第7話 一言の価値
宜しくお願いします。
いや、むしろ首の傷が消えたどころか身体の疲れまでが抜けていた。
(ええっ、これって……魔法?!)
物語や小説、映画などで観てきた遠く離れた世界。どうやら『その中』に今自分がいる。
ーーが、信じられず目を白黒させる一徹。
「ふふふ、これでも回復魔法は得意なのよ」
一徹にイリアは得意顔で微笑んだ。水に濡らした布で首筋に残った血の跡を拭い、よし、と満足そうに席に戻った。
一徹はまだ受け入れられない気持ちだった、これが最近になって実用化された治療用のナノマシンだと言われた方がよっぽど現実味がある。
そう、この世界は魔法が『ある』のだーーー
この家に辿り着いてから、いや。熊に追われあの霧を抜けてからずっと抱いていた違和感の正体。合わない地形に、見慣れない植物、イリアとバルサーク、二人の容姿に服装…そして信じられない魔法という存在。
全てのピースが一つの結論を一徹に突きつけた。
「…ここは、異世界なんだ」
茫然自失として呟く一徹。一旦受け容れてしまえば自分が置かれた状況、そしてこれからどうなるのか、様々な不安が襲いかかってきた。
自分は元いた世界に帰れるのか?
両親、そして残っていた兄も既に他界している。自分一人だけならどこでもそれなりに楽しく生きていけるし、それだけのバイタリティを一徹は持ち合わせていた。
だが、帰らなければいけない理由が一つだけ、たった一つの心残りがあるとすれば。
「ーーーイッテツ、大丈夫なの?」
心配そうに顔を覗き込むイリアの声にハッと我に帰る一徹。怪我を治療したとたん急に驚いたかと思ったら今度は重い石でも飲み込んだかと思うぐらいに暗い顔になったのだ、イリアは自分が何か間違えたのだろうかと心配になるのも無理はなかった。
「…すみません、大丈夫です」
「大丈夫じゃないわよ!顔が真っ青じゃない!!…ねぇ、どうしたの?」
どうやらイリアは本気で一徹のを心配しているようだ。
どうしてこの人達はこんなに優しいんだろうーー、ふと顔を上げるとイリアとバルサークの二人が見守るような目があった。
(そうだ、この人達に迷惑を掛ける訳にはいかない)
顔をゴシゴシと両手で擦り、大きく深呼吸する一徹。よし、大丈夫だ。心を落ち着け、笑顔を二人に見せる。
「いえ、ちょっと疲れていただけです。ボンヤリしてごめんなさい」
「……あのね、嘘はもうちょっと上手につくものよ? 何を隠してるの? 大丈夫、誰にも言ったりしないから言ってみて?もしかしたら力になれるかも知れないじゃない」
心配を掛けまいとする一徹の態度に、椅子から立ち上がり、少し怒った様子のイリア。すると今まで無言だったバルサークが、初めて口を開いた。
「………来訪者だろう」
「アナタ……」
驚いた様子でバルサークを見つめるイリア。ほんの少し、言葉を紡ぐのを躊躇いながらバルサークはぽつりと呟く様にイリアに語りかけた。
「………すまん。誓いを破ったが、俺はこの子を助けようと思う。だからーー」
「ええ、もちろんよバル。私だって同じ気持ちだわ。だから謝らないでね。それに」
少し涙ぐんだ目で微笑みかけるイリア。
「アナタの声が聞けて本当に嬉しいの」
そう言ったイリアの肩は少し震えていた。バルサークはただ真っ直ぐにイリアを見つめている。その双眸は優しい光に満ちていた。
「………これまで迷惑を掛けたな、イリア」
二人の間には何か言葉に出ている以上の遣り取りを感じた。一徹は黙って二人を見つめる。
何も言わずそっとバルサークの肩に手を置くイリア。バルサークは少し困ったような顔をしている。
「ううん、それよりも」
「………そうだな」
「今日は……あの子の、リグレッドの誕生日だわ」
「ああ、もう十年になる。これも大精霊様の思し召しかも知れないな」
頷き合った二人は、一徹に向き直る。