第6話 暖かい光
よろしくお願いします!
「ちょっと待ってね、今スープを温めなおすから。あと上着はそこの上着かけに掛けておいてね。しかしドロドロね……あ!今日は泊まっていきなさいね、上着は洗って寝る前に干しておくから明日の昼には着れると思うわ。とりあえず……そこの椅子に座って待っててね」
まるでポップコーンがポンポンと弾けるように心地良く女性の声が響く。
居間に案内されるた一徹は促されるままに席につく。突然の展開にキャロキョロと落ち着きを失くす一徹を他所に女性は手早くスープを温めたり、部屋を片付けたりとパタパタ動き回っている。何が楽しいのか、さっきからずっとニコニコしている。
一徹の正面には男が静かに座っていた。
「…………」
「……あの、すいません突然お邪魔してしまって」
「…………」
「えと、こんな夜中に本当に申し訳ないです」
「…………」
「あの、怒ってます……か?」
「気にするなって言ってるわよ?」
暖かな湯気を立てるスープが入った木の器が一徹の前に置かれる、女性はエプロンを外して男の横の椅子にすとんと座った。
「え?」
「そうよね、アナタ?」
「…………」
「ですって、だからあなたも気にしないで。ほらほら、冷めないうちにどうぞ」
「え?あ、はい」
なんだかよく分からないが彼女だけは男が喋らなくても意思が読み取れるのか、それともこれが夫婦の力というやつだろうか。一徹はそういうものだろうと考え、気を取り直しスープを頂くことにする。
「いただきます!!」
木のスプーンでスープを口に運ぶ、素材が良いのがわかる、どっしりとした旨味が広がった。中にはあまり見たことのない野菜と細かく切られた燻製肉が入っていた。湯気を立てる暖かなスープが喉を通ると冷え切った体を内から溶かしていく。
「…!!すごく美味しいです!」
女性が満足したようににっこりと微笑む。それはとても優しい味だった。
「そうそう、自己紹介がまだだったわよね。私はイリアリナ、皆んなはイリアって呼ぶわ。で、こっちは夫のバルサーク。この森で猟師をしたり、畑を耕したりして暮らしてるの」
「僕は加賀一徹といいます、職業は花屋。敦島市に住んでいます」
「カガ・イッテツ? それは…どちらが姓なの」
「はい、加賀が姓で名が一徹です」
「そう、でもあなた貴族には見えないけど…あなたの住むアツシマシっていう国はそれが普通なのかしら」
「貴族ですか? 貴族ではないですけど」
「普通なら姓は貴族か上流層しか持てないでしょう?それに花屋だなんて…」
「いや、日本では普通だと思いますけど…?」
「ニホン?」
「あれ?」
イリアは初めて聞いたという風に首を傾げる、なんだか会話が酷く噛み合わない。外国人とはいえ日本に住んでて、しかも日本語を喋っているのに「ニホン」という言葉を知らないのは不自然だ。
「あの…イリアさん、ここはなんという村ですか?」
「ここはナルソスの村よ?」
「ナルソス?」
「そうよ?」
ひょっとして…、だがあまりに荒唐無稽な自分の想像にかぶりを振る。すると何かに気がついたイリアが一徹にぐいっと顔を近づけた。
「あら、あなたケガしてるじゃない!ちょっと見せて!」
どうやら森を走った時に枝か何かで切ったのだろう、一徹の首筋には5センチ程の幅の浅い傷ができていた。血はすでに止まって赤黒い瘡蓋がこびりついている。
イリアに言われて初めて気がついた、といった感じで首の傷をぺたぺたと触る一徹。
「え?ああ、大丈夫ですよ。痛みもないですし」
「何言ってるのよ!良いからよく見せて…動いちゃダメよ?」
イリアはそっと一徹の首筋に手を当て、集中するように両目を閉じた。
『尊き灰の雲から降りし月光の織り布、闇にあまねく照らす光よ…癒し!!」
その瞬間イリアの手がボウっと光ったかと思うと一徹の首の傷は綺麗に消えていた。