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ノー・プラン

作者: 朝熊
掲載日:2026/09/23

「…………」


 ガサッ




「…………」


 ドサッ




 弁当が入った袋を床に置く。疲れてベッドに倒れ込む。

 都会で仕事をすると、なぜか自分の家に嫌気が差してしまう。

 スーパーやらコンビニやらネットカフェやら、歩きで許容できる範囲に便利なものがある。

 家の中にも欲しかったものをいくつか手に入れてたりネット回線もあったり、どう見たって嫌になりそうなものは見当たらない。

 なのに嫌気が差す。


 息抜きでパソコンの前に座り、適当に動画サイトを漁ってみたら……突然、どこか遠くに行ってみたいなぁという気持ちになってしまった。

 旅行は趣味としていない。そもそもさっきから漁ってる動画も、ちゃんと見る訳じゃないし音楽代わりとして流すならどれが良いかなと軽く考えていた程度だ。

 動画に夢中になってしまうと飯の手が止まってしまうし、旅行の動画なら流し見程度でいいだろう。

 そんな考えで流していたはずだったが……






 食べ終わった後にベッドに直行して次の日の朝、私は突然目を覚ました。時計を見ると、まだ5時。

 仕事は休み。何をしたら良いのか……

 何をしたら良いのか?

 何故、何をしたら良いと考えてしまったのだろう……

 本来、休みなら『何をしよう』のはずだ。休みも義務染みた考えになってしまってないか?

 だから今住んでる家に嫌気さしたのでは無いのか?

 あまりにも突拍子な考え。でも、今の家から離れるのも悪くないか。


 私は、財布と携帯だけを持って最寄りの駅へと行った。

 旅行のプランなんて無い。とにかく、遠くへ行きたい。

 家の事を忘れてしまうくらい、遠くへ行きたい。そんな思いのまま、千円を超える切符を買う。


 車内は人が多く乗っている。

 あのスーツケースを横へ置いている外国人は旅行だろうな。

 あの女の人はこれから仕事に行くのかな?

 あの若者達はこれから帰るのか?




 もし……帰らなかったら?


 やめよう。

 今日は深く考えずに適当に遠くへ行くと決めたんだ。考えたら意味がない。

 最終的に帰るとはいえ、帰ると考えて気落ちしたら意味がない。

 私は、終点まで寝る覚悟で腕組みをして一睡する事にした。


 起きてみると、まもなく終点のアナウンスが聞こえた。

 偶然ではあるが、起きるタイミングが良かった。列車は止まり、ドアが開くと私は背伸びをする。

 乗った時には座れなくて立っている客もいたが、起きた時には明らかに人がガラッと入れ替わっていた。

 混んでると人が詰まるので降りるのにも面倒臭いが……ここまで空いていると、簡単だな。

 駅には乗り換えのアナウンスが聞こえる。隣のホームで待ってくれていたのは、子供の頃に見たオレンジと緑のアイツだった。


 久しぶりだな!

 お前、こんな所で働いていたのかという気持ちだった。

 人では無いのに、感情は古い電車を人として扱ってしまう。

 懐かしいとはこういう事なんだろうな。それを考えると、自分も歳をとったものだ。


 私が古い電車に乗ると、プシューと大きな音を立ててドアが閉まる。どうやらあと少しで出発だったようだ。

 ガコンという衝撃。そうだ、昔の電車ってこんな感じだった。

 そう考えると、今の鉄道って技術が進歩したんだな。都会で走っている銀色のステンレスの電車に慣れてしまったが、確かに電車といえばこんな感じだ。走っている音も懐かしい。

 ふと突然、私は切符をポケットから取り出した。そういえば、どこで降りようか考えてなかった。

 とりあえず……終点で降りるか。




 まるでアトラクションだった。

 終点に着いて降りても、懐かしいという気持ちは残ったまま。

 駅から出るには乗り越しの精算しないといけない。精算する為に切符を機械に入れる。


「……へ?」

 金額は切符を買った時の倍だった。

 そんなにかかるのか……いいや、払う払う。金はあるんだ、悩みたくない。


 とりあえず、頭を空っぽにして駅を出ると、物静かな雰囲気。

 店はあるにはあるが、まだ8時前。空いてる飲食店はないよなぁ……

 空は昼間のように明るいのに、並んでる店はシャッターだらけ。人を見かけない分、物寂しさを感じた。

 それでも、駅前のコンビニは開いている。とりあえず、ペットボトルの玄米茶を買おう。

 普段ならそのまま手持ちではあるが、すぐ飲む訳じゃないし余計な金はかかるけど袋も買って入れておくか……




 さて……お茶も買ったし、道があるから歩いてみるか────


 考えずに歩いていると、何か焼いている匂いがする。

 そうだ、野焼きだ。田舎へ帰った時に覚えがある。

 これも懐かしいな。都会なら味わえない匂い。近くでやってるんだろうな。

 懐かしい懐かしい、そんな余韻に入り浸りながら左側を見ると────


 小さい神社があった。

 そういえば、大きい神社には正月でよく行ってはいるけど。

 時間潰しがてらに、私は神社がどういったものなのかを眺めてみる。

 ……これといった感想は無かった。良いとか悪いとかじゃなく、ただ語る事が無い。

 でも、せっかく来たんだ。私は財布から5円を取り出し、賽銭箱に投げ入れて手を合わせる。


『1億欲しい』


 頭の中で願いを言い終わると、私は神社から去る。

 動画でそんな吹き出しを投稿したら、コメントで『じゃあ5円入れんな』『貯めろ』ってツッコミを入れられそう。

 そんな下らない事を考え、一瞬笑ってしまった。


 スマホを見ると、既に8時を回っていた。

 何か空いてる店ないかな?

 食べる事しか無い頭で道を歩いていると、運良く空いている店を見つけた。

 客は……開いた直後だからいなさそうだ。外から様子を伺った後、私は店の中へと入った。


「いらっしゃいませ」


 男の店員の元気な返事が聞こえてきた。私は近くの椅子に座る。

 机に置いてあるメニューを取って見ると、今の時間はモーニングサービスというコーヒーとパンと卵とサラダの朝食セットがある。

 私は「モーニングサービスというのください」と注文。店員はかしこまりましたと答えた。

 そういえば喫茶店って、新聞無かったっけ……あった。

 この店は2種類のスポーツ紙が置いてある。ネットばかり見ていたけど、紙で見るのは久しぶりだ。




 ダラダラと読んでいたら、店員が朝食セットを持ってきた。

 そんな経ったのか。私は何も考えずに、差し出された料理を何も考えずに頬張った。

 そういえば、飲食店に行くとしても牛丼とかラーメンばかりだったなぁ……パンもコンビニだったし、サラダはスーパー、コーヒーは自販機。

 冷静に考えてみれば、味気ない食生活だな。


 しまった、ゆっくり食べるはずがすぐに食べ終わってしまった。

 パンもサラダも卵も無い。とりあえず、コーヒーで時間潰しするか。

 …… コーヒーって挽きたてとインスタントじゃ違うって聞いた事あるけど、素人でも分かるのか?

 と、懐疑的に思っていたが……なるほど、確かに違う。思っていた以上に香りの主張が強い。

 味も酸味があり、缶やコンビニで買うのとは全く違う。セットが700円なのも納得だ。




 時計を見ると8時45分頃。

 私は支払いを終え、店を出た。満足はしたし良い息抜きにはなったが……

 さて、次はどうしよう?

 流石に1時間いるのは気まずい考えて、店を出てしまった。とりあえず、適当に道を歩くか。

 歩いていれば、何か面白そうなものが見つかるだろうし────




 何だあれ……無人販売か。

 野菜が置かれているし、お金を入れる箱もある。盗まれないのか?

 別に野菜の無人販売というのを知らないという訳でもないし、動画とかで見た事はある。

 その度に、『盗まれないのか?』とは思ってはいるが。


 私は本当に無人なのか、周りを見渡してみる。

 本当に人が見当たらない……流石に盗もうとは考えないが。

 せっかくだし、何か買ってみるか……にしても、100円とか安いな。小銭あったかな?

 私は財布の中を見てみる。全然余裕だった。小銭を入れた後、トマトときゅうりを1袋ずつ貰う。

 幸いにも袋はペットボトルと共にコンビニで買っている。私は野菜を袋の中に入れた。


 そういえば、まだ飲んで無かったな。買った時は冷えていたんだが……

 中に入れたままのペットボトルに触れてみると、流石に買った時の冷えている感触では無かった。

 流石に1時間経てばそうなるか。

 私は『いいや』と頭の中で割り切り、次の所へ歩く事にした。




 寺がある。

 別の神社がある。

 緑がいっぱいある。

 バス停もある。


 小並感(こなみかん)だっけか……さっきからそんな感想が頭の中に流れてくる。

 でも、悪い事とは思っていない。独り言だし。

 気がつけば昼、1時は回っていた。考えて無さすぎてうっかり道に迷ってしまったが、看板とかを見て幸いにも見覚えのある無人販売所へと戻れた。

 時間的にそろそろ帰るのも良いかもしれない。頭もスッキリした────




『帰りたくない』

 駅の前に立つと、突然そんな感情が襲いかかる。

『ここにいたい』

 帰ろうと思うと、感情が列車に乗るのを拒否したがる。

 でも、生活がかかっているから帰らざるを得ない。

 私は思いを振り切り、切符を買って改札を通る。

 また来ればいい。


 さっきからずっと待機している緑とオレンジの電車に乗ると、私はシートに座って窓越しに別れを告げる。

 ありがとう、休みを思い出させてくれてと。口には出さず、頭の中で告げた。

 プシューっと大きな音を立ててドアが閉まり、列車は動き出した。


 そういえば……コンビニで買ったお茶、結局飲んでなかったな。私は袋からペットボトルを取り出し、蓋を開けて中身を飲んだ。

 あぁ、こんな味だ。

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