トリップ
新幹線に乗るのは久しぶりだった。もう中学の修学旅行で京都に行った時以来だろうか?普通車の窓際には西瓜が座っている。彼女の視線の先には東北らしい緑豊かな田園風景が広がっていて、新たな田園がやって来ては通り過ぎてを絶えずくり返していた。列車はいよいよ福島を抜けて仙台の手前辺りまで来ていた。
僕は改めて列車の旅が好きだと思った。何に思いを馳せることもなく、ただのんびりと過ぎ行く風景を眺めるこの時が永遠に続くことすら祈った。だが僕達を乗せた列車は進み続ける。時速275km/hで北の大地北海道と、僕らの新たなる日常に向かって。
仙台で新青森行きのはやてに乗り換えた。充当されていたのはなんと最新鋭のE5系で、僕らはその9号車に乗った。その時下り方面先頭の10号車、つまりグランクラス(スーパーグリーン車)の車両に入ってゆく2つのシルエットを見たのが印象的だった。というのも二人ともまだ若い男女で、下手をすると僕らと同い年くらいなのにもかかわらずスーパーグリーン車を使うなんてどんな身分だろうと思ったのが第一、二人の横顔がどこか現実というか現代離れしていて、洗練された近未来の都市の住人を彷彿とさせるくらいに整った目鼻立ちであったのが第二の理由である。彼らの顔をもう少し拝みたかったがそれは号車の違いによって叶わなかった。彼らがスーパーグリーン車を使ったという事実が彼らの存在をより一層際立てた。
「ねえ、見た?」
僕は西瓜に問うた。
「グランクラスに入った二人でしょ?」
「そうそう。」
彼女も気づく程に彼らは特異な存在として目立っていたということだ。そもそも彼女は元からそういったことに関しては目敏い。
「でも何かな…。」
「身の丈を知れと言いたい?」
「いや、そうじゃなくてなんか嫌な予感。」
「嫌な予感?」
間抜けなオウム返しが思わず漏れる。
「そう、なんか上手くは言えないけれど不吉の予兆みたいなものを感じたの。」
「何だって?嫌だなあ、もう。」
突然西瓜は何を言い出すんだろう。後ろの座席からは光貴と元輔が将棋を指す声が聞こえてくる。光貴が銀で攻め、さらに飛車を敵陣でならせて元輔を上手く攻めているらしい。
「光貴、少し手加減しろよ」
「生憎手加減というものが出来る程に上手くないからねぇ。」
「何だよお前、嫌みだなぁ。」
「いづれにしてもあと八手ぐらいで詰むよ。」
「なにぃ~。」
光貴は何故か将棋が強い。けれど、将棋クラブに通ってたとかいうのは無いみたいで、家族でよく将棋を指してそこから培ったとは本人曰く。けれど彼は家族にはいつも負かされているというから彼の家族は一体どのくらい強いんだか。しかし、彼らには何か得意なこと、誇れることがあって羨ましい。自分には得意なこと、誇れることが何も見当たらないことに気づく。それどころか、妹の方がしっかりしていて、優柔で何も出来ない自分が尚更駄目に思えて落ち込む毎日。有りっ丈の空虚を抱いて日常を惰性に任せるだけの非生産的日々。
「僕も他のみんなみたいになれたらなぁ…。」
「いきなりどうした?」
「いや、何でも。」
突然、得体の知れぬ胸騒ぎが空虚感の横を高速で通過した。先刻の西瓜の嫌な予感とは一体何だろう?いつもなら考えるのも馬鹿馬鹿しいと思えるが、疲れているせいだろうか。今の自分には何故か、理屈で説得させることが出来ない。見えない何かが襲ってくる。そんなメッセージを携えた警鐘が胸の奥で不吉に轟く。或いは、それはもうすぐそこまで迫っている・・・・・。