第1話
コンテスト応募用の作品ですm(_ _"m)
『いいこと、レア。あなたは私みたいになってはダメよ』
母の言葉の意味は、幼いレアにはよくわからなかった。それでも、母の真剣な眼差しに押され、うなずいたことは覚えていた。
『いい子ね。どうか、覚えておいて。――だれかに依存した生活など、生きているとは言えないのよ』
レアの桃色の髪の毛を撫でながら、母は笑った。傷だらけの指でレアの長髪を撫でた母は、なぜか幸せそうだった。
あれから十年近くが経ち。レアは大きな窓から美しい庭を見下ろしていた。
「レアお嬢さま。アフターヌーンティーの準備が整いました」
背後から侍女が声をかけてくる。
ちらりと視線を向けると、白いテーブルクロスの上に、色とりどりのスイーツが並べられていた。
マカロンにフィナンシェ、マドレーヌ。スコーンの隣には数種類のジャムが置いてある。
ティーポットとカップにあしらわれた模様は繊細で、一目で高級品だとわかる。
「もう少しあとにするわ。それに、いつも言っているけど多すぎるのよ」
この場にいるのはレア一人。なので、この量は多すぎる。毎日毎日言っているのに、改善する気配はない。
「私どもの判断では、どうすることもできませんので」
世話役の侍女の言葉に、レアは小さく息を吐いた。
(これ以上責めても無駄ね。それに、彼女の言っていることは真実だもの)
侍女や料理人の一存では、レアが口にするものを決めることができない。たとえレアが要望を出そうとも、当主の指示を優先しなくてはならないのだから。
窓の外に目線を戻す。雲一つない空。外に出たら、きっと心地いいだろう。
「ねぇ、デボラ」
意味ありげな視線を侍女に向けると、彼女は頭を下げた。
「そのお願いは、叶えかねます」
「知っているわ。一応提案してみようと思っただけよ」
これ以上窓の外を見ていても、いいことなどありはしない。でも、ついつい見てしまう。
(豪奢な家具が設置されたお部屋。豪勢な食事。きれいなドレスやワンピース。全部飽きてしまったわ)
小さなころに見て、憧れた絵本の世界。あれだけ欲していたにも関わらず、今となっては煩わしいものでしかない。
「これを手に入れるための代償が、大きすぎるからかしらね」
窓枠に手を突いて、ぽつりとつぶやく。
このきらびやかな部屋は、いわば牢獄である。享受する選択しかなかったくせに、見返りを求めてくる。
手放したくても手放せない。手放すことは許されない。
「デボラ。今日は何月何日かしら?」
「本日は八の月、二十日でございます」
「もう少しで、私がここにきて八年ね。この八年、なんて充実した生活だったのでしょうね」
嫌味たっぷりな言葉に、デボラが息を呑んだ。
わかっている。これが八つ当たりだと。彼女はただ当主である義父に従っているだけだと。
「たくさんの物を与えてもらったわ。でも、同時に自由を奪われた」
「……レアお嬢さま」
「一体、いつまで私はここにいたらいいのかしら?」
デボラに視線を向けることなく、淡々と問う。デボラを困らせたくない――と思うのに。
心にある鬱憤をだれかにぶつけないと、やっていられなかった。
「ここは私にとっての牢獄ね。さながら終身刑といったところかしら」
鼻歌を奏でる。
幼いころ、母によく歌ってもらった童謡だ。時が経ってもなお、どうしてかあの歌はよく覚えている。
「……お母さんの言っていたことは、きっとこういうことだよね」
小さなレアに母が告げた言葉。
――だれかに依存した生活など、生きているとはいえない。
レアを生かすも殺すも、レアをここに閉じ込めている人物の一存だ。
今のレアは、助かる見込みもないのに、強引に生かされているのと同じだった。




