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事の発端

指定された時刻通り駅のコンコースへと歩を進める。最早踵は返せない事態になってしまったのは樟葉くずはのやってくれたうっかりが発端だがいっそのこと背水の陣で行けば何とかなると腹を括るしかない。寧ろこれは日頃から優柔不断な性を見咎めた神様からの天啓てんけいかもしれない。隣を歩く西瓜は終始無言の表情。現在最も彼女に近しいはずの自分だが、物理的な意味を必ずしも実質に反映しない。元々人の感情の機微に鈍感なせいもあるが、それは会話というタイムリーな場において特に顕著であるなどと自己分析したところで埒が明くこともない。目的地へ辿り着くと案の定そこには光貴以外誰もいない。


「やあ、お早う。」


普段から真面目な彼。挨拶もいつもと変わらず清々しい。


「んで、例の問題児は何処だ?」


慎みの無い言葉に西瓜が睨んでくるが構わずに続ける。


「今トイレだけど。」


なんだ、あいつもう来ていたのか。というか問題児と言ったことに反駁はんばくしない辺り光貴も無意識にそう認めているのだろうか。


「優柔不断の甲斐性無しよりはよっぽどマシだと思うけどね。」


西瓜に痛いところを突かれた。


「どうせ今回彼がこんな事態に導いてくれなかったら例によってエスケイプしてたでしょうに・・・。」


彼女に図星をさされて思わず言葉に詰まる。と同時にそこまで小心者と評価されていた自分が恐しくなった。さらにそこであることに気づく。まさか・・・・。


「やあ、悪い悪い。待たせたな。」

「おう、樟葉。2人ともちょうど来たところだよ。」


そのまさかを問い質そうとしていたところにタイミング悪く樟葉が現れる。畜生、一回休みだ。


「それじゃあ行こうか、お兄ちゃん。」

「毎回ながら思うが彼方、同世代の女の子にお兄ちゃん呼ばわりされるなんて羨ましいことこの上無いわなぁ。」


樟葉は自分たちの実情をこのメンバーの中で一番知らない。恐らく同居しているということも。どこまでも恵まれない境遇にいる西瓜に対して自分は確かに誰よりも同情しているが、男女間で生じる思慕所謂恋愛感情は皆無だ。またそれとは無関係ではあるが一方でしたたかで器用な妹でもある。

一行は新幹線ホームへの改札をくぐった。


「さあ、これで後戻りは出来ないわね。」


西瓜が不敵な笑みでそう呟いた。


「これで私もゲームに参加出来るって訳ね。」

「ゲーム?」


西瓜の謎めいた言葉に反応したのは光貴だ。


「なに、ただの独り言。欲しいゲームをオンラインで予約したからちょっと浮足立っちゃって。」


西瓜はしれっとそう言い放った。


「ああ、そういうことね。んで、どんなゲーム?」


樟葉が早速喰いついてきた。


「ちょっとマニアックでヒクかもしれないからナイショ。」

「へぇ~、これから旅行でもゲームが待ち遠しいのかぁ。」


そう言ったのは光貴である。一見何気ないやり取りだが何か引っ掛かる。光貴が今まさに言ったその言葉によってその思いがより強調された。だが何となくそれを言うのも憚られたので言葉を飲み込んだ。


「てか俺の質問ガチでスルー??酷くない!?俺だってffとかモンハンとかやるってのに・・・・。」


喧しく抗議する樟葉と不思議そうな光貴を背後に所定の車両へと一足先に歩を進める。彼方は列車乗り換え等の誘導担当なのでそうしているのだが、西瓜がポンと肩を叩いて唐突に言った。


「君の無意識にはイキタイって反応があるよね・・・・・。」


耳元で後の2人には聞こえないくらいの小さな声でそう囁いた。

思わずゾッとせずにはいられなかった。


「って、何おびえてるのお兄ちゃん。からかってるんだよ、わからないかお主。」

「わ、わかるわそれぐらいアホウ。たくぅ、最近ますますふてぶてしくなりやがってもう。」


直前の囁きが嘘のようにあっけらかんと言い放ったが、それがかえって不吉なことに思えた。

旅行に不吉などという単語はそぐわない等と考えながら彼方は切実にそう思った。


*****


目的の部屋に入るとそこには2人の男が座していた。部屋は思った程に広くなく、寧ろ狭い。足長で角ばったシンプルでエレガントなガラステーブルの向かい側右に座る男は爽やかで、しかしその眼孔は鋭くどこか威厳のある精悍な顔つきをしていた。

対して左側の男は威厳というよりも威圧的な雰囲気が勝っていて、体格も良く厳つい印象を与えた。


「指令そして部長、長らくお待たせして誠に申し訳ございません。」


長瀬が部屋に入るや否や畏まった第一声を発しながら深くお辞儀をする。隣の手塚はきょとんとしていたが、長瀬の手で無理やり背を折られて彼女もお辞儀をする。見ているこちらが恥ずかしくなりそうだ。


「仕事は抜かりなく速やかにな。」


厳つい方の男が言った。


「はい。」


2人は今度は声をそろえて返事をした。そして長瀬は俺達の方に手を差し伸べて、


「こちらが例のリストの者です。連れて参りました。」


と言った。リストという言葉が妙に仰々しい。


「かねてより本案件の担当責任者を抜擢する者である、とりあえずすわりたまえ。」


左側の男がこちらに向き直って言ったので、俺と成島は一礼し、手前にある椅子に腰かける。


「私が宇都宮の人事担当部長、相良さがらと申す。同じく本支部の指令、咲島優一だ。」


その名前を聞いた瞬間俺は思わず跳び上がりそうになったがあわてて我に返る。

咲島優一といえば現在の日本国民なら誰もが知る咲島技研の得宗的存在で、咲島家直系の幹部代表に当たる。そんなとんでもなくお偉いさんが今この目の前にいるなど何かの間違いだと疑わない方がおかしい。


「咲島本部指令が宇都宮支部を管轄するなんておこがましいにも程がありますよ。」


成島が真っ当なことを言ったがそれはこの際言うべきことではない

案の定言葉を慎むことを知らぬかねと言わんばかりの形相で男は成島をギロリと睨む。その有無を言わさぬ圧力にこちらまでもがヒヤリとした。やむを得ず自ら会話を取り成す。


「これはその、つまり、どういうことですか?」


言葉を慎重に選びながら、というより出し惜しみしながら成島と同じ疑問について尋ねる。


気づけば部屋の向こうにある給水室から手塚が思い出したようにお茶を持ってきた。

テーブルの上にぎこちなく置かれたそのお茶に誰も手を付けようとはしない。

長瀬はというと、背後にある扉の脇に身構えて動かない。こちらとしては完全に身動きが取れない状況だ。


「各質問等には最後に応答する。その前に先ず本案件に関する趣旨と任務についての説明にあたる。」

「部長、少々お待ちください。彼らの質問から答えても特に差し障りは無いでしょう。」


そこで初めて口を開いたのは右に座していた指令こと咲島優一である。


「現在本国には20才男女成人から35才までの何れかの期間に2年の兵役義務があるのは周知の通りだろう。」


優一がこちらに向き直って言う。


「しかしその中のごく僅か、政府は今年から例外を新たに設けた。それが本案件に携わる精神破壊者サイコバスターの指名で、彼らは全国の中から一定数指名される。指名を受けた者は兵役を免除されて、代わりにその特殊プログラムを遂行する。」


成島が固唾を飲む。俺も緊張で全身が固まる。相良が後に付け加える。


「任期は同じだが情報は当事者にしか開示されない。咲島技研と政府との間にはプログラム概要の秘匿を死守する協定が既に整っている。」

「しかし、そんな重要な任務に我々が携わるのは何故ですか?」


相良が躊躇して優一の方を向いたが、優一は頷いた。話しても良いという意味らしい。


「君はカウンセラーだね?」

「そ、そうですが・・・。」

「ならばこれから話すことについても是非中立的な姿勢で望んで欲しい。」


心理カウンセラーとは人の心を臨床的に扱いケアする職業であるが、その基本理念として絶対に欠かせないのが「客観性」や「中立性」といった要素であることは既に知っている。余程揺れやすい話なのだろうか。


「心のケアに携わる者の資質を総動員して精神ソウル破壊ブロックするプロジェクトに是非協力してくれないか?」

「それはどういう・・・・」


言い終えた刹那、ガタリと音がした。振り向くとそこには小型の鉈を片手に血眼が走った手塚の姿があった。


百聞は一見に如かず。気付いた時には左頬のすぐ横を刃が霞めているのを反射的にかわしていた。計略に掛けられたかと一瞬思った時だった。


「おっと、おどかしてすまない。」


手塚をもう一度見ると手には何も持っていなくて、表情も元に戻っていた。


「今手塚君にやってもらったものが精神撹乱実体化装置のごく初歩的なものだ。」

「精神撹乱実体化装置!?」


初めて聴く言葉に思わず2人の言葉がそろう。ごく初歩的と言ったがそのリアルさはとんでもない。


「仕組みは至ってシンプル。対象の脳内にあるグルタミン酸受容体に干渉し、瞬間的に幻覚を見させるという訳だ。」


なる程。この仕組みが<夢中の陰剣>のメカニズムに関連しているという訳だ。しかし、先日つくばで起きた事件では管内のシステムがハックされ、人が切り刻まれた。


「夢中の陰剣はこれをさらに発展させたものだ。撹乱だけではなく幻覚を実体化させてしまうという恐しい機能が付いている。な、手塚君。」

「は、はい指令。」


先程の手塚の幻覚からは想像出来ない程におどおどした返事だ。


「実体化というのは個人差がある。今君に見えたものは何だったか?」

「小型の鉈です。」

「後ろの君はどうだった?」


今度は成島への確認だ。


「料理包丁なのでほぼ同じです。」


言い終えた指令は部長と顔を見合わせて頷いた。どうやら合格ということらしい。


「そのくらいの耐性があれば2人とも申し分無い。人によっては大型の鎌や矛、日本刀等が見える人もいるからな。」

「おかしいですねぇ、私はちゃんと日本刀をイメージしたのですが。」


手塚が残念そうに呟いた。相良は苦笑しながら


「逆におまえはまだまだ訓練が必要だな。」


とからかうようにいった。


「ともかくまあ、攻撃する者と受ける者の技や素質で相手に攻撃したり、攻撃を回避したり出来る訳だ。君達には素質がある。だから我々が目を付けて採用に至ったという訳だ。無論君達にはこれからトレーニングを積んでもらうがな。」


相良は上機嫌そうに言ったが、こちらとしてはまだまだ疑問が絶えない。


「それだったら研究員で人選すれば良かったじゃないですか。意味がわかりません。」

「夢中の陰剣を取り返すだけが目的だったら我々もそうしただろう。現に特殊部隊を編成しているからな。しかし悪いことにもう一つの懸案が浮上した。」

「そのもう一つとは?」


成島が隣で納得したような顔をしている。何故そんな先読み出来るのか?


蓬莱ほうらいから招かれし使徒の身柄を安全に確保することだ。」


そこで俺もやっと気づいた。蓬莱とは今では一般に過去の世界等を意味するやや古典的な言葉だ。JAXAがつい最近九州と本州を結ぶ日本初の海底トンネルである関門トンネル内に原因不明のワームホールを発見し、話題になっていたが何者かが投下した爆雷によって破壊され、塞がれた。それと同時に今度は世界一の長さを誇る青森県と北海道を結ぶ海底トンネルである青函トンネルのちょうど真ん中にあたる地点で関門トンネルの時と同様のワームホールが出現した。現在青函トンネルの役目は海上ブリッジの青函ブリッジに切り変わっており、営業用としては使用されていない。一般人は誰も入れない筈だが、それを目に付けた未詳組織がまた爆弾を投下しかねないということで、咲島技研としてはその最悪な事態を避けたいとのことだ。


「つくば技研の被害が無ければ恐らく人手に困らなかっただろうが・・・・・。何しろあそこに全10支部のうち全体の5割以上がいて、その殆どが失われた。」


相良が苦い顔をする。負傷者の中に知り合いもたくさんいたことだろう。指令の優一が続ける。


「まあともかく、『北の防人』とでも呼ぼうか。こちらの方がプロジェクトとしてはリスクが高く、僕が指揮をとらざるを得ないんだよ。」

「はぁ・・・・・。」

「尤も研究員がやればリスクは寧ろこちらの方が少ないが、生憎<夢中の陰剣>を巡る戦線に全員投入せざるを得なくなった。<夢中の陰剣>を取り戻す為にはそれ程高度な技量が要求されるしかなり手強い。」


優一がその端正な顔を険しい色に染める。指令としてもかなりの圧力を感じるのは至極当然であろう。ともあれ、やっと事の全貌が見えてきた。その後の優一の話によると、長瀬は<夢中の陰剣>奪還プロジェクトの最右翼として指揮に当たるという。彼女は指令を差し置いてそんな僭越せんえつなことは出来ないと固辞したが、余程有能と見ているのだろう、彼はそれでも指揮にあたれと言ったそうだ。それに戦線においてはその指揮も大切だが特殊部隊の研究員の技量の方がはるかに重要で、その点は信頼しているという判断もあったようだ。


「研究員成功した暁には咲島技研の正規研究員として採用するというオプション付きだが、どうだ?」


我に返ると相良が俺たちに問うてきた。このプロジェクトがどれ程難しいものなのか想像がつかないが、成功した暁につづく美味しい言葉につい釣られてしまった。


「喜んでお引き受けします。」

「おい津村、悪い冗談じゃないだろ??」


今の自分はひょっとしたら正気ではない。だが成島の制止を振り切って気がついたら紙に署名していた。


「今断ったところでどうせ兵役が来るんだ。今やるべきことやった方が後々スッキリすると思ってな。」

「・・・・・それもそうだな。」


成島も納得したようでやっと紙に署名したようだ。


「これで後戻りは許されんぞ。」


相良が野太い声音で荘厳に言い放った。


「しかし、君達には絶対後悔させないように善処する。だから諸君も是非頑張ってくれ。」


そう言ったのは優一だった。今頃気づいたが、指令である咲島優一は本当に指令なのかと思うぐらいにおひとよしだ。とにもかくにもこういう訳で俺たちは指令の命名した『北の防人』に駆り出されることになった。


to be continued・・・・・・・

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