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出発の前

翌朝目が覚める。心なしか体が重い。やはり昨日のことが引っ掛かっているのかと自分で思う。父に叱られたこと、それから留萌が聞いたという母の言葉。昨日行くと心に決めたにもかかわらず、今日になってみるとやはり気持ちが揺れ動いた。しかし今度はまた別の理由によるものだ。親から待遇を差別されている留萌と自分が一緒に行くと言ったら留萌が嫌がらないだろうか?勿論相手に直接聞くことなんて出来ない。結局は自分の判断に頼るしかない。だがOKを出してしまった以上また断るのも正直気後れする。現に彼からの返信がこう語っていた。


「なんだ、結局来るのか。まあその方がいい。留萌が来るのにあれ?と思ったけど。樟葉からはまだ連絡が来ない。4人か3人で少ないけど、明日後の17日午前6時に宇都宮駅集合。では。」


留萌は相変わらず拗ねているのか自室にこもりっぱなしのようだった。この状態はあまりよろしくないと、二階に上がり彼女のいる部屋をノックしてみる。案の定反応は無かった。少々憚られたが仕方なくドアを開けてみた。あれ?いなかった。いつの間に出かけたのやら。恐らくまた中学の友達と何処かへ行っているのだろう。机の上には黒い表紙の小冊子が置かれている。義妹の部屋には普段入らない。しかしその小冊子が何なのか気になったのでいつの間にか入っていた。机上のそれを手にとる。ページをめくると、それが家族写真のアルバムであることがわかった。勝手にこんなものを見たら怒られるだろうと気が咎めたが、彼女の幼き日の写真に思わず目が釘付けになってしまった。普段見慣れたアイツだが、昔はこんなんだったのだと。そして、今は亡き家族達に囲まれてニッコリと幸せそうに笑う彼女が何とも微笑ましかったと慈母でもあるまいが。

留萌西瓜。彼女は10才の頃、両親と兄を交通事故で亡くした。当時骨折していた兄が無事退院することになり、彼を両親が迎えに行った矢先のことであるという。彼女はその時ピアノの発表会だった為に両親と一緒に病院に行けなかった。両親が兄を迎えに行った後、その足で3人そろって彼女の発表を見に行く手筈となっていたのだ。彼女はとても張りきっていた。兄の退院祝いと題して自らの晴れ舞台を家族に見せる・・・・。そんなつもりで会場に控えていたのだ。しかしずっと心待ちにしていたその時は永遠に訪れることはなかった。病院から会場へ一本の電話が届いた。それは不幸の報せだった。交差点で大型トラックに撥ねられた車が大破したというのだ。即死だったという。あまりの突然でショックな出来事に彼女はその場で卒倒してしまったらしい。身寄りの無い彼女は程なくして児童相談所へ預けられた。そこでの生活は非常に窮屈なものだったらしいが、本人はあまりそのことを話さない。しかし、どうやら職員からの虐待を受けていたらしかった。それに見かねたある人が全国里親の会を通して彼女を里親つまり、現在の彼方の両親に託し、今に至る。

申し出たのは父だったという。母は最初自分の家で養っていく自信は無いし、増して難しい年頃の子だからと反対していたが父の粘り強い説得で渋々承諾した。父は何故そこまでして留萌を引き取ったのか?一見すると変な誤解を抱く。しかし実際のところは今だに謎であった。

彼女が帰ってきたのは夕方5時。スーパー袋を両手に下げていた。


「お帰り」

「ただいま」

「気分は晴れたかい?」


返事は無い。藪蛇だっただろうか?何か気の利いた言葉は無いだろうかとやたらと逡巡している自分に気づく。

部屋の中は暫くの間沈黙によってのみ支配されていた。いや、実際の時間はもう少し短かったに違いない。

気分の重さが時間に架空の質量を産み出し、体の何処かにある時計が刻む時の歯車に重しをかけているという妄想すら抱いた。

張りつめた空気。質量はついに空間にも達した。


「結局どうするつもりなんだ?」


その場の雰囲気に耐えられなくなって出鱈目に口火を切った。


「この期に及んで私に判断を委ねる訳?あんたって本当に無責任で愚図よね。」


言わずもがななことを言ってしまったと気づいたに時は既に遅い。こうなってしまったならもう行かない。そうするしか方法はないだろう。


「まさか今、じゃあ行くの辞めようかとか言おうとしてないよね?」

「え?」


心の中を見透かされたような言葉に思わずギョッとする。留萌は昔からこういうことに関しては鋭い。同時に意外すぎる言葉の展開に少し戸惑う。自分の中ではもう留萌は北海道に行きたくないものだと決めつけていた。


「ほら、やっぱり図星ね。ちなみに私の中ではもう答えは決まってるんだ。」

「決まってるって、まさか・・・・。」

「そう、そのまさか!私はお兄ちゃんと北海道へ行く!!」


昨日までショックで萎れていた留萌の面影は何処へやら、微塵も見当たらなかった。揺るぎないそのまなこが訴えているのは本気と書いてマジと読む例のアレだ。だが、ここで一つ疑問が浮上する。


「でも思うんだが、そうするとお前は俺達の親の思惑に乗るってことにならないか。」


留萌から聞いた話で知る限り、少なくとも母親の方は留萌を札幌にいる親戚に里親に引きとってもらいたいのだ。要するに彼女が北海道に行くということはとりもなおさず母親の意向に承諾した態度をとるということを意味する。


「乗らないようにすればいいじゃない?」


ーーーーー乗らないようにすること・・・・・。行ったっきり自分で向こうで暮らすという意味だろうか。ならば話は違ってくるのだが。


「向こうで独り暮しとか、無謀を通り越して愚かな。」


留萌の楽観的な様にほとほと呆れた。あまりのショックで頭がおかしくなったか?


「まさか独りで尻尾巻いて逃げるだなんて、カッコ悪い。2人暮しすればいいことじゃない。」


そうじゃないだろ。ああいえばこういうの典型例といったところだ。


「でもそしたら俺まで親に勘当されるし、高校の転入試験も受けなきゃいけなくて面倒なことこの上ないよ。」

「さっきから親が親がって鬱陶しいわね!!私なんてもう勘当されたも同然なんだからね。」


留萌は不機嫌そうに尚も続ける。


「そりゃ私だってそれなりのリスクを覚悟してるよ。でもこの際かけてみることにした。いや、かけじゃない。これは本気。」


そう畳みかけられた彼方は完全にその場の雰囲気に気圧された体である。確かに自分の立場は留萌とは違う。自分はまだ彼女と違って親に面倒を見てもらえる。だが、罪も無い留萌を訳もわからずいきなり引き離すような親に尻拭いしてもらうというのも実に虫が良く寝覚めの悪い話である。ここに居残るということはつまり自分まで彼女を裏切るということになり、彼女のことを誰よりも不憫に思う自分にとってはどうしても避けたい事態であった。しかし、正直なところ2人だけで、しかも全く馴染みの無い土地で生活する自信はまだ全くといっていい程無かった。それ故受け答えも必然的に曖昧なものになる。


「言いたいことはわかるよ。わかるんだけど、ちょっと考えさせておくれ・・・・。」

「何よ、煮え切らないわね。」


留萌は自分なんかよりよっぽど肝が据わっている。と言うよりも寧ろ器用なのだ。中学まで部活と勉強を両立している上に成績だって彼方よりも優秀だし、ある程度自分に自信があるのだろう。それに比べて彼方は何をやるにつけても不器用だ。特に時間の管理が大の苦手で毎日の生活は不規則だし、提出物が間に合わなかったなどといったことは日常茶飯事である。しかし、考えてみれば大学に行ったらどうせ自分も独り暮しをしなければならない。不器用などと言い訳は通用しない。遅いか早いか。善は急げという言葉の表すように、遅いよりかは早いほうがいいという二元論はこのケースに当てはまるだろうか。いや、当て嵌める。・・・・・でないとヒモまっしぐらだろうがという自分の内心の突っ込みに寒気がするが、ここは敢えて平常心を装うように努める。


「ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、・・・・。」


内心の動揺を代わりに表現しているような皮肉なバイブレーター音に内心舌打ちした。


「樟葉だと?」


メールはたいてい光貴から来るので、どうせ行けるか行けないかの連絡だろうと安直に構えたのが間違いだった。


「ん!?結局こいつも行くのかよ!しかも『切符はもう全員分買ったから当日金用意しろ』・・・・・・・・・っておい、早まるなよ!!俺にはまだ猶予があった筈だぞ!?」


居間のソファーで本を読もうとした留萌がしかめっ面になる。


「お兄ちゃん声でかい。それに今更辞退するなんて私許さないからね!!」


横目でジロリと睨まれて不意にすくみあがる。ステータス的には恐らく自分の方が弟なのではないか。

とにもかくにもこんな経緯を経て北海道へ行くということが決まった。決まったとわかった瞬間の自分の顔は恐らく半分泣いていただろう。


*****


成島に背中を押さながらビルの中に入ると、中は表とは対照的に閑散としていた。グレーを基調としたエクステリアは落ちついていて、タイルではなくマッドレスを敷きつめた床はどこか観光ホテルのフロントを彷彿とさせる。中央には和とモダンを掛け合わせたような洒落た中庭まであるのに、なぜか照明が点いていない。全国に支部を10以上も抱えている大手組織とはいえ、一体何処からこんな金が湧いてくるのだろうか?と、目の前の先の方に自動改札口のようなものがあることに気づく。


「おい、ひょっとしてあれか?」


隣にいる成島へ目配せをするが、彼の表情も何処か訝しげだ。


「恐らくそうだろうが、何だよこのふざけた待遇は。案内人の1人や2人いてもいいだろう。」


彼の意見は真っ当である。いくら日曜が休業だからとはいえ、人気も無ければ電気もついていないなどどう考えてみてもおかしい。


「踵を返すか?」

「せっかくここまで来たからまあ行ってやろうじゃないか。」


相方は一応のところ進むらしい。そうしようと返事が着たら彼もろともしらばっくれて、後に連絡があったら誰も居なかったのでと言い訳をすればいいと思ったのだが、案外と成島は真面目というか、好奇心で動いている。


「んで、こいつをスライドさせると」


案の定ゲートが開いた。先に進めという意味らしい。そう言われましてもどちらへ行けば、と考えあぐねいていると、相方がカードを通すのに手こずっているのに気がついた。


「こういう時に何ドジってるんだよ、勘弁してくれ。」

「ドジじゃない。カードキーエラーの為通り抜け出来ませんとか表示されてる。」


確かに成島がドジるなんてあまり無いよなぁと冷静に考えつつ、後ろからは案内人と思しき女性がノコノコとやってきた。


「あの、遅れてしまって大変申し訳ございません。案内人の手塚結衣てつかゆいと申します。」


ここに入ってまだ間もないのだろうか、挨拶がどこかぎこちない。


「自己紹介はいいからはやく中へ入れてくれ。」


成島がそう叫ぶと彼女はいそいそと執り成した。


「ああ、申し訳ございません。恐らくカードの情報入力操査ミスです。今すぐ新しいものを持ってきます。」


出だしからこんな調子でなにやら頼り無い。


20分以上が過ぎた頃だろうか?彼女はようやく情報を入れ替えたカードを手にこちらへ戻ってきた。


「申し訳ございません。永らくお待たせ致しました。」

「あ、いいのいいの気にしないで。」


成島が気を利かせて言う。


「しっかし、手塚結衣って尻かきたくなる名前だよな」


思ったことをすぐ口に出してしまう成島の悪癖がついに現れた。


「コラッ!!人前で何言うかこのセクハラ藪医者!!」

「だっておまえだって心ん中では同じこと思ってただろ」

「平気ですよ全然。小さい頃からしょっちゅうからかわれていたので。なんなら貴方のお尻でもかきましょうか?」


初対面の男にこんなこと言われてよくもまあ動じないどころか冗談を返してくるなんてこの人のメンタリティーはどうなっているのかと呆れるというより疑問に思う。からかわれる過程でこうなったのか、それとも生来からこうだったのか。成島の方を振り向く。ふむ、顔は二枚目までとはいかないものの、端正であることは確かに認める。但し性格は限りなく終わっているが・・・・。


「なんなら僕と結婚してその名前変えちゃいません!?」


はぁーーーーーーーーーーーーっ、、、、。いきなり何を言い出すマジでこいつの終わり様は毎回想像を絶するという有難くも無い寧ろ迷惑な約束を裏切らない。もうこれ以上一緒に居て恥ずかしい思いをさせないでと懇願したところで奴には届かないだろう。調子に乗った彼を最早誰も止めることはできない。


「あのぉ、誠に恐縮なんですがぁ、コイツを叱った俺の立場はどうしてくれるんですか?」

「ああ、つい調子に乗ってしまいました申し訳ございません」


ああ、じゃないだろうがという言葉を飲み込んで、素直に謝ったから許すことにした。


「でもさ、そのカードキー渡してくれないと僕は君の元へ行けないよ?」

「だからお前はすぐそうやって他人に色気を遣うの辞めろって何回言ったらわかるんだよぉ!!」


俺は心底泣きたくなった。お呼び出しをくらって潰れた休日がこのザマだ。


「あら、残念ながら私はもう既に結婚済みです。生憎というか偶然というか旦那が同じ名字だったもんでテヘッ・・・・。」


俺の意見をスルーして案内人はどうでもいい私事を語る。と、それを聞いた成島が心底泣きたそうな顔を露骨に呈していた。待て、そんな顔して許されるのは今この状況においてどう考えたって俺の方だろう。


「わかりました。じゃあ僕帰ります。」


おい、今日俺たちは何の為にここへ来たんだ。それでもお前は大人か。


「な~んて、冗談で・す・よ。ちょっと拗ねてみただけです。」

「不謹慎にも程があるだろ。次同じようなことやったら殴るぞ!?」


成島の暴走にいい加減腹が立ってきた。


「おや、殴るとはまた物騒なことを仰いますね。」


しれっとした顔で言ったのは彼女だ。何つう嫌味だ。コイツのこの性分は素なのかそれとも天然か?つかさっきの謝罪返してくれもうヤダお家に帰りたい。


「そうだ。君には僕の洗練されたジョークのセンスがわからないんだ。」


ああわかりたくもない。何を言っても無駄だという崇高な悟りを開いた俺は無言でスルー。そこでようやく新しいデータのカードキーをスライドさせた成島が入ってきた。来るな変態。


「ではお2人にはこれからシェルターへ移動していただきます。」


ここまでに正味10分。なのに何故か疲れが半端ではなかった。


「でも、シェルターって地下にあるんだろ?このビルの上の階に行って誰かと会うとかそういうのじゃないのか?」

「本来ならばそのような手筈となると思うのですが、先日のつくばでの騒ぎがあったのでなるべく安全な場所での会議と致します。」


なるほど。いくら支部とはいえ同じ組織である限り相手が襲撃してくる可能性は否めない訳だ。そこまで警戒しなければならない程に緊迫した状況なのだろう。


「電気が消えているっていうのはつまり、そういうことか?」


成島が尋ねる。


「それもありますが、照明や扉のロックといったものは全てコンピューターに依存していて、外部から何者かによってハックされることを防ぐためでもあります。」

「デボラシステムみたいなものか?」

「何だ、デボラシステムって?」


成島が初耳といった調子なので説明する。


「人が動くとそれに反応したセンサーが局所的にその人の周りだけ照明をつけたりとか、音声で人を認識して部屋のロックを外したりするやつとか。森博嗣さんの書いた『すべてがFになる』っていう推理小説に出てきたな。」


さすがは咲島技研。そんなハイテクなものを採用していたとは知らなかったので少し驚いたが、今回は逆にそのハイテクが仇となっている。つくばのセキュリティーシステムがハックされて誤作動したとなれば、ここも停止するより他がない。


「じゃあ、あの改札みたいなのは関係無いんだ?」

「そうですね。ここに入る者は原則あそこをカードキーで抜けるという決まりなので。この後すぐに封鎖しますけどね。」

「何か色々と大変そうだなぁ。」


研究員の抜かり無い対応に思わず詠嘆せずにはいられない。そして俺たちは案内人の手塚を先頭に地下のシェルターへとつづく回廊を下っていった。思ったよりも距離が長い。さらに奥にある階段を降りて出た場所は何処か見覚えのある場所。列車のプラットホームだった。


「え、まさかまだ続くのか?」


ここで終わりと思いきや、まだ先にあるみたいだ。


「これってもしかして非営業路線?」

「そうですね。首都圏新都市鉄道北関東縦貫線につながってますけどそちらの方面は今シャッターが降りてます。」


コンクリート打ちっぱなしの無機質な壁はいかにもといった感じの地下駅だ。

上り方面2番線に停車していたのは川崎重工製で最新鋭の汎用特急型交直流電車ことTX-3000Ⅳ系である。無塗装にアルミ合金というスタイルは創業以来変わらないものの、省エネに優れた次世代インバーター制御装置は勿論のこと、広軌狭軌の何れにも対応した可変軌幅台車、カーブ区間で高速運転が可能な車体傾斜装置を搭載している。設計最高速度に至っては430km/hと許容限界最高速度が230km/hという路線規格では大幅にその性能を持て余すが、近い将来に計画されている路線規格変更及び新幹線乗り入れ構想を踏まえたものである。尤も現状JR側は断固反対の姿勢を貫いているが、世界有数の財力を持つ咲島技研が株を握っているTXである、可能性は十分でないがある。発足当時は単なる第三セクターの中小私鉄に過ぎなかった首都圏新都市鉄道が、ここまで成長したのは歴史上類を見ない。

車端部に目を移すとデッキの中に不機嫌そうな女の顔が覗く。ホームドアと車両の扉が順序良く開くなり、女は駆け出してきた。すると横にいた手塚は彼女におびえて後ろへ駆け出す。が、そのさらに後ろはプラットホームが無く、転落防止柵の行き止まりだった。


「遅いっ!!今まで何をしていた!?」


逃げ場が無いと悟った手塚はビクビクしながら彼女に言い訳をした。


「すっ、すみません・・・。あのぉ、こちらの方のカードキーがエラーを起こしてプログラムを書き換えてたんです・・・・。」


俯きながら呟く彼女の声は消え入りそうだった。


「それにしても遅すぎる!!私だったら5分もあれば出来るというのに30分以上も遅れるなんて俄かに信じ難い。」


彼女の凄まじい剣幕に俺と成島も唖然とする。と、こちらの様子に気付いたのかまるで変身人形のように180度違った笑顔でこちらを振り向いた。完璧過ぎる営業スマイルがその恐しさをさらに際立たせる。


「そちらは例の招集がかかったお2人さん?」

「は、はい。」

「私は先月から配属になった咲島技研宇都宮支部指令補佐の長瀬という。」


そつの無いその挨拶も手塚とは対照的に引き締まったものだった。


「あの、俺たちが向かうシェルターって一体何処にあるんですか?」


成島が挙動不審に尋ねた。


「そもそも俺たち2人が何故呼ばれたかもわからないんですが・・・・。」


成島に追随するように俺も問う。


「君たちはこいつから詳しいことを説明されなかったのかい?全く何処までも使えない奴だなお前は。いいから2人とも私について来なさい。」


言い終えた直後、長瀬は手塚の脛を蹴る。蹴られた手塚は「グヘッ」という情け無い声を出してその場にズッこけた。先程の意趣返しではないが、内心ざまあみろと思ったことは誰にも内緒だ。


「あのぉ、俺が言うのも何ですがその、そこまでやらなくても・・・・。」


成島がしどろもどろと余計なことを口走る。


「君も一緒にやられたい口かい?」


頬に皺が寄って前歯が覗いていたが、目は全く笑っていないどころか絶対零度よりもはるかに下の空気を帯びている。ううっ、この人恐っ・・・・。

何しろあの咲島技研だ。しかもこの人は指令補佐。超エリートな上にそれなりのブランクがあればこれだけの貫禄は嫌でも付いて回ることだろう。だがそれを差し引いても手塚とはギャップがありすぎる。


「や、やっぱ何でもないです。」


その形相を直に受けた成島が即座に畏まるも相手は容赦無く突き放す。


「何でも無いって今更撤回しても無意味。」

「先輩、この度は本当に申し訳ございませんでした。」


蹴られた脛の痛みがようやくひいて立ち上がった手塚が謝罪するも無視。一体この人はどれだけクールなんだろうか。


「こちらの列車でも行けないことは無いけど直通エレベーターの方が早いからそれに乗って。」


彼女はそう言いながら俺のすぐ隣にあったエレベーターを指す。


「あれ、でもデボラは大丈夫なんですか?」

「今は警戒レベル1で万が一の場合も脱出出来る設計だから大丈夫だ。」


俺たちは納得してそれに乗り込んだ。

中は全面ガラス張りのスケルトンという以外はごく普通のエレベーターだ。地下3階で一度止まる。すると長瀬はボタンのわきにあるレールにカードをスライドさせ、何やら意味のわからない言葉をブツブツ唱え始めた。何かの暗号らしい。

言い終えると再稼働。階数表示は地下3階までだが、エレベーターはさらにその下を下ってゆく。と、暫くして見えた光景に息を呑んだ。


「うわ、凄い!!このオフィスの下にこんな広いスペースがあったなんて!!」


眼下に広がるのは大天蓋の下に密集する建物の群。さらに下るとその建物はビルの集まりで、建物同士が空中回廊で繋がっていることがわかった。言葉で言い表すならシェルターというよりまさにSF映画の地底都市。


「ま、本部咲島の水上都市に比べたら奇麗さで劣るけどね。」

「それにしても凄いですよ、こんなものがあのオフィスの下にあったなんて知りませんでした。」

「当たり前だよ。国の重要機密事項なんだから。」


気が付くと視界が再び暗転。どうやら地下の建物に入ったらしい。


「もうすぐで下に着く。出たら会議室へ案内するからついて来なさい。」


下に着いたと思ったエレベーターが今度は横に動き始めた。程無くして扉が開かれる。現れたのは先程のオフィスと同じモチーフの廊下。エレベーターのゴンドラの横には先程見たのと同形式のTX-3000Ⅳ系が停車していたのがガラス越しに見える。


「地上から物資を運ぶ為に一応線路が繋がっていてね。」


何やら先程とはうって変わってワクワクしてきた。成島も周囲を物珍しそうに見ている。手塚はというとまだ先刻蹴られた脛を庇っていた。そして、一同は長瀬を先頭に会議室へ入った。


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