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最終章   『 』

「つまりは、「浦島太郎」と同じだ」『黒月』のアパートの大家さんが話す。

「『黒月』の時間はあんたが住んでいた街より、何十倍も時間が流れるのか遅い。竜宮城と同じだ。計算してみないことには分からんが、五ヵ月ぐらいでは、十年くらいの差があるだろう」

「同じだといっても、竜宮城と『黒月』とではえらい違いですね」あれから、三日間。やっとパニック状態から立ち直った優奈。

「ああ、ここには何の利点もない。乙姫の代わりにいるのは無表情の老人だ。竜宮城の代わりは役所。亀の代わりにあやしい黒塗りの車といったところか。そして────」大家さんがいったん言葉を切る。

「海の代わりは、『黒月』だ」

ああ、何故優奈はここに来てしまったのだろうか。

魚の生物は陸に上がることはできない。『黒月』の住人もしかり。もう、元の生活にもどることはできないのだ。優奈の目はここの住人と同じになっていた。悲しみ、後悔、泣いても叫んでもどうにもならない。

「そういえば、ここにきた初日に母に電話しましたよね。そのときは、ちゃんと母につながったんですけど」ふと、浮かんだ疑問。答えによってどうにかなるわけではない。だが、優奈は知りたかった。『黒月』の全てを。

だが、意外のも大家さんは昔話を始めた。

「電話というものは、『黒月』に一つしかない。それがここの電話だ。わたしは、昔──五十年ほど前のことだ──電話の販売店に勤めていて、家を一軒一軒歩いて回ってこの黒電話を売っていた。あるとき、偶然にもここに、電話というものが一つもないことを知った。そして、そこの住人が電話を聞いたことも見たこともなかったということも。ならばと思い、わたしは電話を持って、ここを訪れた。役所の老人は取り合ってくれんかった。当時の電話はかなりの高級品だったから値も高い。だが、便利さが分かれば買ってくれるだろう。そう思って、この長屋に試しとして電話線を引いた。工事の人々は、引いただけですぐに帰って行ったが、わたしはここに泊りがけで、『黒月』に売り込もうとした。ところが、誰も買ってはくれない。皆が無関心だった。それもそのはず、いまさら外の人と話してなにになる。と思っていたんだろう。わたしも、いまだったら見る気もしないだろう。そういうことで、あきらめたわたしは、元の世界へ返った。だが、もうすでに会社はつぶれ、家族は死に絶えていた。わたしが知っている者もわたしを知っている者も、誰一人として、いなかったのだ。絶望したわたしは、ここに戻ってきた。そして決心した。もう、外の世界には戻るまい。と」

「そうだったんですか…………」大家さんは、優奈と同じ。仕事を頑張っただけ。外との交流の機械を売ろうとしたために、外との交流を絶たれてしまった。

外と関係を持ちたくない『黒月』の意志によって起きたことなのかもしれない。優奈はそう考えた。

「ここで質問。工事の人は何故無事に戻れたか」突然、大家さんが質問をする。

「……」何も答えない優奈に大家は答えを言った。

「答え、役所の老人と話をしなかったから」

「どういうことです?」

「わたしは、最初に役所の老人と話した。そして、『黒月』にとどまった……。これがいけなっかた」

「どういうことです」

「わたしはここに来て、五十年ぐらいか経った。その間に、たくさんの人々がここを訪れ、そして去っていった。中には、わたしやあんたと同じようにここにとどまってしまう者もいた。その者らを見ていると、ひとつの共通点が分かってきた。それが今、言ったことだ。老人と話し、一日でもここにとどまると、『黒月』のパワーというか、何かの力が働き、その者が『黒月』と一体化してしまう。あんたが、電話したときは、まだ一日経っていなかったから、その何らかの力が働かず、電話も普通に使えたんだろう」

「大家さん……」優奈は目の前にいる無表情に淡々と話す、人物に怒りを覚えていた。

「なんで、わたしが最初に来たとき、このことを話してくれなかったんですか!話してくれたら、わたし……」

「ここに住まなかった。と言うのか。まったく、わたしだって、あんたを返そうとしたさ。この長屋にだってマスターキーぐらいはある」

「あ……」優奈は自分のことを馬鹿だと思った。どうしようもない馬鹿だ。大家さんの優しさに気付かなかったなんて……。

鍵を運転手に持っていかれたとき、大家さんにどれだけ話しても、鍵を開けてはくれなかった。マスターキーすら、ないと言った。これは、わたしがあきらめて、自分の本当の家に帰るように……。電話で少し高い料金を請求したのは、いじわるな大家がいる所には住みたくないと、思わせるために……。

「……すみませんでした」

「なにも、謝ることはない。謝るのはこっちのほうだ。電話を終えて気絶してしまったあんたを、無理にでも帰すべきだった……」

「わたし、気絶してたんですか……」

「そりゃそうだ。あんたを運ぶのは大変だったぞ。わたし一人しかいなかったからズリズリと引きずっていったんだが、あんたはビクともしなかった」

「そ、そうだったんですか……。本当にすみませんでした」頭を下げたとき、ふと優奈は、さっきの大家さんの言葉を思い出していた。

乙姫の代わりにいるのは無表情の老人だ。竜宮城の代わりは────。

そう、「浦島太郎」と同じ。ならば……。

「玉手箱……。玉手箱に代わるものはないんですか!」「浦島太郎」では、乙姫が最後に玉手箱を渡す。浦島太郎は陸に戻った後、時の流れの違いに愕然とし、玉手箱を開ける。そして、陸の時間での本来の浦島太郎の姿になるのだ。

興奮する優奈に大家さんは、冷静に答えた。

「ない。と思う。わたしもそう思って必死に探した」

「老人……。『黒月』の長には聞いたんですか!」突如、大家さんの目が大きく開かれた。

「そうか、乙姫に玉手箱か!気付かなかった!」

「そうです!『黒月』の長に「引っ越す」とでも言えば、元の世界での本来のわたしの姿に、なれるかもしれません!」

「よし、あんたは、今すぐにでもあの老人に会ってきなさい」

「大家さんも一緒に行きましょう!」

「わたしはここに残る」優奈の興奮は一気に冷めた。

「どうしてですか?」

「さっきも言ったろう。ここに五十年近くもいるんだ。あんたが五ヵ月で十年経ったんだ。わたしは何十年経っているか……。下手したら何百年と経っているかも知れん。本来の姿にでも戻ってみなさい。そこには、しゃれこうべが転がっているだけさ」


「どうか、なさいましたか」優奈はソファーに座っていた。あの老人と向き合って。

場所は、五カ月前と同じだった。いまにも消え入りそうな声が、優奈を緊張させた。

「引越しの手続きを。と思いまして」そう言って、優奈は老人の顔を見た。優奈は、驚いた。

あの無表情で氷のような目をしていた『黒月』の長が、笑ったのだ。それは、孫をはじめて見た老人のように、目を細めて、心の底から嬉しそうに笑った。

そしてそれは、優奈が『黒月』で見た最初で最後の最高の笑顔だった。





エピローグ

そこに、一人の少女が現れた。

その少女は、白の世界でちいさな雪だるまを作った。

石を目にして、木の枝を口の代わりとした。


ちいさな雪だるまは、少女の家の外の雪の積もっていないところに置かれた。


やがて、春になった。

当然のように、小さな雪だるまは、とけはじめた。


そして、水となった。

暖かい日差しの中で、水は少しずつ、空気の中に戻っていった。


そう、戻っていったのだ。


少女は、地面に残った、目と口の代わりを見た。

雪だるまが少し、微笑んでいるかのように、少女には思えた。

          ──END──          

                                                                                                                                                                                    


お久しぶりです。


今回、葉崎はかなりの力を入れて書きました。

というのも、この作品は出版社の賞に応募をしようとしていたものです(何故か、応募期限を間違えて覚えており、一週間前に期限が過ぎていたという)から、推敲に推敲を重ねました。

いかがだったでしょうか?


今後の創作に役立てたいので、

感想など、送っていただけたら幸いです。


最後に、読んでいただきありがとうございます。


それでは、また次の物語で。


                   

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