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はじまりと悪夢

イデア【idea(ギリシア)

もと、見られたもの・姿・形の意。プラトン哲学の中心概念で、理性によってのみ認識されうる実在。感覚的世界の個物の本質・原型。また、価値判断の基準となる、永遠不変の価値。近世以降、観念、また理念の意となる。


(広辞苑第五版からの引用)



気がつけば目の前では見知らぬ男が不気味な薄ら笑いを浮かべながらこちらをじっと見すえている。ここが何処かなんて分からないし興味も無い。強いて分かることと言えば、深夜の暗黙に佇む古風な洋館と思しき建物の中で、黒いサングラスと青いマスクをつけ、手には指先が覗いた朱色の手袋をはめ、全身黒づくめの背広にスキンヘッドといった、外国映画に出てきそうないかにもといった感じの胡散臭さ極り無い男と木製の高級そうなテーブル越しに座り、向かい合っている、或いはいがみ合っているということぐらいだろうか。しかし、稔は不思議と恐怖を感じなかった。彼の中にある直感的な何かがレム睡眠時に発生する無意識からの幻覚にすぎないということを告げていたのだ。


-----存在しない者にむかってまともに会話をする可能性を考えるなんて愚な・・・・・。


しかし、そう思う一方で今いるこの空間は言葉で表現することは困難であるが、妙に現実味を帯びているようにも思われた。試しに自らの頬を抓ってみたが当然のように神経が痛みに反応する。だが、夢の痛みなど高が知れてると彼は自分に言い聞かせた。


「今日も寒いなぁ。」


意外と平凡、というより妙に馴れなれしい第一声。無論、辺りの静寂さとなによりも男自身の印象が悪く、薄気味悪いとも言えたので返答する気にはなれなかった。男の顔をもう一度確認する。歳は三十代半ばぐらいだろうか。見る角度によっては二十代にも見えなくもない。しかしその頬は骸骨のように削げ落ちていて、蒼白さが目立った。それでも不思議なことに、弱々しいオーラは窺えない。

稔は冷静に男を分析している自分が馬鹿らしく思えて、現実の何某なにがしから逃避するかの如く、隣にあった広い応接室のような部屋へ移動したが、男はまるで無視しても無意味だと暗に仄めかしているかのように沈黙を保ったまま執念深く尾行してくる。


-----よし、こうなったら物の一つでも投げつけてやろうか・・・・。


そう閃いた稔は近くにあった置時計を手に取り、男に向かって投げつけた。

直撃!!・・・・の筈が、それは男の体をあっさりとすり抜け、何事も無かったかのように静かなままだった。そして、床に落ちた筈の時計が元の場所にあった。稔はしめたと思った。


「おや、もう少し分別ふんべつのあるお方だと思っていたのだが・・・・・。」


紫色の血色の悪い唇が淡々と言葉を紡ぐ。予想外の展開に少し狼狽するが、これも自分の夢の範疇であるという認識をまだ変えなかった。


「分別も糞もあるか。直前の事実が物語ってるように、所詮は夢の出来事だろう。」


稔はどうせ自分の夢なのだから、と今度は堂々と厚かましく言葉を投げつけた。


「面白い。大した度胸だ。」


男は先程よりもさらに強く微笑んだが、サングラスの奥の表情まではわからない。


「お言葉ですが単なる皮肉にしか聞こえませんね。」


男の人を小馬鹿にしたような言い草に、とりあえず言葉をかえしておいた。


「だが、小生意気な御託も最早これまでだ。」


男は稔の言葉を遮った。稔も男の言葉を無視して、目の前にある吹き抜けに飛び降りるっ!!・・・・だが、空中に足がついて落ちなかった。正確に言うとそこは床となっていた。


-----どうなっているんだ。これは紛れも無く夢だ。しかし、夢であって夢でない。おまけに現実と区別出来ない程に鮮明すぎる。それに普通の夢ならば大抵、高い所から飛び降りれば覚醒する筈だが・・・・。


稔は少し焦りを感じ始めた。攻撃しても回避してもどうしようもない。早くこの奇妙というか不気味な空間から抜け出したいのだが、その為にまず何をすればいいのか皆目分からなかった。というより選択支は既に手元に無かった。


「それもその筈、ここは私の想念によって構成された意識世界。つまり君は私の中の別人格に過ぎないという訳だ。」


稔はますます訳が分からない。他人の意識に侵入しようとした覚えは無い。咲島技研で妙な代物が開発されていて、それは人の夢に侵入出来るとかなんとか胡散臭い話を小耳に挟んだことはあるが、現実的な話とも思えない。


「人の意識に侵入してくるなどなかなか精神破壊者サイコバスターとしての素質があるようだな。覚醒レベルも正常値より少し上のようだ。」


「ちょ、待てよ。おれはあんたの意識に侵入しょうとした覚えは無いんだけど。」


稔の尤もな意見を無視して、人間のものとは思えない無機質な声がまくし立てる。


「余分な人格は主人格たるこの私に駆逐されて然るべきであろう。おまえが何と言おうが言うまいが、全て私には無関係だ。なぜならば、私の意識に闖入ちんにゅうしてきたおまえが異物でないとすれば何だというのだ?という問いかけに対する答えが示す通りだ。」


男はそこで言葉を区切り、背筋が氷りつくような含みのある薄笑いをした。しかし、またすぐに元の無機質な真顔に戻った。そして、次に突き出してきた言葉とは・・・・。


「かく言う訳で、若人わこうどの魂よ、いざここで滅べ・・・・。」


男の右手には青白い燐光。空中には既に四つの星が出来上がっていた。


「おい、待てよ。あまりにも唐突だろう。しかも公平フェアじゃない。おれとある取引をしよう。それで利害が一致する筈だ。」


-----信じ難いことではあるが、仮に咲島技研の代物が関係しているのが本当だとすれば最近、ちまたで噂になっている例の組織を狙った刺客である可能性が高い。ならば、これしか方法はない・・・・。


レーザー光のような鋭い光が次第に薄れてゆく。そして、再び見えた男の顔は眉根を寄せていた。


「取引とやらの内容とは一体何だ?」


稔はその内容を密かに告げた。すると、男は先刻よりさらに不敵に微笑んで言った。


「それは実に面白い。カイン・シュディール様もきっとお喜びになるだろう。了解した。」


稔はそこで一先ず一命を留り止めることができた。無論、男の漂泊されたようなその不気味な相貌には溢れんばかりの好奇と狂気の色が淀んだ空気の如く漂っていた。

稔がややホッとしたのも束の間、男は猶も釘をさしてきた。


「だが、条件付きで、だ。先程も述べた通り、おまえの有している特殊な資質は我々にとって武器にも脅威になりかねる。故に、おまえの気持ちが変わってしまう前に烙印を捺しておこう。」

「烙印って何だよ?随分と幼稚な感がする代物だけ・・・・」


男は稔の質問が言い終わらないうちに、彼が持つ顔と同じく純白でどこか女のそれを思わせるように妙に艶めかしく、とても華奢な手の指の先を器用に操って空中に大きな円弧を描いた。すると直後、その指でなぞった部分がまるでカッターナイフで紙を切り取ったような感じで奇麗に空間に亀裂が入り、抜け落ちた。そして、只でさえ暗い部屋にさらに一トーン濃い闇の空間が生まれた。最早それは空間と呼べるのかどうかもわからない。でもそんなことはこの際、瑣末なこと以外の何でもなかった。寧ろ考えている暇など与えられていないのだ。稔は目の前で高速に展開される夢なのか現なのかも定かではない現状を捉えることで精一杯だった。漆黒のさらに上を行く闇の口は次第に嵩と濃さと邪悪な不吉さのオーラを増し、中からは部屋の薄闇に照らされた人型の輪郭が見えるようになった。そして、輪郭を持ったその何者かは闇の口からまず足を伸ばして、便宜的に地と呼ぶべき地にとうとう足を付けた。腕や胴体と思しき箇所が出終わった後もその邪悪な闇は例の何者かの背後に何かしらのジンクスを連想させる象徴的な尾をひいて、その残像を漠然と周囲に漂わせていた。

そして、顕わになった者の正体とは・・・・。


「やあ、御無沙汰だねえ。相変わらずの放浪者かい。」


彼には見覚えがあった。しかし、名前が想起できない。確か旧友という間柄だった筈だが、何というのだっただろうか?喉元まで出掛ったというのに、その記憶は瞬時にして忘却の彼方へと引き戻されてしまった。それはまるで自分が無意識にその名前を思い出すことを拒絶しているようであった。いや、それはもしかしたら事実なのかもしれない。


-----何故だ?先刻さっきから何なんだ一体。全てを説明されないまま、一方的に言葉や状況をつきつけられて、相手の意図を推測する暇も道理も公平さも何もあったもんじゃない・・・・。


「どうやら君は僕の名前を本気で忘れてしまったようだね。全く、人の精神というのは実に都合良く出来ている。そして君はあまりにも薄情だ。」


目の前に顕わになった彼も男同様、口元が引き攣ったどこか歪んだわらいを顔に滲ませていた。癪に障るというよりも、どこか畏怖を覚える嗤い方だった。背筋に悪寒が走る。


「待て。おれは確かに君の名前を忘れた。正確に言うならば思い出せずにいる。だが君の存在は確かにおれが経験したものだ。」


稔は意表を突かれた言葉に狼狽しながらも表面には出さず、そう言った。


「ふむ、なるほど。経験ねぇ。その表現は陳腐だな。でも、別にいいんだよね。名前なんてのはこの世界においては大した意味を持たない。時間という概念もここには存在しない。仮にあるとしても、どこか異邦の地から舞い込んできた流行らないお伽話しを余程の物好きが弄んでいる代物でしかない。」

「余談はいい。それより、はやくこの訳のわからない茶番の趣旨を知りたいんだがな。さもなくば君の・・・・・」


先程から散々焦らされていた稔はついに理性の箍が外れかかって思わず相手の胸倉を掴もうとしてしまった。しかし、一瞬の筈のその動作は相手の手首の一捻りによって、それこそ一瞬にして封じられてしまった。稔の背筋には闇を帯びた冷気がさらに激しく通過した。


「まったくそういう愚かで単細胞なところも相変わらずだよね。忘れたのかい?ここは君の意思が司ることのできる場所ではないんだよ?」


相手は稔を挑発しているというよりも、自分が有利な立場にいることを誇示して余裕を表現しているようであった。稔には最早紡ぐべき言葉が存在しない。


----抵抗できないのだったら何をしても無意味だ。それに所詮、どんなにおかしくてもきっといつかは覚める夢なんだろう。あとはなるがままに身を委ねる、それしかない・・・・・。


稔は相手に諦観したように見せかけて、そんな一種の迷信めいたものを頼りにしていた。それは論理的には程遠いが、現実味をかいたこの状況下で自分を納得させるには充分だった。しかし、危機感が多少ゆるんだ自分に危惧したのもまた事実である。


「さて、君も黙ったことだし、与太話もそろそろおしまいにしよう。そうだよ、君にはあるとっておきのショーを味わって、いや、経験してもらいたいのさ・・・・。」


ふと気づくと、彼の右手には稔の家にあるのと同じ機種のテレビリモコンが握られていた。確か応接室だった筈の周囲はいつの間にやら立方体の狭い部屋となっていて、しかもそれが奇妙なことに、壁や床から天井に至るまで面という面全てが液晶画面で埋め尽くされていた。そういえば、先程の男もいない。各々のモニターには一見して何ともないモノクロームの粒。しかし、その状況から判断するまでもなく、全てが決定的におかしい。


「約束通り、君の命は保証するとしよう。否、こちらとしても只で手放す訳にはいかないもんでねぇ。面倒だけど、精神的外傷トローマを喚起させてもらうよ。それで初めて貸し借り無しという訳さ。」

「しばし待て。話に全くついていけない。おれは今記憶というのが部分的に欠落している。だからもしかしたらあんたには昔、少しばかりの借りを作ったのかもしれない。しかしだからといって、どうしてこんなことになったのかの経緯も説明してくれないで一方的に話を進めるなんて、あんまりじゃないか!!」


----僕は何も知らない。何故だか勝手にとんでもないことに巻き込まれてしまったようだ。今は恐怖よりも憤りの方が感情的に勝っている。もとより両者は紙一重なのだ。


「少しばかりだって?へぇ、本当に忘れちまったんだねぇ。でもだからといってその責任はどこにも転嫁できないよ。カルマの法則って知ってるだろ?自分で撒いたカルマの種は必ず自分で刈り取らなくてはならないという、言わば因果応報って奴さ。従ってその対価を支払うのは当事者である他でもない君独りというのは言うまでも無いよね?」


----待て、今何て言った?責任?転嫁?カルマ?因果応報?罪?対価????俺は昔こいつに何をしたって言うんだ??


彼はそんな風に勤勉に御託を並べながらも、右掌の中にある小さなリモコンを握ったり緩めたり回転させたりして弄んでいた。まるで全ては自らの手の内にあるということでも暗に唆しているように・・・・。


刹那の沈黙。そして、しばらく経った後で、稔はついに本物の諦観を抱くしかなかった。

-----もうどうにでもなれ。いくら完成度の低いRPGのゲームだってとにかく進めば何かが起こるんだ。尤もこれが仮にゲームならば不愉快すぎて洒落にならないし、世に出回るものならそれを買ってプレイした世の人々の人格は凄まじく荒廃してしまうに違いない。しかし、不思議と積極的或いは切羽詰まったように逃げ道を模索しない、つまり、無抵抗な自分がいることにふと気づく。と、これはもしや末期症状から顕著に見られる無意識からの好奇心?ならば甚だ場違いというべきだろう。


そんな稔の思惑の内容を読み取ってか、まるでゲームの場面がある一定の場所を越えて、次のそれに向けてスクロールするかのように久しぶりに相手の口腔が空気に振動を与え、稔に向かってある真理を表明するサインを送ってきた。


悪足掻わるあがきしたって無駄だぞ?何はともあれ、君は僕にそういったものを言えるポジションにいないというのは既定の事実なんだよね。」

「理解に苦しむな。全くもってフェアじゃない。こんな理不尽極り無くて趣味の悪い穴だらけのロジックは一体どういった類のジョークだい??」


稔は言葉以上に真剣だった。いくら目の前の現状が好転する兆しが無かったとしても、釈然としないことがあっては何だって気持ちが良いものではない。


「受け答えはこの際却下する。では、始めといこう。」


彼は稔の質問をそう遮った後、リモコンのどこかの数字ボタンを押した。すると、部屋全体をおおっている各々の画面からモノクロのモヤモヤとした黒い気体のような負のオーラが何千何万と噴出し、稔の体を放射線の如く貫通する。刹那、その心は急に安定性を失い、謂われ無き不安・焦燥・憎悪・恐怖・憤怒・その他諸々の破壊的観念によって支配された。それらのショックは体にまで影響を及ぼしたらしく、稔はその場に崩れ堕ちた。


「有名無実とはまさに今の君を寸分の狂いも無く形容した言葉だろうさ。いくら優れた資質を持っていたとしても実用化できなければその価値は廃棄処分される生ゴミとどう違う?」


床に倒れて身動きが取れない稔は顔から超至近距離にある画面の中にある映像を見た。それは、五年前のある事件。テレビのスピーカーから発せられているハウリング音がやけに近いと思ったら、それは自分の叫び声に他ならなかった。そして彼がまた容赦ない訴えを口にする。


「そうだ、やっと思い出していただけただろうか。何を隠そう、君は五年前の今日、博多新政府の非合法な国際的暗躍を阻止する為に、当時政府直属の秘密結社「雪・月・花」の最年少にして指揮官であった僕を暗殺した。」


稔は息を飲む。そして、口からは数多なる吐瀉物が血の混じった痰と共に激しく放出された。突然体中に激痛が走る。モニターに反射して映った自分の姿は何と、頭が頂点から真っ二つに割られ、胴体からは原型を留めない内臓が飛び出し、四肢の肉は硫酸をかけられた後の如くドロドロに溶解していた。先程の彼のリモコンそうさとでも呼ぶべきものによって、無意識に抑圧された忌まわしい記憶が喚起され、イメージ化し、擬似的な物理的エネルギーへと転化した負の観念が稔の幽体を攻撃し始めたのだ。


「しかし、君はそこで大きな過ちを犯してしまった。殺した僕は実は僕であって僕ではなかった。というのも、実は僕には戸籍も名前も全く同じクローンの兄弟がいて、計画とは無関係で尚且つ君の親友でもあった原型の方を殺めてしまった。」

「おれは、おれは、そんなつもりで・・・・・。」


何か言葉を返そうとするも、最早口が強張って動かない。それはちょうど飾り物のように、閉口することしか用を成さなくなっていた。


「私情と結果は無関係だ。僕から原型である兄、イデアを奪ってしまったんだからね。良心の呵責から逃れられなかった君は解離性同一性障害によって過去の記憶を忘却し、当時の君はというと、まだ未成年でそんな精神状態にあった為に情状酌量された上に、日没側の領事裁判で少年法が適用され、軽い刑で済んだ。その結果はさもありなん。僕と僕の兄にとっての故郷である博多の新政府と地元住民が大激怒した。」


-----そういうことだった・・・・・全てを思い出してしまった・・・・・最早そうなってしまった以上、どこにも逃げることは不可能だ・・・・・・・・・。


「罪無き人を殺害したのも、実質国と国との関係をこじれさせたのも、全て君の責任なのさ。そこで、だ。諸悪の根源である君への恨みも兼ねて、さらなる悪鬼として新政府側に有益に働いてもらおうと思った次第でねぇ・・・・。」


長い御託を彼は一担止め、鋭利な視線が稔の顔から右手のリモコンへと移される。やがてそのリモコンはみるみるうちに一振りの剣となった。その時稔は全てを悟った。グチャグチャになっていた幽体は気付くと元に戻っていた。


「嘘だろ??まさかお前、日本国が世界に誇る政府直属最高秘密機関『咲島科学技術研究所』に潜入して、<夢中むちゅうの隠剣>を奪ったというのか?」


烙印直後の陽性反応が解けた稔は徐々に物事を思考する余裕が生まれてきた。


「あの黒の四者と呼ばれた史上最悪の天才猟奇的殺人犯でさえも潜入はおろか指一本触れることができなかった完全無欠のセキュリティシステムに何故・・・・。」


<夢中の隠剣>とは近年前述の日本政府直属の特別研究機関「咲島研究所」通称咲島技研で開発された次世代型兵器のこと。人間が誰でも持っているとされる生体エネルギーと喜怒哀楽から生成された感情をエネルギに転化させて戦闘に利用する剣型の武具である。また、思念の強度によっては刀身にこめられた想念が他人の精神に干渉するという機能もある。元々精神病患者の治療用として開発されたTP機器を応用して作られた為、技能さえ身につければ他人の夢の中にも侵入出来る。しかし、それでは何故自分が正体不明の男の意識内に存在するのかの説明がつかない。謎はさらなる謎を呼び、闇夜の如き深淵を増すばかりであった。


「さあね。或いはこんな考えには及ばなかったのかい?首謀者は元研究員だったという可能性を。それより君に一つ忠告を差し上げよう。両国の沸騰を今すぐにでも止めたほうが良いのでは?」


稔は男の言葉に愕然とした。東アジアでも有数の経済大国に加えて、国際的に見ても治安水準が断突トップレベルの平和であった筈の日本国と自分はこの先どうなってしまうのだ?まさか、今まで住んできた自分の国は理想郷ではなかったのか??可能性としてゼロではない。だがそれはあまりにも唐突な出来事だった。しかも国際冷戦の渦中での出来事だ。おまけにその火種は自分にもあるという悪夢のような現実。そのまさに現実という悪夢の中で男は待ったなしとばかりに不敵な嗤いを隠さぬまま右手に持ったその剣の切っ先を眉間から数ミリ程の距離に突きつけ、動きを牽制してきた。


「おまえ、先刻さっき殺さないと言ったばかりだろう。」

「まあそう早まるな。今から君を現世げんせへ送り返す。おとなしくしていろ。」


細長い刀身が空を切る音と共に振り下ろされ、床に一つあなをうがつ。すると、彼は右手から剣の柄を放した。さらに、剣はひとりでに稔の足元に円弧の軌跡を描き、現れた線からは光が溢れる。再びの激痛。先程の邪念が体内を侵しているのがわかる。苦しみ悶えるうちに意識が混沌としていった。自分の身体が床を離れ落下しているのだと気づいたのは痛みが少しひいてからだった。重力の法則に従って異次元に浮遊していた意識は自分の眠っていた布団の中へと吸い込まれる。実感を伴わない覚醒。案の定、パジャマは冷や汗で濡れている。だがシーツはひんやりと冷たかった。まるで何かを示唆しているようで不気味ではあったが、汗をかいて熱を発している身体には皮肉にも心地よかった。時計の針はちょうど4時半を回ったところだった。


-----どういうことだ・・・・・。烙印?どのような影響が生じるというのだ・・・・・。


稔は直前の出来事が夢なのか現なのかも判別することができず、ただ呆然とするばかりであった。

一方、つくば市の咲島研究所内某所では、稔と交渉を終えた「彼」が立っていた。


-----これで計画は一段落。手持ちの駒としておおいに振る舞ってもらおう。


彼は1人独白を漏らし、明かりの灯らない研究所の一室を後にした。月の光もおぼろげな闇に溶け込むようにして・・・・・。


河咲市某マンションの一室。稔は戦慄が止まらなかった。この出来事以降彼はテレビのモノクロームの粒を恐れ、直視出来なくなってしまった。粒子を見ると自らの過去を思い出してしまう。その過去は彼の心を容赦無く追い詰める。そして、行方の知らぬ場所へと自らをいざなうのであった。










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