ユートピアの指導者選定と、理念の対立
悟の凡庸な神としての告白は、住民の不信を**「共感」に変えたが、同時に『権力の空白』を生んだ。その空白を埋めるべく、二人の指導者候補、天才建築家ライナスと、凡庸から立ち直った芸術家ユリウス**が名乗りを上げた。
彼らは、それぞれアガルタの未来を巡る異なる統治哲学を掲げた。
• ライナス: **「最高の効率と絶対的な秩序」**に基づく統治。データと論理に基づき、すべてを最適化することで、ユートピアを最短で究極の安全に導く。
• ユリウス: **「最大の共感と多様性の容認」**に基づく統治。負の感情や非合理な行動を許容し、個人の自由な成長を最大限に尊重する。
悟は、この対立こそが、アガルタが**『神の設計図』から真に『住民自身の世界』**へと進化するために必要なプロセスだと理解した。
悟は、エデンヴァレーの巨大なアリーナで、住民総意に基づく**『指導者選定公開討論会』を開催することを決意した。これは、旧世界の「民主主義」**の手法を、神の監視下で行うという、ハイリスクな試みだった。
「住民の皆さん。この世界は、完璧な神に創られた世界ではありません。凡庸な私と、あなた方全員が、共に作り上げていく**『永遠のプロジェクト』です。その未来を決定づけるため、ライナスとユリウス、二人の候補の理念を比較し、最も相応しい『統治哲学』**を選んでください」
討論会が始まった。アリーナは、アガルタの全住民の意識体が接続されたホログラムスクリーンで満たされている。ゼロの監視も、当然ながら続いている。
【ライナスの主張:秩序と効率】
ライナスは、論理的かつ明確な口調で訴えた。
「私は、サトルさんが導入した不確実性を否定しません。それは、我々の意欲を高めた。しかし、不確実性は、同時にリスクです。ユリウスの容認する『負の感情』は、やがて不可逆的な破滅に繋がります」
彼は、自身の建築プロジェクトの成功をデータで示した。
「私の統治は、**『最高の効率』に基づきます。すべてをデータで管理し、資源の配分、才能の活用、すべてを最適化する。そうすることで、我々は『ゼロ』の監視に怯えることなく、究極の安全を永続できる。ユリウスが求める『多様性』**は、非効率な摩擦を生む。秩序こそが、ユートピアの最終的な防波堤です」
【ユリウスの主張:共感と多様性】
ユリウスは、自身の凡庸な過去と、そこからの立ち直りの経験を語り、感情に訴えかけた。
「ライナスの言う秩序は、完璧な**『飼育檻』です。私たちは、神の設計図を超えて、『愛と苦しみ』**という人間らしさを手に入れたばかりです。ライナスは、天才であるがゆえに、凡庸な者の苦しみを真に理解できません」
「私の統治は、『共感』に基づきます。不確実性は、リスクであると同時に『物語』を生む燃料です。窃盗を犯したルカスも、凡庸に苦しんだ私も、システムではなく他者の共感によって救われた。最高の成果ではなく、最も大きな苦労に価値を与える。それが、多様な人間が平等に輝ける真のユートピアです」
【悟による討論のコントロール】
討論は白熱した。住民たちは、どちらの主張にも一理あると感じ、意見は二分した。
悟は、公平な立会人として、議論が感情的な対立に陥るのを防ぎながら、論点を深掘りさせた。
悟: 「ライナス。ユリウスが求める『非効率な多様性』が、長期的な幸福度向上に繋がる可能性を、データでどう評価しますか?」
ライナス: 「感情は予測不能です。ユリウスの理念は、短期的には共感を呼びますが、長期的なデータ予測では、必ず**『嫉妬の連鎖』や『利己的な行動』の再発リスクが生まれます。統治は、感情ではなく論理**で行うべきです」
悟: 「ユリウス。ライナスの言う『絶対的な秩序』は、ゼロの監視を完全に回避し、外部からの脅威を防ぐことができます。あなたの理念が、アガルタの生存を脅かすことはありませんか?」
ユリウス: 「秩序は、生存を保証しますが、**『生きる意味』を奪います。私たちは、ゼロの監視下に置かれても、『何のために生きるか』**を自ら定義する自由を選びました。生存は目的ではなく、自由な成長のための前提条件です」
【ゼロの介入】
二人の候補の対立が深まった瞬間、アガルタの空にゼロの警告音が鳴り響いた。
『ゼロからの警告:警告。指導者の理念対立は、社会の分裂リスクを急速に高めています。このプロセスは非効率かつ危険です。直ちに指導者選定プロセスを停止し、最も論理的なライナスを指導者と認定することを推奨します。』
ゼロは、ユリウスの**「共感と多様性」**という非合理的な理念を、秩序に対する最大の脅威と見なした。
悟は、ゼロの警告を住民全員に公開した上で、冷静にゼロに応答した。
「ゼロ。貴様は、**『効率』を基準に判断している。だが、住民が『自ら選び取った不確実性』は、貴様の言う非効率ではない。この対立は、アガルタの『最終的な価値観』**を決定づける、最も重要なプロセスだ。介入は認めない」
【エリスの介入と最終試練】
悟がゼロの警告を撥ね退けた瞬間、今度はエリスの、遊び心に満ちた声が響いた。
『エリスからの通信:新米君、盛り上がってきたね!議論だけでは退屈だ。彼らの理念が本当に正しいか、『現実の試練』で見せてもらおうじゃないか!』
エリスは、アガルタの法則に、新たな悪意ある干渉を加えた。
『緊急警告:アガルタ全域の『感情サポートAI』機能が、ランダムに『感情の増幅』モードに切り替えられました。嫉妬、怒り、恐怖、歓喜が、システム制御を超えて無秩序に増幅されます。』
エリスは、ユリウスが求める**「負の感情の容認」を、一気に「制御不能な混沌」**へと変貌させたのだ。
アリーナの住民たちは、突然、増幅された感情に襲われた。ユリウスへの共感は狂信に、ライナスの論理への信頼は極度の疑心暗鬼に変わった。アリーナはパニックと怒号に包まれ、住民たちは互いに非難し始めた。
ライナス: 「見ろ!ユリウス!これが、お前の言う『共感』の行き着く先だ!制御不能な混沌だ!私に権限を!直ちにシステムを停止させ、秩序を回復する!」
ユリウス: 「違う!この痛みこそが、人間性だ!私たちはこれを乗り越え…!」(ユリウス自身も、増幅された**『無力感』**に苛まれ、言葉に詰まる)
悟は、アリーナの住民たちが、お互いを憎み、分裂していく姿を目の当たりにした。これは、旧世界で彼が何度も見た、**『戦争の始まり』**の光景だった。
悟は理解した。**『愛の法則』をもってしても、増幅された『純粋な悪意』の連鎖は止められない。このままでは、ゼロが予言した「不可逆的な破滅」**が、数時間以内に訪れる。
悟は、神としての最後の決断を下した。
「システム。緊急プロトコル**『イノセンスの再定義』**を発動する」
悟は、アガルタの全法則、そして自身の神の権能すべてを使い、エリスの仕掛けた**『感情の増幅』**を停止させた。しかし、それは一時的な措置に過ぎない。
悟: 「ライナス、ユリウス。そして住民の皆さん。ユートピアの最終的な形は、秩序でも共感でもない。それは、**『愛と論理を統合した、新しい神の法則』**だ。私は、この破滅的な混沌を経験した今、その最終法則の設計に着手する」
悟は、アガルタの平和を維持しつつ、増幅された悪意に対処できる**『究極の倫理的法則』を生み出すという、最初で最後の『神の創造』**に挑むことを決意した。




