集合01
鈍く輝く光り。2つの閃光。が、重なり、金属独特の鈍い音が響く。
剣と剣とが交差し、相手の命をすすろうと、うねり、はぜり、谺する。
光と闇が打ち合い、奏でる命のしらべ。
複雑に蠢く指と腕。片方の手には、奇怪な紋章の付いた杖を携えている。
旋律を奏でるこの音は、魔法の詠唱。
その指から迸る閃光は、命を奪う秘めたる力。
これでもかと、強く降り注ぐ太陽の如き閃光。
風が唸り、火が踊る。水が渦巻き、地を震撼させる。
晴天の場に、善と悪が数十……、否、数百万の単位で集う“分け目”の戦い。
敵は手強い。しかし、私達は負ける筈はない。
彼女にとっての冒険が今、終焉間近!
めくるめく世界に、ときめく出会い。
悪の刃が、彼女を捕らえようと近づく。
彼女に降りかかる敵の刃。
彼女にはかわしようがなかった。殺られる!!
しかし、彼女にはその刃は届かない。
寸前で弾かれる。
善の救い手が彼女を救ったのだ。
「ああっ、貴方は誰?」
「ふっ、只の冒険者ですよ」
今までの平々凡々とした貴族の生活とは違った生と死が隣り合わせの世界。
素敵な男性(特に色男とか色男とか色男)との出会いが彼女をドンドンッ。
剣と魔法の世ドンドンッ。
数奇な運命に弄ばドンドンッ。
“ドンドンッ”??
ドンドンッ!!
ドンドンッってなんだ?耳を凝らすと、力任せに木製の扉を叩く音がする。
「起きろ~朝だぞ。いつまで寝るつもりだ?」
野太いうねり声が後に続く。
ぐぬぬ、折角いいところだったのに。目が醒めた。
朝日が窓枠の隙間から入ってきて、私の顔に当たっている。眩しいな………目が、開くのを拒んでいる。
ドンドンッ。
相変わらず扉を叩く音が伝わる。
「早く起きんかいっ。このねぼすけ娘が」
野太い声が今も轟く。
この声ね、私の安らかな眠りを妨げた正体は。窓から漏れる光を手で朝日を遮りながら、私は半身を起こした。
「ふわわわあぁ~~。お早う~ウィリ」
大きな欠伸をしながら私は、寝惚け眼で扉の向こう側にいるはずのウィリに言った。
「おおっようやく起きたか。んじゃ、下で待っているからな」
「………人が折角いい夢を見ていたのに……あんちくしょう」
派手に起こしに来た割りに、起きるのを確認すると、無造作に木製の床を踏むつける騒がし気な音を立てて、あっさりと降りていった。
まあ彼に目覚めのコーヒーを持ってくるような繊細さは期待してはいない。なんてったて、彼はドワーフだ。
ドワーフのウィリバルト=ストーンブレイカーという名の僧侶にして戦士。僧兵などとも呼ばれている。
ドワーフとは、種族の名称で人の胸辺りまでの背丈しかないが、横に厚いので体重は普通と大差無いか重いくらい……ではなく、確実に重い。男は、みな髭をはやしているのが特徴なのだ。
その横に厚い樽のような体型………樽に手足が生えたような体型だ。腹なんかは胸とそう大差ない。いや、逆に腹の方が太い場合もある。
ごっつい体だが、以外と手先は器用で根気も人並み外れたものを持っていて、金属の加工が大好き(ちっと語弊があるかもしれないが、気にしない)だから、装飾品なんかをよく作る。
それが、また精巧にして綺麗なものだからドワーフ製のイヤリングとかペンダントとかは高価な値段がつく。また、武器作りでもその能力を発揮し、普通よりは頑丈で軽いとか。それに加え、ミスリルという特殊な金属を加工する技を持っている。すべからく、ドワーフ製の物は他の人が作ったものとは一線を画している。
ただ、ミスリルで造ったドワーフ製の武器は人の間では回っていない。ドワーフは特別な理由を除いて、ミスリル製品はドワーフの為にしか作らない。
因みに、ウィリ(ウィリバルトのことね)は刀鍛冶師でもある。将来、ミスリルを見つけたら何か造ってもらおう!なんてことを思っていたりもする。
「ふうっ、ふわー」もう一度大きく欠伸をし、ベッドから起き上がった。シャツにパンツという寝間着姿の上に、ジャケットとスエットパンツを羽織って支度を整える。
そして、水を一杯に張っている洗面器で、軽く顔を洗い下に降りていく。
階段を降りて、食堂(寝室は2階で、食堂が1階という宿屋にありがりなパターン)にいる2人が座っているテーブルに行く。
「お早う~」
ようやく眠気が取れたような声で、軽く挨拶をする。
「遅いぞ!仮にもリーダーなんだから、もちっと早く起きろよな」
いきなり悪態!こっこいつは~~~、以前のようにぶっとばされたいのか。
「ふん、早く髪切りなさいよ。鬱陶しいだけだわ。仮にも部下なんだから、り・ぃ・だ・ぁーの命令はちゃぁんと聞きなさいよ」
「喧しい、垂れ目」
言い返した口が、まだ閉まりきっていないうちに返ってくる。
ガチン、プシプシー。睨み合う2人。わなわなと全身を小刻みに震える。
………ふんっ、まぁいいでしょ。
この如何にも乱暴者!!の奴は、ガディという奴で、男のくせに長髪をしている。因みに、私は可愛いショートカット………になってしまった。
本当は綺麗なロングヘアーだったのに。ああっ、思い出すと自分が情け無い。まぁ、その話はおいとこう。
彼は、真言魔法を使える戦士で魔導戦士とか魔剣士とか言われている。黄色人種にありがちな手先が器用で、すばしっこい奴だ。怒らすと怖いが、私のほうが強いのである。
エヘンッと大威張り。
「何を胸を張っている。無いのをあるように見せても虚しいだ──」
最後まで言わせない。拳で黙らせた。
「くそがっ、このデカ女。いや、脳筋女」
「なに、やるってーの?チビ夫」
「チビ言うな、俺たちでは普通の背丈だ。お前が特別デケーつーんだよ。白いやつでもその背丈は──」
殴って黙らせた。
「朝から騒ぐな馬鹿どもめっ」
ウィリの一喝で動きが留まる。
「ケッ」
「ふんっ」
まあ、今はこの3人でパーティーを組んで、“冒険”をしていたりする。
ウェイトレスにモーニングセットを頼み、2人が座っている席に着く。
「まっいいか、今日は久々の仕事だ」
ガディが言い出す。
なにが、まっいいかなの!ふてぶてしい。とっ、そんなことはおいといて、そうそう仕事!冒険の依頼。冒険者にとって、これがないとおまんまの食い上げだ。
「で、どんな仕事なの?」
早速聞いてみる。
「最近、誘拐事件が起こっていただろ。その仕事だ」
実は最近、この界隈で女性の誘拐事件が多発している。
でも、町の領主はその誘拐事件を捜査しなくて、住人はいつ自分の番かと怯えている状況なのだ。
ウェイトレスがモーニングセットを運んできた。トーストの焼けた匂いが香ばしい。
しかし、自分の町を守る分の兵隊しかいない訳だから、出したくても出せないのが真相だと私は思っている。大体、権力者とあろう者が、自分の信頼を欠くような事はしないと思う。
ガディが言うには、町の有力者の娘がさらわれない限り、その重い腰を上げるような真似はしないっていうけど………。
私には、信じられないわ。とっ、この話はおいといて。
「ふ~ん。で、依頼者は?」
香ばしく焼けたトーストにベーコンと目玉焼きを乗せたのを食べながら聞く。
「アルペイア族のレオスって人だ。その人の娘が誘拐された。名前はデュナン。デュナン=レオスって名だ」
アルペイア族からの依頼って、珍しいわね。彼等は独自の組織を持っているから私達人間とは交易くらいでしか殆ど関わりがない。
「身体的特徴は?」
コーヒーを飲みながら聞く。
「アルペイア族特有の猫耳と猫目に、黄色い髪の毛。割と美人な顔たちで……」
手振りで、器用に体のラインを書きながら説明していく。
手付きが非常にイヤラシイぞ。
「で、どうすればいいの?」
ハムエッグを口に運びながら聞く。そうして、依頼内容の詳細の話が始まった。
朝食を食べ終わって、直ぐに冒険の準備に取り掛かった。この場合、救出になるかな。
何時ものチェインメールを着込み、ロングソードとヒーターシールドを持つ。リュックサックに、各種冒険者用の道具(ロープとか保存食とか)を確認して背負う。おっと、聖印を忘れちゃいけない。テーブルの上にある聖印を取って、首に掛ける。
そう、私は神に使える戦士。人は聖戦士とか聖騎士とか呼ばれている。
「よし。準備はできたわ」
言葉とともに気合も入れる。忘れものはないかを確認し、下に降りる。と、ガディとウィリバルトが居た。
もう既に、完全武装の呈で私を待っている。
「遅いぞ!なにやってたんだぁ~」
ガディが何時もの如く文句を言う。
「レディの準備には時間がかかるのは当然」
そしらぬ顔で言い返す。
ふふんっ。文句は言わさないわ。さて、情報の場所にしゅっぱ~つっ!
「ふ~ん、ここらへんね~」
辺りに首を回しながら聞く。
「ここらへんなんだが………」
ばつが悪そうにガディは答える。
「……迷ったというやつだな」
ウィリバルトは、あっさりと現状を把握して言う。
森の中、当たりは木、木、木、一面の木々!そう、ここはエルフ・フォレストと呼ばれる森の外苑部なのだ。エルフが住居を構えてもおかしくない程の深く綺麗な森なので着いた名だ。
レイム大陸の真ん中の南っ側。エレノアっていう国の第3都市アーケンに属する、その5つ目の衛生都市ウルディへと繋がる交易路にある宿場兼農家の並ぶ町で、そんなに大きくはない。早い話が“ど”のつく田舎という訳。
主に牧畜や大麦、葡萄の産地だ。特にここの葡萄酒は有名らしく、ドワーフ達が樽をダース単位で買い付けに来ていたりする。
その北側が、エルフ・フォレスト。北東にはドワーフの住むロック・ホームなどもある。因みに、ドワーフが住む岩山はどれもロック・ホームと呼ばれている。
深い緑と太い幹が、数え切れない位に広がっていて、足元には夥しい程の量がある腐葉土と、その上に繁っている羊歯類がある。
晴れた夏の光も、この場所では影響力を失っていて暗く肌寒い。今来た道も分からなくなる程の密度の高い木々達。まだ外苑部なのにね。
と、その時!
「キャーッ、もうやだぁぁぁー」
絹を引き裂く悲鳴が谺した。
即座に私達は、その声のした方向を探る。
「どこ?よく分からないわね」
奥の方は暗くてよく見えない。
「ふむっどこぢゃ?…………あそこぢゃ!あそこに居る」
流石ウィリ。伊達にドワーフをやってるわけじゃないわね。
指差す方向を見る。
………あっ見えた。
薄暗く、影がかかっている人影を発見できた。更に目を凝らして見る。1人の少女が何者かに追っ掛けられていた。
「ゴブリンぢゃ。ゴブリンが3匹も!」
ウィリが悲鳴に近い声を挙げた。
ドワーフにとって、エルフとは好敵手、つまり古き良き喧嘩相手で、ここで出てきたゴブリンとは宿敵同士。
ありていに言うと憎むべき存在という関係。もっとも、人間にとってもゴブリンは忌むべき輩なので、退治すべき存在な訳でもある。
だから、この場合は少女に助勢するのは当然。
なんだけど……。
その少女ってのが………。
「エルフだ!エルフの女だ!」
ウィリが続けざまに怒鳴った。ああっ嫌な予感がする。
エルフの少女が、“こちら”に向かって走ってきている。まぁ、人がいたらそっちに向かっていくのは当然の事だろう。
しかし、そうでは無かったみたい。たまたま逃げる方向が私達の居た方向のようだった。
その証拠に私達に気付かないで、受け止めようと手を広げたガディの無防備な顎に振り上げた右手が丁度、アッパーカットの形で見事に決まった。
がふんと唸って、仰け反って後ろに倒れるガディ。そこへ、左足が腹を踏む。
そう!踏んだのだ。
むぎゅっ、て感じで。で、ガディはというと、反射的にその少女の足を掴んだ。
掴んだものだから、エルフの少女はバランスを崩してこける。転けるのはいいが、その膝のつくとこがいけない。
その場所というのがガディの顔。
ガディの顔に膝頭を突っ込んでしまった。止めを刺され、悶絶するガディ。そら、膝がねぇ顔に食い込めばねぇ………それよりも……。
ガディ、貴方の反射神経って凄いね。よく、倒れ様に相手の脚をつかめるもんだ。流石に戦士だけはあるようだ。
で、ゴブリンはというと、いつの間にかウィリがみんな片づけてしまった。いつの間に……。
「お見事!ウィリ凄いね」
やることがなくなった変わりに褒める。
「ふんっ斧が痛んだだけじゃわ」
ぷいとあさっての方向に視線を移して、不機嫌そうに言い返された。
照れてるよ、このドワーフ。
「えっそれじゃ、道案内できるの?」
「そこでしたら直ぐ近くです」
エルフの少女は軽く言った。流石は、森のエルフってところだ。
「その場所から、このゴブリンに追われたんですもの」
彼女はニコニコ顔で、そう私達に告げた。
………前言撤回。
「あっ、名前を聞いていませんでしたね。先ず、私はログネル=E=エンリル、聖戦士よ。こちらのドワーフはウィリバルト=ストーンブレイカー。神官戦士で気さくな性格で、いいやつよ。それで、こいつが魔導戦士のガディ=ローランツ。口は悪いは、切れた性格だわで、あんまりいいとこないように思えるけど、いいやつよ」
軽く自己紹介をした。
「で、貴方は?」
彼女の名は、シェラと名乗った。エルフの御多分に漏れず、精霊使いであるらしい。
にしても、私が知るエルフより、なんというか……存在感がある。雰囲気が違っていた。聞けば、どうやら普段姿を現さなく、私達やドワーフは勿論、他のエルフの種族にも疎遠な関係にあるハイ・エルフだと告げられた。
とても長くさらさらしたブロンドの髪に、大きなアーモンド型の碧眼。繊細な体つきに透き通るような白さにの中に、ほんのりとのった薄紅色の肌。声は鈴を転がしたかの様な懍とした響きを奏でる。耳は、やっぱり耳朶が薄く、上の縁辺りが尖っている。
何故ここに居るかというと、遊んでいてつい外に出てしまい、門(妖精界と言われている世界への道)が閉まって帰れなくなったとの事らしい。まだ自力では帰ることができないらしく、うろうろしていたらゴブリンに見つかって、追い掛けられたという訳だそうだ。
ということを非常に明るく陽気に教えてくれた。
………はっきし言ってドジな奴みたい。しかも、全然省みない性格のよう。
とにかく、シェラを仲間に合計4人は“冒険”の現場に向かった。
ウィリが文句を言うかと思ったが、全然何も言わなかった。神官でもあるからかな。変な所で納得する奴だしね。
で、文句を言ったのは、ガディの方だった。
「俺はこんな奴と一緒に行動するのは嫌だ」
踏まれたことを根に持っているみたい。
一瞬険悪な雰囲気が流れる。しかし、私は彼の主張はあっさりと無視した。
「こいつの言うことを一々真に受けていたら駄目よ。大体、ただの独り言なんだから気にしてたら、体が持たないわよ」
彼女に教える。ガディ何か文句あって?
それに、彼女を放って置く訳にもいかないし、なにより彼女がいないと目的の場所に着くことができない。ともあれ、ガディに文句をつけさせる暇を与えずに強引に説き伏せて、シェラを先頭に目的の場所に向けて出発した。