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妄想学園

6・妄想学園七不思議調査員・丹羽

作者: 鶏 庭子



 「俺、暇なんだよ」

 「そうですか」

 「だからなんかない?」

 「刺激が欲しいのでしたら用務員室のキッチンスタジアム行けば良いじゃないですか」

 「ばかやろう! あんな場所命幾つあっても足りねえよ! 二度と御免だ」

 「一度は行ったんだ……」

 「あれは畜産科の怪盗部に任せとけ。有働トラップを乗り越えてドンブリプリンをゲットするまで卒業しねえとか言ってるからな」

 「卒業二の次ですか」


 年が明けてチラチラと雪がちらつく。

 センター試験も終わり、三年生は学校に来る日が少なくなった。

 しかし前生徒会長である外岡(とのおか)は、用も無いのに生徒会室に顔を出し、ダラダラと絡んでくる。俺、忙しいのに。

 現生徒会長である俺は、今年度の卒業生と来年度の新入生に向けての挨拶文を纏める為カタカタとパソコンに打ち込んでいた。

 はっきり言って殿――外岡の愛称――は邪魔しにきているとしか思えない。

 暴君なくせに一流大学にアッサリと決まり、年末には年上の彼女をゲットして同級生から『リア充爆発しろ!』と恨みの言葉を当てられるが、さすが殿。


 『        』


 とても思い返すには忍びない言葉であり、面と向かって言われたわけではないのに心が折れた。直撃食らった相手は目も当てられない惨状だ。

 絶対この先輩には逆らってはいけない。

 それは、生徒会副会長に任命された時から肝に銘じていた。



 高校二年の前期。

 俺は望んでもいない生徒会副会長という役目を押し付けられた。この学校における代々の生徒会役員は、生徒会長の一存で決められていくというなんとも理不尽な制度のお陰で。

 現生徒会長だった外岡(とのおか)から「二年七組の丹羽くんがいいでーす」と、昼の放送部プレゼンツ「学園リクエスト♪」の時間に放送ジャックしてくれやがったせいで、外堀を埋められた。

 絶対指名というのは、学園にいる以上逃れられないもの。

 拒否イコール退学となるので、こればっかりは避けたいから役をしぶしぶ受け入れた。


 放送ジャックその後に生徒会室に呼び出された時も殿は滅茶苦茶だった。

 「遅い!」と怒鳴られたが、呼ばれた時間の十分前だし遅いも何も俺なんで怒られたのかな、なんて思っていたら、単にカップ麺が三分じゃなくて五分だったことにキレてただけだし。

 うわあって固まってただただ入り口に突っ立ってたら、ゾロゾロとどうやら後期生徒会役員に指名されたっぽい二、三年生が集まった。


「じゃ、丹羽。お前のメアド送れ」


 殿が携帯を取り出し赤外線を所望。まあ引き継ぎのなんやかんやで必要なのかな? なんて送ったら、「じゃ、皆転送するわ」なんて気軽に一斉送信。


 「ちょっ!?」

 「じゃあ丹羽、色々よろしくな!」


 そういって、殿はかいがいしく人数分のジュースを紙コップに注いで配る。あんな横暴な性格なのに……あやしい。すごく、あやしい。

 手元にはしゅわしゅわと発泡する黒い液体。ぱっと見にはコーラだが……。


 「じゃ、みんなそろったな? かんぱーい」


 「ぐっ」

 「っ、おえっ!」

 「まず、まずいーー!」


 自分の周囲から悲鳴が上がる。


 よかった、俺セーフ。様子を見てから口に運ぼうと思っていたのが生死の別れだった。

 どうやらサイダーに醤油垂らした特製ドリンク。殿曰く「歓迎ソーダ」だそーだ。……あー、俺疲れてんな。森学園長のくだらないギャグが口をついて出るというのは末期症状だと松木先輩が言っていた。

 死んだ魚のような目でぼんやりと殿を見ると、これ以上無いほど頬が緩んで非常に満足そうにしている。

 悪魔の笑みというのはこういうものだ、と殿の顔を見てこれからの学校生活に思いっきり暗雲が立ち込めた。


 殿は連絡事項だ会議だと俺を四六時中呼び出す。

 これまた生徒会の特権で、授業自体は出席扱いになるから表向き関係はないのだが、いくらなんでも私的な呼び出しは困る!

 パン買って来い、プリントをコル.先生から貰ってこい、全校集会で使う資料作るけど今から三千部コピーしてこいや……。

 俺、勉強遅れてるんすけど!

 同級生から憐憫の情が向けられ、教師からは「またか」と呆れられ、唯一の救いはその日の授業のノートが無償で借りられるくらいか。……無償とかむなしいっつの。


 後期になり、俺は生徒会長に指名された。

 何となくそうなるだろうな、と予想はしていたのでしぶしぶ受け入れる。殿に対して反発するだけ無駄であるというのはその頃充分骨身に染みついていた。

 殿の親友である松木先輩は「まあお前を信頼しているんだよ」なんてフォローされたが、降りかかる災いはそれで避けられるわけではないので複雑な表情でしか返せない。


 生徒会という組織に関わると、学園の色々な噂が耳に入る。

 眉唾なものが殆どだが、それこそ年末に起こった怪現象――伝説の『赤い糸の木』。学園七不思議のひとつとして数えられるクスノキによって殿に彼女が出来たとか……もうそれ『新・学園七不思議』でいいんじゃね? という新たなる伝説が作られた。

 その当時生徒会長宛のメールに『クスノキにぶら下がるネクタイの意味を調べて欲しい』という要望書が多々届いたので、オモチャを欲しがる殿の為に話題を投げたに過ぎなかったのだが、まさかの結果に驚きつつも――まあ、殿だからな――なんて腑に落ちるのも、俺は随分毒されてきているのかもしれない。

 その噂が大きくなり、今では『学園リクエスト♪』のなかでも一番の人気コーナーになっていたりする。

 ただ、俺はその当時から一人だけ気になるメールの主がいた。


 ――クスノキのネクタイについてkwsk

 ――その画像うp汁!

 ――他に不思議ないのかなー。きぼーん☆


 これだけ読むと随分アッチの方かと思うけど、解析から見ると同一人物で、更に俺個人について色々とメールを寄越してくる。 


 ――昨日髪切りました? 似合ってますよ。

 ――生徒集会の最後あたりgdgdでしたけど、大丈夫でしたか?


 ちょっと背中がゾクリとするものの、実害は今のところ無いので静観していたが……。

 そのメールの相手の事を考えていたら、殿が寝そべっていた机からガタリと立ち上がり叫んだ。


 「駄目だ! 暇で死ねる!」

 「是非そうしてください」

 「暇で死ぬわけないだろう、よく考えろ!」

 「じゃあ聞かないで下さい。俺いま急がし――」

 「学園の為に身を粉に働き偉いな。だが俺の楽しみのために一つ頑張れ」


 わー、俺の楽しみとかサラッといったよ。前半ほんのり喜んだ気持ちを返せ。


 「学園七不思議って、しってるか?」

 「は? まあ、多少は」

 「まあ聞けよ。この学園にはな、百五十年前から伝わる七つの不思議な現象があるんだ」

 「先日森学園長が創立三十周年とか朝礼でいってましたが」

 「細かいことは気にするな。小人が現れるとか、無いものをあるように見せるとかあるんだと」

 「へえ」

 「なんだ、興味ないのか」

 「いや実害ないし、そのままにしておけばいいんじゃないですかね」

 「妙にドライだな」

 「俺は自分が平和なのが好きなんです」

 「そこでだ」

 「急にきましたね」

 「そのレポートよろしく」

 「……は?」

 「拒否権なし。期限は三日後の生徒集会にて発表!」



 何でこんな事になったんだろう……。

 溜まりに溜まる生徒会の書類の束を胡乱な目で見つめる。これは早くやらねばならないものだが、殿の報復の方が怖い。殿に一番与えてはならない『暇』というのが危険すぎる。

 とにかく現地調査を始める事にした。

 そもそも、学園の歴史は浅い。昔からの言い伝えなんてまずありえないので、もうこうなったら放送部で言われている『新・学園七不思議』でいいんじゃないだろうか。

 まずその放送部に出向き、金沢を呼び出した――が。


 『学園七不思議……噂の方? 本気の方?』


 そう聞いてつい回れ右をしてしまった。どうやら金沢は『視える』らしく、そのせいかどうか分からないが体が弱くて早退を繰り返している。そういえばお昼の放送時によく代役(ピンチヒッター)で来てたな。金沢が依頼していたらしいが……。


 「工藤くどう結花ゆかと付き合いたいヤツは、この俺を倒してからにしろ!」

 「ちょっとパパ、またなの!? いい加減にしてよ!!」

 

 あー……。

 慣れすぎていたからスッカリ忘れていたけれど、この『俺』というのは放送部顧問兼ボクシング部顧問の工藤先生だった。だった、というのは今現在絶賛入院中で、なぜか……なぜか、幽体離脱して現れるというとんでもない現実があった。

 そしてその娘である工藤結花は、毎度放送室に怒鳴り込むのだ。入院先での先生は心拍数が落ちて家族に連絡が行き、あわやという事が最初の頃はよくあったらしい。周りに迷惑をかける為やめるよう娘が言った所で、やめる工藤先生ではないのだが。

 入学当初はぶっ飛んだものの、慣れって怖い。むしろ代役楽しみにしているという日常になっている。父親の放送を聞く度、血相を変えて校舎を走る学校一美少女の娘に声援が飛ぶほど、ある種の風物詩だ。


 ……うん、これ七不思議に加えていいよな?


 * 赤い糸の木

 * 放送部幽体放送

 

 まずはこの二つ、確定。あとは……?


 「アイヤー! 丁度いいアル! 丹羽君、英語準備室からマッチョ……じゃなくてノートを、その筋張った腕とゴツゴツした大きな手で持って行って欲しいアルネー」


 実は日本語流暢だろコル.先生……。大体マッチョって言いかけたのは何だ。一つもかぶらないぞ。しかしその程度ではある程度耐性があるので流し、準備室に行って目的のノートを手に取る。

 ……ああ、ここもあったな。

 明らかに色の違う壁。俺は『小人の仕事部屋』と呼んでいるが、某風紀委員が遅刻癖のある幼馴染を陰ながら支える為にコル.先生に袖の下という名の萌え画像を渡して作り上げた小さい部屋があるのだ。

 涙ぐましい努力が実を結んだのかどうかは分からないが、これもある意味七不思議か?


 * 英語準備室・小人の仕事部屋


 メモ帳を取り出して三つめを書き加えた。

 その時ふと思い出した。そうか、用務員室も――?

 校舎一階の端にある用務員室は、一見普通の外観だが、電子鍵が納まっているのがまずおかしい。更にこれはトラップが仕掛けられており……いやもう色々常識外だ。

 日夜、畜産科の怪盗部との静かなる攻防が繰り広げられており、いつしかそれは代々受け継がれるものとなっていたようだ。用務員の有働さんも、むしろそれを楽しんでいる節がある。ていうか有働さんとは何者だ。中に入った勇者によればそれこそキッチンスタジアムが整然と並び、業務用冷蔵庫には世界中の食材が所狭しと並べられているらしい。一体なんの為に……?


 * スーパー用務員がいる件


  それから期限の日まで、チョコチョコと調べたお陰で六つまで調べがついた。

 メールの主、実は今では携帯から直接やり取りをするようになったのだが、その相手が残り二つのヒントをくれたお陰でもある。


 * 尾野先生の胸

 * 職員用トイレの開かずの間


 尾野先生については、殿が知っていた。

 それについて訪ねたら、珍しくも青ざめた表情で激しく動揺を見せた。


 「バカやめろっ! 確かに尾野先生のあれは、本当はペ……だが触れるな! ピンクの槍持って追い掛け回されるぞ! みんな、貧にゅ……、ゴフン、抉れム……ゲフン、知っているがわざと黙っているのだ!」


 やたらと周囲を気にして小声で捲くし立てたが……まあつまりそう言うことか。

 生徒会執行部では周知の事実だが、殿の親友松木先輩の彼女は尾野先生の娘である。遺伝しなくて良かったねと生ぬるい空気が起こるのはその怪現象のせいかと思われる。つまり偽チ……


 ヒュッ


 ガスッ!


 「……」


 「……」


 俺と殿が向かい合う僅かな隙間に、ピンクの槍が壁に突き刺さった。

 ……どこからでもそれについての会話、更に思考すら拾うとは。

 七不思議のひとつに加えよう。


 

 開かずのトイレ。

 こ、これは……。


 俺はその職員用トイレへ向かったが、確かに最奥の個室が閉まっている。たまにブツブツと小声が聞こえてくるような気がして、より一層不気味さが増す。

 恐怖に囚われそうになるが、原因解明の為近づこうとしたら、そこに用務員の有働さんがやってきた。


 「あー、奥? 確かにそんな噂もあるな。ところだどっこい、あれは森学園長だ」


 ところだどっこい……?

 誤字の神でもあるが、噛むのも神だ。よくあることなので生ぬるくスルーするのがエチケット。

 有働さんが言うには、森学園長はプレッシャーに感じることがあると胃腸にくるらしい。そしてトイレに篭ることになる、と。

 ……アッサリ解決してしまったが、学園長の名誉の為に七不思議に追加しよう。ヅラを無くし只今スペアを使用中だとか、『万年筆をつかいまんねんがいいかなぁ……ププッ』というクソ面白くないギャグを、卒業時の挨拶に代えようと本気で思ってそうな所とか、名誉の為に……。ゴクリ。


 


 「おー、集まったな」 

 

 ようやく七不思議の内六つを集めた所で殿に献上する。

 生徒会室ではなく、三年八組の殿のクラスに昼休み訪れたのだ。周りには殿の悪友である面々が連なる。松木先輩の彼女の尾野歌歩も昼の弁当をつつくグループに、ちょこんと座っていた。

 少し前、この虫も殺さないように見えるこの彼女に『彼女アリ』とばらされて、相当殿を含む先輩方に締められたのはかなりキツかった。


 「最後の七つ目はどうした?」

 「あ、それは身内ネタだからまた後日に」


 俺と殿が話す間も、非リア充と言って憚らない、むしろ憚れよという佐々木先輩と水戸先輩が叫ぶ。

 

 「ていうか風紀委員のあいつも彼女できたよな! 遅刻常習者を監視するとかなんとか、こっそりストーカーしてて……」

 「くそ、畜産科の怪盗部に頼むか! 『君のハートを盗んでくれ』とな!」


 ワーワーと騒ぐ中、この七不思議を新入生歓迎の為に活用したらどうだろうという話になった。

 濃い面々に触れれば、あっという間に学園の雰囲気に染まれるだろう。ある程度の洗礼は必要とみて、これらをスタンプラリーとして組み込む事にした。


 「こんにちは! 昼放送の時間です! 四限に水曜担当の金沢くんがまたまた早退したため、原稿が手元にない恒例の代役ピンチヒッターでお送りいたします!」


 昼の放送、『学園リクエスト♪』が始まった。工藤先生の幽体が軽快な口調でDJ風に決めてきた。曲の合間合間に時事ネタを組み込んだり、殿の彼女についてチラリとこぼしたり。

 入院先が同じな為、ちょいちょいと見かけるらしい。殿をと見ると、苦虫を噛み潰したような表情をみせている。

 そして最後に、こう締めくくるのだ。


 「工藤くどう結花ゆかと付き合いたいヤツは、この俺を倒してからにしろ!」


 このままいつものように終わるんだな、と思ったら、違った。

 ガタタ、バターンと音がして、「パパッ!」と怒鳴り声が聞こえた。


 ――あ、この声は。


 「今度という今度は許さないわよっ!」


 「な、なに結花? なんぞ……」


 「工藤くどう結花ゆかと付き合いたいヤツは、この俺を倒してからにしろ! ……つまり、私が倒しても構わないってことよね、パパ?」


 「へ?」


 「丹羽君、お父さんやっつけるから待っててね!」


 待っててね! 

 待っ……!

 ま……!


 ……。


 シーンとした教室内の緊張感が肌に刺さる。

 そろり、と足を忍ばせ教室を出ようとした……しかしまわりこまれてしまった!


 「に~わ~く~~~ん」

 「どういう事か、聞かせてもらおうか」

 「学園一美少女と、どういう関係かい?」


 どうもこうも……。

 生徒会への要望メールからメル友になり、そこからお付き合いを始めただけの清い関係だけど、ボクシング部顧問の工藤先生怖いし、先輩達怖いし、三年になってから徐々に表に出そうと思っていた関係だ。

 結花は、恥ずかしがり屋で面と向かうと黙ってしまうが、メールや某掲示板だと饒舌になる。とても可愛いので大事にしておきたかったが、実際はオープンにしたがった結花の方がじれて、とうとう父親を倒す宣言をしてしまった。

 

 もちろんそんなことは目の前の猛獣に言える訳が無い。

 じりじりと迫る包囲網。ニコニコと見守る松木先輩と歌歩ちゃん。そして遥かな高みから、あの恐ろしい笑みで見下ろす殿。ああ、なんて嬉しそうなんだ――。


 

 そんな妄想学園の日常。

 新入学生募集中。




 




 

 





 

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