第5話 二度目のピンチ
よろしくお願いします。
満月で空は明るい。影絵のように木々が重なり、ホウホウと森梟の鳴き声が夜の森に染み込んで溶けていく。
「す、すみませーん」
さすがに日も変わる夜中だ、大声を出す訳にもいかず恐る恐ると玄関に向け声を出した。
防水仕様の登山ジャケットに、クライミングパンツにブーツ、そしてバックパック。この格好を見れば登山客だと一目で分かるだろう。さすがに深夜なのは憚れるが熊が出た事をまず地元住民や地元の警察にも知ってもらわねばならない。
「うーん、しかしいい感じの家だなぁ」
古いながらも手入れの行き届いた、珍しいレンガ造りの堅牢な作り。庭も綺麗で、もうすっかり秋だというのに何故か松虫草や瑠璃玉薊が咲き誇っている。
庭の隅にある小さな小屋には、アンティークであろう農具などが立て掛けてあるあたりが趣がある。
(うーん、将来はこうやって趣味も活かして田舎暮らしというのも良いかもしれないな)
一徹がそんな事を考えていると、ドアが開かれやや体格の良い男が出できた。良かった、まずは事情を説明して電話を貸してもらおう。ほっと安心しながら、声を掛ける。
「あ、すいませ……ん?!」
ちょっと小洒落たオジさんでも出てくるかと思ったら、そこに立っていたのはややブラウンに近い金髪、ヨーロッパ系の顔立ち。なぜか中世ヨーロッパに出てきそうな、木綿でしつえた庶民服を着た40代前半ぐらい男だった。
身長は180センチを超えているだろう、服の上からでも分かるくらいに無駄のない。が、しっかりと鍛えられた厚みのある肉体。そして、手にはなぜかロングソードが握られていた。
鈍色の刀身に鋭く研がれた刃が
白く光る。
(え、え?撮影!?)
慌てて後ろを振り返り、あたりを見渡すが周囲には一徹とその男以外誰もいない。
「……………」
男は黙ったまま、じっと一徹を見つめている。
「は、はろー…?」
「………」
返事はないが、男は黙ったまま玄関から一徹の方へとゆっくり歩いてきた。徐々に歩調が早くなり、ついに一徹の目の前に迫ってきた。
「いや!その、あ、アイムソーリー!!」
慌ててその場を立ち去ろうとするが、すばやく肩を掴まれる。片手だというのに、物凄い力でまるで抵抗出来ない。
(殺される!!)
.
そう思った瞬間、開け放された玄関から大きな声がした。
「あなた!!」
ピタッと男の動きが止まり、ゆっくりと肩から手を離した。一徹は恐る恐る目をあけて明かりの漏れる玄関を見る。
そこに立っていたのは仁王立ちで両手を腰に当てた一人の女性だった。
奥さんだろうか、年齢は20代後半から30代の前半ぐらい。同じような木綿のアンティークな服に身を包んだヨーロッパ系のびっくりするぐらいの綺麗な顔立ちの美人だ。肩甲骨ぐらいまでの長い、ややウェーブがかった綺麗な銀色の髪がとても印象的だった。
「どう見たって道に迷った旅人さんじゃないの、乱暴しちゃダメでしょう?」
「…………」
「そりゃあ、ちょっと…変わった格好してるけど。けど乱暴はダメよ?」
随分と流暢な日本語で、奥さんらしきその女性は一徹の肩を掴んだ男を窘める。
「あなたは…えと、どちらから?」
今度はにっこりと微笑むと一徹に柔らかく声をかけた。安心させるような優しい口調に一徹は胸を撫で下ろし、事情を説明した。
「は、はい。その乳母目山でキャンプしてました、そこで熊に遭いまして」
「……ウバメヤマ?きゃんぷ?」
「その、向こうの高い山です、あの…キャンプは英語じゃなかったっけな…ええとなんて言うんだろ」
「…エイ…ゴ?」
うまく伝わらなかったのか、銀色の髪の女性は小首を傾げる。ひょっとしてさっきから流暢に日本語を喋っているけど完璧ってわけじゃないのかも知れない。そう考えて一徹がなるべく簡単に説明しようとすると、銀色の髪の女性は駆け寄って一徹の手を掴んだ。
細く、柔らかい手だった。長い髪からふわりと柑橘系の香りが辺りに広がる。
「え、あ、いやあの!?」
慌てる一徹をよそに、そのままグイグイと家の方に引っ張られる。
「まあいいわ、とりあえず家の中に居らっしゃい。随分と体も冷えてるし、スープを用意するわね!あ!そうそう、あなたエスタームは食べられるわよね?燻製だけど」
「あ、あの…ハイ!」
ポンポンと元気よくまくし立てる女性につられて、エスタームがよく分からないが返事をしてしまう。多分スープの具か何かだろう。
「まあ、あんまり嫌いって人も居ないわよね、ふふふ」
なぜか上機嫌で一徹を玄関のドアまで引っ張ってきて、パッと振り返り男に声を掛ける。
「ほら、アナタも突っ立ってないで家に入りましょう。どうせそのつもりだったんでしょう?」
「…………」
剣を腰の鞘に収め、無言で玄関へと歩き出す男、ニコニコと微笑む女性。まったく状況が飲み込めずにオロオロする一徹。やがて三人は明かりの灯る家の中へと入り、ドアが閉められた。
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