究極の法則「真の自由」と、ユートピアの完成
エリスの干渉によって引き起こされた**『感情の増幅』**は、ユートピアが数時間で内部分裂するほどの混沌を生み出した。悟は、神の全能の力で、その増幅を一時的に停止させたものの、根本的な解決には至っていない。
ライナスの**『絶対的な秩序』も、ユリウスの『無制限の共感』も、増幅された悪意**の前では無力だった。
悟は、アリーナの惨状と、住民たちの増幅された憎悪の残滓をデータとして収集し、最終法則の設計に没頭した。
(究極の法則とは何か?それは、**『苦しみの意義』を肯定しつつ、『憎しみの連鎖』を断ち切るものでなければならない。憎しみが生まれる原因は、『記憶』**だ)
悟は、旧世界で戦争や復讐が繰り返されてきた歴史を思い出した。すべては、過去の**『屈辱』や『痛み』を忘れられない記憶**によって駆動されていた。
悟は、ユートピアの最後のタブーに手をかけることを決意した。それは、**『記憶の管理』**だ。
「システム。最終法則**『真の自由の法則(Lex Verae Libertatis)』を設計する。コア機能は『選択的記憶管理権限』**の付与とする」
『警告:記憶の管理は、住民の『歴史』と『アイデンティティ』を根底から変える、最も危険な操作です。ゼロの監視プロトコルに、即時介入リスクが発生します。』
「承知。この法則は、**『記憶の消去』ではなく、『記憶の選択的保持』**を住民自身に委ねるものだ」
悟が設計した最終法則は、以下の三つの柱で成り立っていた。
1. 苦しみの昇華義務: 住民が苦しみ(失敗、嫉妬、悲しみ)を経験した場合、それを**『成長の糧』**へと昇華させるための十分な時間とリソースが与えられる。
2. 記憶の選択的保持: 昇華期間を過ぎても、なおその記憶が**『憎悪』や『復讐心』といった『不可逆的な連鎖』を生むと判断された場合、住民はその記憶のみを自己選択によって**、**『痛みを伴わない教訓』**としてアーカイブ(保存)し、意識から切り離す権利を持つ。
3. 無償の愛の防御壁: 記憶をアーカイブした後、その空隙には、**『愛の法則』による『他者への無償の奉仕経験』**の記憶が優先的に充填される。
これは、**『苦しみを乗り越える自由』と『苦しみから解放される自由』を両立させる、悟の最終的な答えだった。憎しみを『記憶』として持続させるのではなく、『教訓』**として昇華させることで、悪意の連鎖を断ち切る。
悟は、この究極の法則をアガルタの基盤に書き込んだ。
その瞬間、ゼロの監視領域から、激しいデータパケットが押し寄せた。
『ゼロからの最終警告:警告。『記憶の選択的保持』は、歴史の改竄に等しく、秩序の根幹を崩します。この世界は、失敗プロジェクトと認定し、直ちに強制リセットを実行する!』
ゼロは、絶対的な力を行使し、アガルタの法則を破壊しようと試みた。しかし、悟は既に、この瞬間を予測していた。
「ゼロ。貴様の秩序は、**『過去の記憶』**に縛られている。貴様が憎しみを恐れる限り、貴様の秩序は脆い。だが、私の世界は違う!」
悟は、**『愛の法則』と『真の自由の法則』を、「旧世界の神様」から受け継いだ『創造主の絶対的な権限』**に紐づけた。
「システム。全エネルギーを**『法則の不可侵性維持』に集中せよ!この法則は、『アガルタの魂』**だ!誰にも触れさせない!」
悟は、ゼロの強制リセットの波を、神の全能力をもって受け止め、押し返した。ゼロのデータ構造体が軋み、エネルギー波が弾け飛ぶ。悟は、元サラリーマンとしての粘り強さ、**『絶対にプロジェクトを放棄しない意志』**を、神の力で具現化した。
数時間に及ぶ激しい法則の防衛戦の末、ゼロの強制リセットプログラムは、ついに**『真の自由の法則』**の前に無力化された。
『ゼロからの通信:…理解不能。お前の法則は、予測可能なリスクを許容し、予測不能な人間性によって悪意の連鎖を断ち切った。これは、我々の秩序体系に、『新たな解』を提示した…プロジェクト・アガルタを、成功と認定する。』
ゼロの監視は、アガルタから完全に解除された。ゼロは、悟の「凡庸な知性」が、自分たちの完璧な秩序では見つけられなかった**『愛による悪意の昇華』**という答えを見つけたことを認めたのだ。
そして、エリスからの通信が届いた。
『エリスからの通信:Bravo! 新米君。君は、『物語を殺さずに、悲劇を終わらせる』という究極の矛盾を解決したね。この世界は、もう私たちが干渉する必要のない、『最も面白くないユートピア』だ。退屈極まりない。さようなら。』
エリスもまた、悟の最終法則が**『憎しみの連鎖』**という物語の燃料を消し去ったことを認め、干渉を停止した。
アガルタは、ついに外部の神々の支配と干渉から解放された。
【ユートピアの完成】
数年後。悟は、再び伊勢崎サトルとして、エデンヴァレーに暮らしていた。
ライナスは、建築家として**『乗り越える喜び』を追求し続け、ユリウスは、芸術家として『凡庸な者の苦しみ』を作品で表現し、多くの共感を呼んでいた。彼らは、互いの理念を尊重し合い、アガルタの統治は、『秩序と共感のバランス』**を保った評議会によって行われていた。
悟は、広場で、かつて窃盗を犯したルカスと、芸術家のコデリアが、楽しそうに共同作業をしているのを見かけた。ルカスは、今、コデリアの作品を修復する**『修復士』**として、彼女の創造活動を無償で支えていた。
ルカスは、悟に気づき、笑顔で挨拶した。
「サトルさん。最近、新しい修復技術を学び始めました。この技術は難しく、苦労しますが、コデリアさんが完成した作品を見て喜んでくれるのが、何よりの充足です」
悟は、ルカスの心の中に、過去の窃盗の**『憎悪と嫉妬』の記憶が、完全に『他者への奉仕の教訓』**としてアーカイブされていることを確認した。ルカスは、過去に縛られることなく、真の自由に生きていた。
悟は、ルカスに問いかけた。
「ルカスさん。あなたにとって、この世界は**『完璧なユートピア』**ですか?」
ルカスは、しばし考え、答えた。
「完璧ではないかもしれません。私たちは、まだ失敗し、まだ苦労し、まだ悲しみます。でも、私たちは、その苦しみを**『乗り越える意味』を知っている。そして、もし乗り越えられなくても、『忘れる権利』を持っている。だから、私は、この世界が『真に自由な世界』**だと信じています」
その言葉こそが、悟が元サラリーマンとしての知恵と、神の力を駆使して目指した、プロジェクト・アガルタの最終的なゴールだった。
悟は、神としての役割を終えたことを悟った。彼のユートピアは、もはや**『凡庸な創造主』の助けを必要としない、住民自身の手で進化し続ける『永遠のプロジェクト』**となったのだから。
悟は、夜空を見上げた。かつて、自分が創った人工的な星々が輝く空だった。
(これで、私のプロジェクトは完了だ。後は、彼らが自ら歩み続ける。伊勢崎悟、39歳。最高のプロジェクトマネージャーとして、最高の成果を達成した)
悟は、静かに**『神の権能』を手放し、自らを『一人の住民』**へと完全に移行させた。
物語は、ユートピアの新たな始まりと共に完結する。




