プロローグ
銀色を中に封じ込めた水晶球がある。その銀色が揺らぎ、何処かの映像を映し出す。
暗い迷宮。松明やランタンの明かりがなければ、人の目では目の前にかざした掌でさえ見えない。
そこに数人の冒険者がいる。何かと争っているようだ。
銀色の刀身に松明の明かりが映る。赤い筋が剣の柄から幾重にも剣を迸っている。その横にいる人物を見る。
既に息絶え絶え。しかも、右の腕が喪失している。流れ出る血の量から見て即座に治療しなければ、出血多量でショック死を起こしてしまうだろう。
また別の人物を見る。何かの魔法を使おうと手振りをしているが、規則正しく動いているとは言い難い。これでは魔法など発動しない。
「駄目か」
水晶球から映し出される映像を見ている人物が呟いた。
「これではな。折角、成人の儀まで終えた優秀な戦士だったのに」
別の人物が答える。
「仕方ない。私たちではこれ以上の干渉ができない身だ」
水晶球を囲む全員が頭を垂れる。
「報告に行こうか」
ローブを着込んだ人物が気のない声で告げた。
深い森の中。
夏の日の日差しもこの森の中では、その圧倒的な強さを失い木漏れ日となり、ひんやりと涼しい風を送っている。
鳥達の鳴き声が、あちらこちらから聞こえる。キツツキがブナに巣を造っている音が響き、負けじと蝉たちの声が木々にしみいる。獣道を立派なホーンを備えた牡鹿が軽快に走る。その音に驚かされ、野鼠が草むらに身を隠す。
不意にその獣道に揺らぎが生じる。
牡鹿は敏感にそれを察知し、哭いた。
「骰は投げられた」
長老らしい人物がぽつりと呟く。
円卓の机に、十数人もの人物が座っている。
「………」
何も言わない重臣達。その表情は、重く苦しい。
「後は人の子の手に任せねばならん」
朗々と呟く。
「老よ、僣越ながら申し上げます。彼女には、何も知らせてはいません。本当にそれでいいのでしょうか?」
一人の重臣が意見する。
暫しの沈黙。
「………何も知らない方がよい時もある。しかし、あれの親はさぞかし寂しがろう」
「寂しいのは何も親ばかりではないのです。我々この場に集いし者たちも寂しい。正に断腸の思いであります。彼女は、最近誕生した三人の内の一人で、一番成人に近かった存在ですから」
悲しげな声で答える。
「まだ成人の儀も通っていなかったのか」
別の声が挙がる。
「そうだ、未だだ。外の世界で成人の儀を受けるか。それとも………」
「そんな無謀だ。無謀過ぎる。今すぐ、彼女をこちらに戻そう」
非難の声。愛しい我が種族の、しかも、まだ成人さえ終えないでいる貴重な彼女を外に出すことを心底危惧している。
「だが、彼女でなければ駄目なのです。私達にはその力も無い」
また別の重臣がそう皆に告げる。
「いや、単なる力量なら私達の方が上だ。彼女は、まだ貴方が言ったように成人の儀もすましていない。精霊との契約も数える程しかしていない。そう、行使できる魔法が初歩の幼技にも等しいものしかないということだ。しかし………問題はそのことではない、可能性の問題なのだ。私達は選ばれなかったのだ。あのお方に」
また、別の重臣が答える。
「しかし、選ばれたといったとして、目的を達成するかどうかは分かりません。ここより出ることを許されただけで………」
そこからは言葉はでない。
「ならば、次を待つだけだ。それまで、私たちが存在すればの話しだが」
「………無念だ」
重臣達のどよめきが渦巻く。
「みなまで言うな。これは、始まりよりの盟約だ。我らの存在意義なのだ。私達には逆らうこともできん。……そうでしたな、お婆」
辛辣な表情のまま崩さない。
お婆と呼ばれた人物は、長老と対面に位置する所に座っている。
見た目にはお婆と呼ぶには、相応しくない。
30代前半と思わしき妖艶ともいえる体型をしているが、年齢はゆうに千は越えている。
「その時まで、時間はある。私達がしなくてはならないことは、まだまだ沢山残っている。剣の問題もある。彼女を送り出すだけではないぞえ」
お婆は、長老と重臣達にそう告げる。
その表情はフードの影に隠れて読めない。また、彼女は言う。
「世界の変貌か……それは一体、誰の為でしょうか。神の身技か悪魔の囁きか……まさに神のみぞ知る、いや!神さえもそれを知ることはできないでしょう……」
沈黙が漂った。
「さぁ、彼女の今後を祈ろう。そして世界との繋がりを絶たなくては………時間だ」
長老が意を決し、宣告する。