鳴らない
いつからだろう、この携帯が鳴らなくなったのは...
ネットに繋げば、あらゆる人々の喜怒哀楽が、無造作に閲覧することができる。
自分自身もその虚像の世界に身を投じ、人々と繋がっている錯覚に酔いしれることができる。
この手のひらサイズのものは、ボクを一時の快楽へと導いてくれる。
音楽、映像、ゲーム、情報。
あらゆる欲求に対して答えを出し、
「ご主人様、ワタクシはアナタの全ての問いに応えることができます。」
と、言わんばかりのクールで、そして冷ややかな面もちで、ボクの手の中で君臨している。
「アナタハ、ワタクシノイイナリデス」
だけど...
ボクの心は埋まらない。
どんな機能もどんな快感も、大きく、深く、そして遠い穴に墜ちていく。
ボクは、待っている。
それが着たら、ボクの心の穴は埋まるだろうか。
ワカラナイ
この手のひらサイズに問いても、答えは出ないだろう。
だけど、ボクは、待っている。か細い糸が切れないように。青白い炎が消えないように。
ボクは、知っている。ボクが待っているものは心の穴を埋めるためではない。ボクが前に進むために待っていることを。
ボクは、待っている。
鳴らない携帯を見つめながら...