが妥当だ。だから私はイッテツが来訪者ではないかと思ったのだ」
「それで、あなた一人で来たの?その…ご家族は?」
イリアが少し聞きにくそうに一徹に訪ねた。
「家族は居ません、この世界には一人で来ました。だからどうしても帰らないと行けない訳では無いですが…帰れるなら、帰りたいです」
それを聞いたイリアは少し俯いてからバルサークへと向き直す。
「ねぇ、アナタ」
「…ああ、分かっている」
バルサークは一徹を見つめると立ち上がった。