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神様に任命されました。理想的なユートピアを作るために努力致します。  作者: 坂元たつま


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終焉のロードマップと、神のスカウト

「伊勢崎悟、39歳。総合商社プロジェクトマネージャー。享年39歳。死因:前方不注意による大型トラックとの衝突。死亡推定時刻:午後1時30分。享年、わずか39歳」

薄暗く、しかし眩しい光に満たされた空間で、悟は誰かの声を聞いていた。

周囲は完全な無重力状態で、音もなく、時間も感じられない。自分が確かに「死んだ」ということは、直前の激しい衝撃と、身体が弾け飛ぶような激痛の記憶から、理解できていた。しかし、その死後の世界があまりにも事務的で、まるで誰かの読み上げ原稿のような口調で自分のスペックを語られていることに、悟は妙な違和感を覚えた。

「死んだのに、なぜプロジェクトのレビューを受けている気分なんだ?」

サラリーマンとして、彼は常にプロジェクトの進捗、リスク、そして結果(KGI/KPI)を意識して生きてきた。その習慣が染み付いているせいで、この状況さえも、自分が担当した『伊勢崎悟という人生プロジェクト』の最終報告会のように感じられた。

声の主は、光の塊となって悟の前に浮かんでいた。それは、特定の形を持たず、しかしとてつもない質量と熱量を秘めているように感じられた。

「伊勢崎悟。貴殿の『プロジェクト・ライフ』の最終評価は、極めて高水準だ」

声は、性別も年齢も特定できない、広大な空間から響くような音だった。

「高水準、ですか。トラックにはねられたのが、人生の成果ですかね」

悟は皮肉めいて言った。生前、彼はとある大手電機メーカーの倒産寸前のプロジェクトを再建し、奇跡的なV字回復を成し遂げた。データ分析、コスト削減、そして何より、絶望的な状況下でのチームの士気維持。彼は、常に**「最悪のシナリオを回避し、最善の成果を導く」**ことを信条としていた。

「貴殿の生前の記録、特に『メビウス・プロジェクト』における意思決定のプロセスは、我々が長年、人類に求めてきた『合理的かつ共感的な統治能力』の理想形を示していた」

メビウス・プロジェクト。それは悟が人生を賭けた、あのV字回復プロジェクトのコードネームだった。

「統治能力、ですか。ただのサラリーマンでしたが」

「謙遜は不要だ。貴殿は、利害が対立する無数のステークホルダーを調整し、感情的な衝突を避け、客観的なデータに基づき、なおかつ関係者全員が『納得できる』着地点を導き出した。これは、貴殿が仕えていた世界の、いかなる国王や為政者にもできなかった偉業だ」

光の塊が、わずかに揺らめいた。

「そして、我々が貴殿をスカウトした、最も重要な理由だ」

悟は背筋が伸びるのを感じた。スカウト?この状況で?

「我々は疲れた。いや、飽きたと言ってもいい」

「飽きた?」

「長きにわたり、我々は人類という生命体の成長を見守ってきた。与え、試練を与え、導き、罰してきた。しかし、彼らは常に同じ過ちを繰り返す。戦争、飢餓、差別、憎悪。苦しみを生み出し、そこから僅かな教訓を得るも、またすぐに忘れる。そのサイクルはあまりにも非効率で、非合理だ」

その言葉には、途方もない年月を経て蓄積された、**『神』**という存在の深い倦怠感が滲んでいた。

「そこで悟。貴殿に、我々の後を継いでもらいたい。そして、理想的なユートピアを、ゼロから構築してもらいたい」

悟の思考回路が、瞬時に高速回転を始めた。

• 目的(KGI): 理想的なユートピアの構築。戦争も苦しみもない世界。

• 権限(Scope): 現神の後継者。世界創造の権限。

• リソース: 無限の力(神の力)。

• リスク: ゼロベースでの世界構築という未曾有の課題。

「ユートピアですか。そんなものが本当に可能だと?」

「我々の経験上、不可能だ。自由意志と全能の力を両立させようとすると、必ずどこかで矛盾が生じる。しかし、貴殿のデータ分析能力と、生前の経験から培われた人間への洞察力をもってすれば、我々が気づかなかった『解』を見つけられるかもしれない」

光の塊は、悟に一つの契約条件を提示した。

「貴殿に二つの選択肢を与える。一つは、間接介入の道。新世界を創造し、法則を定めた上で、一切干渉せず、その運命を見守ること。もう一つは、直接介入の道。新世界の創造後、自ら人間の姿となり、世界に降り立ち、統治者、賢者、あるいは隣人として、世界を導くことだ」

悟は即座に答えた。

「直接介入を選択します」

「理由を問う」

「間接介入では、また同じ結果になる可能性が極めて高い。神が作った**『完璧な設計図』があっても、人間は必ず、その設計図の『盲点』を突いて、争いや苦しみを生み出すでしょう。なぜなら、彼らは予測不能な『感情』**で動くからです」

悟は生前、データ分析だけでなく、現場の人間関係にも深く関わってきた。どんなに素晴らしいプロジェクト計画でも、担当者同士の些細な嫉妬や誤解が原因で、簡単に頓挫することを知っている。

「私はサラリーマンとして、常に現場に入り、数字の裏にある**『人の気持ち』を把握することを信条としてきました。ユートピアという、これまで誰も成功させられなかったプロジェクトを遂行するには、『神』の全能の視点と、『人間』の現場の視点**、その両方が必要です」

そして、悟はどこか楽しそうに口元を歪めた。

「それに、正直なところ、私という人間の最高の成果を、この目で見てみたい。それが、私がこの世界に来た、唯一にして最大のKPIだと考えています」

光の塊は、わずかに振動した。それは、満足、あるいは期待の表れのように感じられた。

「よろしい。貴殿の権限を承認する。伊勢崎悟。今より貴殿は、『新世界の創造主』となる。我々は、一切の干渉を行わない。失敗しても、成功しても、それは貴殿の成果だ」

次の瞬間、光の塊は悟の身体に吸い込まれた。

とてつもないエネルギーが全身を駆け巡り、悟の意識は宇宙的な規模にまで拡張された。彼の知識は、この宇宙の法則、原子の振る舞い、生命の進化の歴史、そして**「苦しみ」**が生まれるあらゆる要因のデータで満たされていった。

彼の頭の中に、巨大なデータベースとシミュレーションルームが展開された。

(なるほど。これが神の力。すべてのパラメーターが、私の意思一つで変更可能だ)

悟は、まず自分が創造すべき**「新世界」**の設計に取り掛かった。

「まず、戦争の原因となる**『資源の枯渇』をゼロにする。エネルギーは無限のクリーンエネルギーで賄う。飢餓の原因となる『食糧問題』**もゼロ。あらゆる環境下で効率的に育つ生命体をプログラムする」

「次に、差別や格差を生む**『能力の差』。これは難しい。完全に均一化すれば活力が失われる。代わりに、誰もが自らの才能を発揮できる『学習システム』を組み込む。そして、富の再配分は、『幸福度のデータ』**に基づき、リアルタイムで最適化されるようにする」

彼の脳裏には、無数の数式、生態系の連鎖、そして社会システムのフローチャートが渦巻いていた。彼は、生前のプロジェクトで培った合理性と、神として得た全能のデータをもとに、**人類史上最も完璧な「終焉のロードマップ」**を設計し始めた。

そして、最後に、彼は世界を創造する**『場所』を選んだ。それは、地球とは異なる、まったく新しいパラレルワールド。彼はそれを『新世界アガルタ』**と名付けた。

「よし。創造のプロセスを、開始する」

悟の意識が、宇宙の暗闇に輝く一つの光の粒子となった瞬間、彼の意思がそのまま物理法則となり、彼の計画がそのまま現実となった。

無数の星が生まれ、惑星が形作られ、大気が覆い、海が満ちた。そして、その星の一つ、新世界アガルタの最も豊かな大地に、生命が、そして人間が創造されていった。彼らは、苦しみも戦争も知らない、純粋で、満たされた存在として、そのユートピアでの人生を歩み始めた。

創造の工程を終え、悟は再び、**「伊勢崎悟、39歳」**だった頃の、最も使い慣れた肉体の姿を取った。彼は、アガルタの青く澄んだ空の下、緑の平野に降り立った。

(神の権能は把握した。世界の基盤も整えた。ロードマップは完璧だ)

悟は、サラリーマン時代と同じように、ジャケットの袖口を直した。

(だが、私のユートピア・プロジェクトは、まだ**『要件定義』が終わったばかりだ。ここからが、一番難しい『現場での実行フェーズ』**となる)

彼は、完璧な世界を歩きながら、静かに決意した。

「戦争も、苦しみもない世界。このKPIを達成するため、私は、徹底的に人間として奔走する」

目の前には、笑顔で戯れる子供たちと、穏やかに暮らす人々がいた。彼らの目には、未来への不安も、過去の憎しみもない。完璧なユートピアの住人たちだ。

しかし、悟の胸には、一つの疑問が湧いていた。

(『苦しみがない』ことと、『幸福』であることは、本当に同義なのだろうか?)

この、元サラリーマンの神の、ユートピア創造の試練が、今、幕を開けた。

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