一話前編 女子高生フジサキの証言
この作品はフィクションです。
実際の人物・事件・団体とは一切関係ございません。
また、初心者故に事件のトリック等などに不自然なところがあるかもしれません。
そこは生温かい心で見守ってやってください。
『第二取り調べ室』
そう書かれたコンクリートのドアの裏側、冷たい粗末な机の前、ワタシはパイプ椅子に鎮座している。
目の前では髭を生やしたくたびれたおっさん……ともい、中年の男性刑事がこちらを睨みつけている。
自分で言うのはなんだが、ワタシは平凡で、一般的な、どこにでもいるような女子高生だ。
では、何故このような平凡とは程遠いような場所にいるのか?
まずはそこから説明しなければならない。
コミュ症探偵クボタ 第一話 前編
「女子高生 フジサキの証言」
24時間前 PM3:15
「あああああ〜〜やっと終わった〜〜!!」
ぐっと伸びをした後、ブレザーとスカートに付いた消しカスをぽんぽんと払う。
終業のチャイムとともに緩む口元は、女子高生の性と言えよう。
いた仕方ない。
私立K際高等学校、2年2組35番、フジサキ。
どこにでもいる、普通の女子高生。この日も平凡な日常を送っていた。少なくとも、この日までは。
ワタシはすぐに教科書を片づけ、いそいそと帰る準備をする。今日は楽しい「趣味」の日なのだ。
「フジサキちゃん!駅前のポーラーベアの割引き券があるんだけど、一緒に行かない!?」
「マジで!?行く行く行……っあ、やっぱり今日はダメだ……!また今度誘って!ごめんね!」
危ない危ない。
迫り来る巨大ジェラートの誘惑に負けるところだった。
放課後の教室というのは、どうにもいろいろな誘惑が溢れている。
それらに崇高な趣味を邪魔されるわけにはいかないのだ。
茶色いボブカットの髪をなびかせ、ワタシは駐輪場へ走る。
「フジサキちゃんってさぁ……週に何回かああやって一目散に帰っていくけど、何でなんだろう?塾とかも行ってないはずなのに……」
「ああ、あの子の趣味。所謂、調べ物だよ」
「調べ物?」
22時間前 PM5:15
「ママー、1人でブツブツ言ってる変なお姉ちゃんがいるよー」
「コラッ!!見ちゃいけません!!」
市の大きな自然公園。
半径3kmほどもある広大な敷地の中、ワタシはあまり人通りのない林に面した端道にいた。
テンプレ通りの親子の会話を聞き流しつつ、ワタシは崇高な趣味の真っ最中である。
「ふんふん……事件現場はここか……女子大生がストーカーに追われ、背後からグサッ!!か…えげつないな」
ワタシの趣味、それは。
『過去の事件を調べること』である!
誰だ!今中二病の刑事ごっこって言った奴!!
これが意外と楽しいのである。
調べるものは、解決済みだろうが未解決だろうが関係無い。
そこで起こった事件を思い浮かべ、その事件の全貌を明らかにする(気分を味わう)。
何の意味があるのかって?趣味に意味なんて無いわい!
「この犯人は特定されてるのかぁ……でも捕まっていない……と……!まさか真犯人は別にいてソイツに殺された……!?」
このような根も葉もない妄想もこの趣味の醍醐味だ。
今調べている事件は、12年前に起こったストーカー殺人事件。近所に住む女子大生の一人暮らしの自宅アパートにストーカーが侵入し、逃げ出したところこの自然公園で捕まり後ろから刺され、死亡した事件だ。
犯人は身元も判明しているのだが、海外にでも逃げたのか未だ捕まっていない。
「ふーむ……調べれば調べる程酷い事件だなぁ」
まさにその女子大生が殺された自然公園の端道で、ネットや図書館で調べた資料をぶちまけルーペ(100均)を片手に地面に這いつくばっている。
さっきの親子がだいぶドン引きした目でこちらを見ていた。
「あれっ……この事件が起こったのは深夜2時なのかぁ」
深夜に起こった事件を昼間に調べても臨場感に欠ける。そうなれば、することはひとつ。
「2時に、また来るっきゃない!!」
ワタシは、そう決めた。
そう決めてしまったのだ。
それが、後から多大な後悔を生むとは知らずに。
13時間前 AM2:15
「寒い!!」
当たり前である。
冬の真夜中に、ワタシはいつもと変わらぬブレザーの制服で自転車を全力で漕いでいた。
自然公園に近づくにつれ、街灯が少なくなっていき、遂には灯りは自分の自転車のライトのみとなってしまった。
暗闇に覆われる夜の自然公園は、昼間よりずっと不気味だ。
自転車を止め、事件現場近くに腰を下ろす。
「う〜〜ん……」
辺りを一通り見回す。
どうやらワタシの目論見は失敗に終わったらしい。この暗さじゃあ、事件現場を調べるどころか、目の前にあるものすらろくに見えない。
見えるものといえば、鬱蒼と生い茂る木の影くらいである。
「な〜んか怖くなってきたなぁ……帰ろうかな……」
目が少しづつ暗闇に慣れてくるにつれ、丑三つ時の殺人事件現場という明らかに何かが出そうなシチュエーションにむくむくと恐怖心が顔を出す。
自業自得と言われればそれまでなのだが。
ぶるっと身震いをひとつした後、ワタシは恐怖を紛らわす方法を考える。
よしっ!!こんな時はっ!!
「おばけなんてなーいさっ!!!!おばけなんてうーそさっ!!!」
全力で歌うに限るよね!!
誰もいないし!!
ワタシは現れた恐怖に打ち勝つために、馬鹿みたいに大声で某童謡を歌う。
その直後に、それまでとは比べものにならないくらいの恐怖に見舞われるとも知らずに。
「おばけなんてなーいさっ!!おばけなんてうーそさっ!!ねーぼけーたひーとがっ!!みまちがーえ『『『バァンッッ!!!!!』』』ウヒャアアッ!?ごめんなさい!!」
えっ!?何!?何何何何今の音!?バァンって!バァンって言ったよ!?爆竹!?ポルターガイスト!?ラップ音!?怖い怖い怖い!!!何!?何なの!?
突如響いた乾いた大きな音。
頭を駆け巡る恐怖と驚愕を抑え、ゆっくりと音がした後ろを振り返る。
そこには、木の影以外の何かがいた。
「……?」
暗闇でよく見えない。
人影?
男が倒れている。
その後ろにも人影が立ってる。
倒れた男が何かおかしい。
頭から何か出てる。
何だ?
液体?
暗闇でよく見えない。
どろどろとした何か。
黒い?
赤い?
立ってる人影が変なもの持ってる。
懐中電灯と、あともうひとつ。
L字型の固そうなもの。
倒れている男。
死んでる。
血が。
出てる。
えっと………
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」
じゅ、じゅじゅうさつじゅうさつジュウサツ銃殺だ!!!
殺された!!人が!!銃で!!目の前で!!人が!!死んだ!!
この時のフジサキの頭は、ひどく混乱していた。
彼女は事件を調べるのが趣味とはいえ、ただの女子高生なのだ。このような事態なんて、キャパオーバー。警察を呼ぶとかその人間の顔を確認するとか、そういった冷静な判断なんて吹っ飛んでいた。
頭から血を流して死んでいる男を目の前に、ただひとつだけ頭に浮かんだ単語は、
(殺される殺される殺される殺される!!)
何かを持った人影はさっきの悲鳴でフジサキの存在に気付いたようだ。
がくがくと震える足を無理矢理動かし、何とか自転車にまたがる。
人影は、こちらに近づいている。
手に持った懐中電灯でこちらを照らした後、
L字型の何か、いや、銃をこちらに向けた。
「ウワアアアアアアアアアアア嫌だあああああああ死にたくないよおおおアアアくぁwせdrftgyふじこlp!!!」
声にならない悲鳴をあげて、必死にペダルを踏んだ。
これが火事場の馬鹿力というやつか、今までに無いくらいのスピードが出ている。
「な、な、な、何でこんな事にいいいいいい!!!!ワタシが何をしたっていうんだああああああ!!!」
絶叫しながら自転車を全力で漕ぐうちに、いつの間にか自然公園は遠くなっていった。
8時間前 AM7:15
「と、いう夢を見たんだ!!」
嘘である。
あの後、全力で自転車を漕ぎ続け、どうにかこうにか逃げ切れたワタシは何とか家に辿り着き部屋で布団を被りブルブル震えていた。
もちろん一睡もできなかった。
うん……あれが現実であるはずがない。
おばけだった方がまだ救いがある……あ、いや、やっぱりおばけも嫌かな……。
きっと夢だったんだ。そうに違いない!!
ご飯よー、起きなさーい、と二階から母の声が聞こえる。
ずっと起きてたんだなぁこれがまた。と思いつつ、階段をのぼり、ドアを開ける。
『昨夜、地区の自然公園で30代と見られる男性が銃で撃たれ死亡しました。同時刻に近隣の交番に、「銃声のような音と、不審な人物を見かけた」との通報があり、警察は銃殺事件として、不審人物を特定する方針で捜査しているとのことです』
嫌ああああああああ嫌嫌嫌あああああああ
やっぱり夢じゃなかったあああああああ。
朝のニュースに一気に希望を吸い取られた。
「オカン…今日朝ご飯いらないや…もう学校行ってくる……」
「ええっ?ちょっと、お弁当はー?」
何ということだ…やっぱり現実だったのか……あんなもん見てしまったし、一生のトラウマ決定だ……。
とにかく、ワタシは安心できる日常に戻りたかったのだ。
普通に学校へ行き、級友と喋り、放課後には遊んだり、趣味に没頭したり…。
一刻でも早く学校へ行って、ワタシはちゃんと日常の中にいるんだと確認したかった。
「行ってきまーす…」
ガチャッ
「おはようございます。フジサキさんですね?私達、ミナミ警察署のものなんですが……数時間前に起こった銃殺事件の現場で、貴女と良く似た背格好の人を目撃したとの通報がありまして……ちょっと署に来てお話、聞かせてもらえませんかねぇ?」
oh…ジーザス。
そして現在に至る。PM3:15
「やけんなぁ……ワシも何回もおんなし事聞きたないねん。あの時間に何のために事件現場におったんか、それだけ聞きたいんや」
目の前の髭のおっさん刑事にまた同じ事を聞かれる。
なぜ関西弁なのか。
なぜカツ丼が出されないのか。
「だから…何度も言ってるじゃないですか…。気分ですよ…気分」
「気分であんな時間に出かける奴がおるかいな!!」
バァンと机を掌で叩かれ思わず「ヒィ」と情けない声が漏れる。
だって…昔ここで起きた別の事件を調べてましたーなんて言ったら…余計怪しまれるではないか!!
同じ事を朝から何時間も聞かれ、お腹は減ったしもうウンザリだ……。
ていうかニュースで言ってた不審人物ってワタシの事だったのね。
当たり前か。
帰りたい。
がちゃりとドアの音がし、目の前の刑事より少し若い別の警察官が入ってくる。
「警部…そろそろ時間も時間ですし、一応任意同行という形なんであまりにも長い時間未成年を拘束するのはちょっと…」
「……あぁ、そうやな。ほな、もう帰ってええで。」
えっ?いいの?
ていうか、刑事じゃなくて警部だったのね。
失礼失礼。
「けど、また話聞くからな。こっちが後日指定した時間にちゃんと顔出せよ。」
朝から拘束された状態からやっと解放されると、腰をあげたところにジロリと睨まれる。
「とはいっても、まぁ、こっちも単に事情聴取やから。疑ってるわけじゃないんやで」
ミナミ警察署、と書かれた建物を後にし、パーキングに止めた自転車にまたがる。
すうぅっと思いきり息を吸う。
ペダルをぐいっと大きく踏む。
「絶っっっっ対疑ってるじゃねえかあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
翌日
私立K際高等学校
いつもと変わらない風景、自分の席にぽつんと座ったフジサキは、未だかつて経験した事の無い事態に見舞われていた。
どういうことだ……。
「あ、あれ。ホラ。あの茶髪のチビだよ、あの殺人事件の犯人」
「うっそー。普通に学校来てるじゃーん」
「怖ぁ。近寄らないでおこうよ、殺されちゃうかもよ!あはは」
どういうことなんだ……。
「俺の家にも警察来てあいつの事色々聞かれたもん。絶対あいつだろ」
「そういえば、変な趣味持ってるって誰か言ってたもんな。何か、色んな事件調べてたり」
「えー、それで遂に自分が殺っちゃった的な?」
これは……。
「でも銃殺でしょ?銃なんかどうやって手に入れるのさ」
「アレじゃね?援交とかでヤクザのおっさんから譲ってもらったとか!」
「漫画かよ!あはははは!!」
どういうことなんだああああああああ!!!
あのくそ警察どもがあ!国家の犬が!
昨日警察署にいるあいだ、唯一の容疑者であるワタシの情報を聞き出すためにプライバシーも何もかもおかまいなしに学年中聞き回りやがったな!!!
スキャンダルに飢えた高校生達にそういう事をするなよ!!
こうなる事は目に見えてるじゃないか!!
最悪だ……。
曲がりなりにも学校にいるあいだは日常に戻れると思っていたワタシが馬鹿だった……。
まさかここまで一日でボロクソ言われる事になろうとは……。
「名誉毀損で訴えてやる……全員から1億円ずつ絞りとってやるんだ……」
「あれ、その『全員』には、私も含まれてるの?」
「えっ?」
机に突っ伏し、誰にも聞こえないであろうと思い呟いた言葉に、聞き慣れた声が返事をした。
「ゲ、ゲッシー!!」
「おはよ、フーちゃん。何か、大変な事になってるね?」
1人で噂と罵声に辟易していたワタシに声をかけてくれたのは、ゲッシー。ワタシのクラスメイトで、仲の良い友人だ。
金に近い茶髪のゆるい三つ編みヘアを揺らし、今日も変わらず大きなマスクを着用している。
「みんなも変わり身早いよねー。一昨日まで普通に話してたフーちゃんを、良く事情も知らないまま面白半分で噂にしちゃうんだもん」
「ゲッシー…。ゲッシーはワタシの事疑って無いの!?」
ちなみにゲッシーというのは彼女のあだ名だ。
彼女の言う、フーちゃんというのはワタシのあだ名である。もっとも彼女しかそう呼ぶ者はいないのだが。
「当たり前じゃない。フーちゃんが銃殺なんてそんなこと、するはずないでしょ?」
「ゲ、ゲッシ〜〜〜!!!心の友よ〜〜!!!」
ガバッと抱きついたワタシをゲッシーはいつものように受け止める。
これだ…これだよ…ワタシが求めていた日常は…。
「みんなワタシの事を殺人犯だって言ってるよ〜!しかも援交とか意味わかんない事まで尾ひれに付いちゃってるし、もう四面楚歌とは正にこの事だよ〜!」
うわああと嘆くワタシを一瞥しつつ、飄々とゲッシーが呟く。
「フーちゃんが殺人なんてするタマじゃないだろうに。援交だってする訳ないし、そもそもしようとしたってできない体型なのにねぇ?」
「そ…っ、そうだよねっ!!…うん!?」
何か最後に遠回しに体型が貧相と言われたような……。
確かにそうなんだけどさぁ!
見事に凹凸の無い己の身体を見下ろし、ため息をつく。
「とにかく、学年中から誤解を招いてるみたいだし、警察からも本格的に疑われてて…!!どうすればいいんだろう…お先真っ暗だよ…!!」
がしがしと頭を掻く。
「その事なんだけど、フーちゃん。私に良い考えがあるんだ」
「いい考え?」
ゲッシーは、自分の携帯を取り出した。
「昨日から警察がけっこうフーちゃんの事疑ってるみたいで、心配だったんだよ。フーちゃんがやる訳ないから、どうにかフーちゃんの罪を晴らせないかってずっと考えてたんだ」
携帯画面に幾つかワードを入力し、検索した画面をワタシに見せる。
「探偵、雇ってみない?」
PM4:00
ワタシはとあるアパートの前に来ていた。
全ては、ゲッシーが見せてくれたあの携帯画面のおかげである。
あの時……
『た、探偵を、雇う?』
『そう。フーちゃんが犯罪なんかやるわけないってのはワタシが一番分かってるし。警察にも疑われてる以上、頼れるのはこれくらいしか無いでしょ』
『で、でも探偵なんか雇ったところで、殺人事件の罪を晴らしてくれることなんてできっこ…』
『できるんだよ!それが!この探偵なら!』
『な、何で?』
『このサイトで活動してる探偵はね、ネット上で天才って呼ばれてる人なんだ。何でも、今まで依頼された事件を全て天才的な頭脳で解決してるんだってさ。浮気調査や人探しはもちろん、過去の迷宮入りした事件まで解き明かしたって言われてるんだから!』
『え、えぇ〜…。そんな人、実際いるんだ…?ていうか何でそんな事知ってるんだよ…。ていうかていうか、所詮ネット上でしょ?そんな情報信用していいわけ…』
『いいのよ!この探偵、私もファンなんだもん!そもそも、今この状況で、選んでる暇なんて無いんじゃない?普通の探偵や機関だったらこんな事解決できないと思うよ。』
『ええっ…、……うん。そうだよね…。じゃあ、ダメ元で依頼してみようかな…』
と、いうわけなのである。
他に頼る相手もいないワタシには、最後の希望の綱だ。
そしてその最後の綱は、気が抜けることに自宅から自転車で15分の位置にあったのだ。
「意外と近所だったな…」
ネット上で天才と呼ばれる人物がチャリでぱぱっと行ける距離に居たなんて複雑な気分だ。
まぁラッキーといえばラッキーではあるんだけどさ。
その探偵のサイトには、『ご依頼は電子メールまたは電話にて受け付けております』と書かれてあった。
だが、殺人事件の冤罪を晴らすというヘビーな依頼では断られるんじゃないかという恐怖と、めちゃくちゃ近所だったということもあり、記載されていた事務所の住所に直接来てみたのだ。
「う〜〜ん、でも、何というか……」
ボロいなぁ。
タンタンと音を立てアパートの階段を登る。コンクリート造りのその建物はいかにも貧乏学生が暮らしているような感じで、天才と囃し立てられるような人とは、どうにも結びつかない。
さて。
ここか。
お世辞にも広いとは言えない部屋の前で、ワタシは足を止めた。
天才探偵かぁ……どんな人なんだろう……。
記載された住所と部屋番号をしっかりと確認する。
少し緊張する。
覚悟を決め、ぐっと部屋のベルを押す。
『ピーンポーン』
…。
……。
………。
…………あれ?
出ないな。依頼の受け付け時間は過ぎてないはずなのに。
聞こえなかったのかな?
『ピーンポーンピーンポーン』
今度は二回押してみる。
……出ない。
『ピーンポーンピーンポーンピーンポーン』
………出ない!!
何でだ!!
こちとら頼みの綱がこれしか無いんだよ!!
このやろ〜〜留守なのか!?
チッ!
腹いせに、誰もいないであろうと予想し部屋のベルをこれでもかと連打してみる。
『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン『『ガチャッ』』
うわっ!?
開いた!?
ていうか居たのかよ!
居たんなら出ろよ!
驚きやピンポン連打した焦りなどありつつも、半分だけ開いたドアを隙間を見る。
このドアを開けた人……つまりは、天才探偵がいるはずだ。
そこに立っていた人物は……
所謂、引きこもりのような風貌の男だった。
緩くうねった伸ばしっぱなしの黒髪、
よれたスウェット、
片方だけ履いた靴下。
えっと……
(部屋間違えたかな……)
目が点になった……。
明らかにヤバめの人じゃないか……。
何と言っていいか分からずに、再びチラリとその男を見やる。
その男もこちらを見ていたらしく、目が合う。
長い前髪に隠れたその顔は、病人のように白い。
その男はワタシの顔を見た後、ワタシの顔の下……ーー主に胸の部分をしばらく凝視し……ーー思いっきり顔をしかめ……
「チェンジで!」
そう言い放ち、バターンとドアを閉めた。
は……
「はあああああああああああ!?」
ちょっ!ちょっとどういう事!?
チェンジって!チェンジって言われましたけど!?
よく分からないが、とにかく扉を閉められたままでは話にならない。
全力でドアをバンバン叩く。
「ちょっと!!ちょっと!!依頼なんですけど!!事件の!!依頼です!!小っさい声でもう一回チェンジって言わないでください!!デリヘルじゃないんですけど!!依頼人です!!」
とりあえず怪しげな風貌は置いといて、こちらには頼る相手がこの探偵(?)しか居ないのだ。
すると、ドアが再び三分の一程度開く。
そこから先程の男が顔を覗かす。
よく見ると、けっこう若い男だ。
二十歳前後といったところか。
その男は、
「……依頼人?」
と、ぼそりとワタシに聞いた。
「そうです!そうですそうですそうです!!名前はフジサキって言うんですけど依頼したい内容は…」
ここぞとばかりに喋り出すワタシに、男はうるさいというように、右手で制す。
その挙げた右手で、何かを操作するような動きを見せる。
ん?何だ?
怪訝そうな表情を浮かべるだけのワタシを見て、男は溜息をついた。
「はぁ……携帯、出して」
「け、携帯?ですか?」
ああ、さっきの手の動きはスマホをフリックする様子を伝えたかったようだ。
…って、分かるわけないじゃないか。
何に使うのかは分からないがとりあえず男に愛用しているiPhoneを渡し、男はそれに自身のスマホを見比べながら何かを入力する。
「ん」
と、返されたワタシのiPhoneのLINEの画面に、『クボタ』というユーザーが追加されていた。
クボタ…?
こいつの名前か…?
ええ…?にしても何故急に友達追加…?
と思うが早いかクボタという名前であろう男は、またしても凄い勢いでドアをバタンと閉める。
「ええっ!?ちょ、ちょちょちょちょっと!!何で閉めるんですかっ!?」
慌ててドアを叩こうとするワタシの耳に、ドアを開ける代わりに『ピロリン♪』という電子音が響く。
(ん…?)
この音はLINEの通知音だ。
すぐにiPhoneの画面を開くと、友達追加されたばかりの『クボタ』というアカウント名からメッセージが届いていた。
『依頼なら電子メールで受け付けるとサイトに書いてあっただろう。これからはLINEで相談を行う。』
と、これだけの文が書かれている。
あぁ……そういうこと……。
スマホを介してやりとりしたいがためにあんなまどろっこしい事を……。
いやいやいや!折角きたんだし直接相談した方が早いでしょ!壁一枚挟んだところにいるわけだしさ!
そう思い、その旨を伝えようと文字を打ち込もうとすると、それを許さないかのようにすぐさま連続してクボタからのLINEが届いた。
『わざわざサルでも分かるようにサイトの一番上に明記してあるのにそれを無視してアポも取らずに直接押しかけるとは余程脳味噌がおめでたいようだな。
味噌汁にでも入れた方がまだ世の中のためになるんじゃないか?
人の予定も考えずずかずかと人のプライベートゾーンに侵入してくる奴がどこにいる。このアオミドロが。
おまけに顔も良くないし胸も見事に凹凸が無い。
本当にお前は日本で教育された人間か?
このアオミドロが。』
え…えええええええええええ????
LINEの画面を見て思わず絶句する。
一瞬の間に罵詈雑言で埋められた画面に言葉が出ない。
はぁ?はぁ?何だこいつ??
初対面の人間に対して急につらつらと悪口を言い始めたんだけど!
ていうかアオミドロって二回も言うなよ!!
しかもさっき顔を合わせた時には殆ど喋らなかったくせに……!!
何なんだ…!?所謂ネット弁慶って奴!?
も……物凄く……物凄く腹が立つ!!!
そりゃ直接来たのは悪かったかもしれないけど、本来の探偵ってそういうもんだろ!!
一瞬で顔を真っ赤にし、この野郎という気持ちで一杯になったフジサキは『何なんですかあなた!こっちは依頼しにきたんですよ!そんな言い方ってあります!?』と入力し、送信しようとしたところでまたしてもクボタからの連投メッセージが届いた。
(何でこいつこんなに文字打つの早いんだよ…)
と思いつつ、そこメッセージを読む。
『まぁ報酬さえ払ってくれるのであればとりあえずは経緯などどうでも良い。
ところで、お前。フジサキと言ったか。
お前の依頼内容はおそらく昨日の銃殺事件関連だろう。
疑いを晴らしてほしいといったところかな?』
「うええっ!?」
思わず声が漏れる。
予言のようにピタリと当てられた依頼内容。
『どうして分かるんですか!?』
驚いてそう送ると、すぐさま返信が来る。
『こんなのは僕じゃなくても分かる。
わざわざ人の予定も聞かず行き当たりばったりのような形で来たのはよほど追い詰められているからだろう。
もしくはメールでは断られるような依頼だから泣き落としでも使おうとしたのかだな。
あるいはその両方だな。
そして見たところ貧相だしすぐにタクシーや新幹線を使える様な人種ではない。すぐ近くに住んでいるのではないか?
依頼に憚られるような大きな事件で、すぐ近くのものと言えば昨夜の銃殺事件しか無いだろう。
至極簡単な事だ。』
…えっ…!!
すっ、すげえぇ……!!
感嘆の溜息が自然に出る。
そりゃ考えてみれば分からない事もないけど、普通の人がそれをこんな会って数分も経たない内に予測できるか……?
いや、無理だ。
『どんな事件でも解決してしまう。』
そう言っていたゲッシーの言葉が脳裏に蘇る。
「もしかしたら、本当に…そうなのかもしれない…!」
一筋の光が見えてきた。
この探偵に頼めば、ワタシの罪を晴らしてくれるかも…!!
また『ピロリン♪』とLINEの通知が鳴る。
『依頼は受けてやる。
どうせ僕にかかればどんな事件でも解き明かせるんだらかな。
まだ期間と労力がどれほどのものになるかは未定だから、報酬は後払いで解決してからの相談ということで良いだろう。』
……やったぁ!
ぐっと拳に力が入る。
まだ依頼を受けたばかりなのに、解決後の報酬の話を持ってくるあたりもう彼の中では解決すること前提のようだ。
すごい自信……だが、その自信が今は希望に見える。
依頼を受けてもらったのならとりあえずは一安心だ。
ほっ、とひとつ息をつき、返信をする。
『分かりました!では調査の方よろしくお願いします!!ほんとうにありがとうございます!
展開が進みしだいまたご連絡ください!!』
閉じられたままのドアにぺこりと頭を下げ、来た廊下を戻る。
来た時の不安は軽減しており、足取りが軽い。
「ああぁー……よかったぁー……」
タンタンと音を立て階段を下るワタシの耳に、また『ピロリン♪』が聞こえる。
ん?クボタさんからだ。
何だろうと思い再び画面を開くと、そこには想像もしていなかった事が描かれていた。
『はぁ?「調査の方よろしくお願いします」??
お前は何を言っているんだ?
僕は依頼を受ける、お前の罪を晴らしてやるとは言ったがそのための情報を集めてやるなんて言ってないぞ。
罪を晴らしてほしくば自分で情報を持ってくるんだな。
こういう事件の罪を晴らすには真犯人を見つけるのが1番手っ取り早いんだろうが、そもそもお前が犯人ではないという証拠はあるのか?
ある罪を晴らす事はできないぞ。
どちらにせよ情報はお前が持ってこい。
十分な情報が集まれば僕が犯人を推理し、お前の罪を晴らしてやる。
僕はその間寝る。』
………………………
…………………………ハァ?
「はああああああああああああっっ!?」
ズダダダダッと物凄い勢いで階段を再び駆け上がり、先程までいた扉の前に立つ。
「ちょ、ちょっとぉ!?!?どういう事ですかこれ!?
調査をするのが探偵でしょ!?
自分で情報持ってこいったって、そんなのおかしくないですか!?
ていうか犯人ワタシじゃないですし!!!
本当にただの目撃者なんですってっ!!!」
扉に身体を押し付け、部屋の中にも聞こえるように大声で叫ぶ。
『ピーピーピーピーうるさいぞ。
この事件の真犯人を推理してやるからそのための材料を集めて僕に逐次報告しろと言ってるんだ。』
やはり直接返事は返って来ずに、LINEでしか返さないようだ。
こっちは必死なのにいい気なもんだな!
「だから!それがおかしいって言ってるんでしょ!!
そもそも真犯人を捜すって本気なんですか!?
ワタシはワタシの罪を晴らしてほしいだけで、犯人見つけろなんて一言も言ってないんですけど!!」
…………。
…………あれっ?返事が返ってこない。
さっきまで二秒で返ってきたのに!何だ何だ既読無視かこの野郎!!
すると突然、ガチャッと目の前のドアが開く。
そこには昆虫を見るような目つきをしたクボタがこちらを見下ろしていた。
「本当にサル以下だなお前は!!バーカ!!」
バタン。
ドアが閉まった。
…はああああああ?
それを言うためだけにドア開いたのかよ!!
ふざけるなよ!!
フンガーと鼻息を荒くするワタシに、今度こそLINEの返信が届いた。
『そもそもお前が僕に依頼してくる程に警察に疑われている事自体がおかしいんだよ!!
普通に考えて銃殺事件の容疑者が高校生の可能性は極めて低いだろう!
それなのに疑われているということはかなり裏付けのある証拠が存在するか、もしくは他に手がかりが無く仕方がないからお前に粘着しているかのどちらかだ!!
どちらにしろお前が本当に犯人でないなら真犯人を見つけ出しでもしないと、警察にこれからずっと付きまとわれるのは確かな事だ!!
こんな事も分からないのかバーカ!!
このアオミドロ!!いや、アオミドロに失礼だな!!
この生ごみめ!!』
ワタシのLINEの画面がどんどん長文の罵詈雑言で埋められていく……!しかもアオミドロから生ごみに格下げされたし!!
ぐ、ぐぬううううう。でも、言われてみたら確かにそうだ。
どっちみちこのままじゃずっと警察に粘着される気がするし、クボタの言うとおりにするしかないのか?
いやいやいや!違う違う!そもそもの話を忘れてた!
「犯人を見つける理由はわかりました!!
でもどうしてワタシが情報を集めなきゃならないですか!?
ワタシは依頼人ですよ!!
情報集めはそっちの仕事でしょ!!」
一番気になっていたことを再び問いただす。
するとドア越しに
「バーカ!!」
と聞こえた。
誰が馬鹿だ!
小学生の喧嘩のようなやりとりをした後、またしても一瞬で長文が送りつけられる。
『警察に疑われているという事は、当然警察なら事情聴取なり何なりされるだろう!
それを逆手に取って警察しか知り得ない情報をお前が聞き出すことは十分可能だ!!
そしてそれは疑われているお前にしかできない事だ!
事件現場周辺の聞き込みにしろ、僕が行くより、貧相だろうが腐っても女子高生のお前がした方が何かと都合が良いだろう!!
お前の近場には噂なり悪口なりがあるだろうが、幸いニュースやネットにはお前の容姿等は書かれていない!!
何の不都合なく聞き込みできるだろうこの生ごみ!!
ああ!!生ごみ相手にイチから説明するのは本当に骨が折れるな!!』
うわああ!!!何だろう、言ってる事は的を射てるのに物凄く腹が立つ!!こういう言い方しかできないのかこの人は!!
顔を合わせたら殆ど喋らないし、部屋から出てこないし、ネット弁慶だし、初対面の依頼人にこんな事言うし、
……もしかしてこいつ、コミュ症ってやつ!?
『全ては効率化だ。今回の場合は特に、僕よりお前の方が情報収集には向いているだろう。
まぁ、お前が情報を集めてこられないなら推理はできないからな。
自分が捕まりたくなければとっとと情報を持ってこい。
できなければ勝手に逮捕でもなんでもされろ。』
……絶対そうだ。
めちゃくちゃムカつく。
しかし、言い方は非常に腹立たしいものだが言っている事は全て正しい。
不本意ではあるが、ここは従った方が良いのかもしれない。真に不本意ではあるが。
ワタシも警察に捕まるのだけはゴメンだし……。
しかし、言われっ放しで従うのも嫌だな。
一言言い返してやろう。
「とか言って、本当は自分が外に出たくなくて毎回依頼人にやらせてるとかー?
まぁ、そもそもクボタさんが聞き込みなんかしたら、即不審者認定されて通報されそうですもんねー!ププッ!!」
できる限り煽るような口調で言ってやった。
LINEは返って来ず、ドアも開く気配も無い。
しかし、壁を一発ガァン!と殴る音がしたので多分図星だったんだろう。
『とにかく!情報があれば逐一報告しろ!!
この生ごみ粗大ごみ!!
貧乳!!まな板!!いやまな板なんて生易しいものじゃあないな!!むしろ抉れろ!!』
「抉れねーよどんな構造ですか!!」
こうして女子高生フジサキは、コミュ症探偵クボタとの最悪な出会いを果たした。
これから彼らは、様々な事件と直面し合う事になる。
そしてその始まりのお話が、ここから始まって行く。
クボタとの出会いから数時間後
PM19:00
ミナミ警察署 第二取り調べ室
「どういうことなんですか…?
銃殺事件なのに、銃弾が無いって……」
「せやから、無いんや、銃弾が。
被害者の身体を貫通しとる筈なのに、現場をいくら探しても出てこんのんや。
消えたとしか思えへん。」
「はぁ…!?銃弾が消えるって……そんな事あり得るわけないじゃないですか!」
「せやからワシらもこんなに困っとるんやがな!
そのせいで銃のルートが掴めへん!容疑者を絞り込めんのんや!
やけん唯一の容疑者であるお嬢ちゃんにこうやって何度も話を聞かんといけんのんやんか!!」
「だからワタシはやってませんってば!!」
目の前の中年警部が頭をがしがしと掻く。
頭を抱えたいのはこっちの方なんだよ…。
iPhoneを持った手に力が入る。
「過去の事件を推理する」という趣味のせいで、皮肉にも巻き込まれた実際の事件。
消えた銃弾。
被った罪。
クボタさん……この事件……一筋縄ではいかないような気がしてきました……。
窓の無い取り調べ室は、言いようの無い閉塞感に包まれている。
目の前に置かれたカツ丼だけが、ワタシの味方のように思えた。
一話前編、ここまで読んでくれてありがとうございました!
一話は性格や設定を固めないといけないので、前編の時点でかなり長くなってしまいました。
次は中編、情報収集編です。
様々な人物が登場しますので、誰が犯人なのか皆さんも予想してみてください!
初心者故、お見苦しいところ多々あると思いますが、ご意見、ご感想、質問などございましたら是非どうぞ!むしろください!!
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