第7話 アイドルで問題児
飲み物を配る翔子の姿を見留めて、瑠璃が呟く。
「何やってんだ、あいつ。男社会に媚び売ってんじゃねえよ」
「護城翔子か。やっぱ華があるよな」
幸田が呟き返す。
「へえ。あいつ有名なのか?」
「ああ。エリート係長様は、去年までFBI研修に行ってたから知らないか。横南のアイドルにして問題児…」
続ける前に指名された。
「組対係・幸田班長」
「は、はい」
「地元の暴力団組織と今回のトクリュウグループとの関係を、端的に説明して」
「はい。ご案内の通り、うちの管轄には数十年前から、指定暴力団『相模会』という反社組織が存在します」
幸田は数日前に相模会の応接室で若頭の塚原と対峙した。
壁には「義侠心」の掛け軸が掛けられていて、この組が古臭い伝統に縛られた組織であることを物語っていた。
「先日の強盗傷害事件。ウチのカイシャ(隠語・警察署のこと)じゃ『裏で相模会が糸を引いてる』なんて 噂もあるんですよ。いつからトクリュウと仲良しになったんです?塚原さん」
塚原が苦笑する。
「仲良し?あんな連中とつるんで何の得があるんだよ。仕事は雑。やり口はヤクザも引くほど残虐。おまけに実行犯がパクられても、組長まで監督責任が問われる?割に合わねえよ」
「その話、信じていいんですね?」
幸田は自分の経験をフル稼働させて、真偽をはかった。
「塚原の話は嘘ではないでしょう。確かに暴力団の中にはトクリュウと提携する組織もありますが、暴対法の締め付けが厳しいため、一線を画す場合も多いんです」
「幸田、ご苦労。つまり犯罪組織も、悪い意味でダイバーシティ、多様性を広げているということね」
(犯罪のダイバーシティ、か)
翔子はお茶を配り終えて、末席で聞いていた。ダイバーシティ…この近年の流行語がこの事件と根っこにあるような気がした。
前席のスクリーンには、神谷と満生の顔写真が映し出されている。
「いずれにしろ今後の最優先は、この浪岡満生と神谷勇樹の行方を追うことだ。各部署情報共有しながら、捜査に当たってほしい。最後に護城巡査…」
「は、はい!」
「今回の功労者だ。なにか付け加えることはある?」
捜査員の視線が翔子に集まる。
慌ててお茶セットをしまいながら立ち上がった。
「ええと…浪岡満生と神谷勇樹の関係についてですが…何と言いますか…満生君は神谷に対して、少なからず好意を抱いていたと思われ、そのう…これは意外にデリケートな事件ではないかと…」
不意を突かれて、思っていることを咀嚼せずに話した。
「BLってやつか?」
「好きだねえ、オンナは」
失笑がもれる。
「それですよ!女だからこう、男だからこう…そういう固定観念に縛られていては、この事件の本質は見えてこないと思うんです。もっと…何というか根の深い…あ!」
興奮してお盆をひっくり返した。
(なにムキになってんだ。阿呆)
瑠璃は冷笑する。
「もういい。堂前。護城はあなたの下につけます。責任を持って指導しなさい」
「ええ?」
ふたり同時に不満を表した。
「アイドルで問題児…類は類を、か」
瑠璃の隣で、幸田がこっそりほくそ笑んだ。
会議室の外では、ふたりのマスコミ関係者が張っていた。
ひとりは「警察25時STAFF」の腕章を付けたテレビ番組制作会社の曽根という男だ。
この会議室は明り取りのため、壁の上部にはめ殺しの窓ガラスがある。曽根はスマホの自撮り棒を伸ばして、窓から内部を覗く。ガラス越しに音も拾えたので会議の内容も把握した。
会議が終了し、刑事達が廊下にぞろぞろと退出してくる。
曽根が翔子をつかまえる。
「しょこた~ん。おひさ」
馴れ馴れしい不快な口調で、すぐに誰だかわかる。
「曽根?…さん。何のご用ですか?」
「なになに。しょこたん、現場復帰したんだあ」
「しょこたん言うな」
手を振りほどき睨みつける。
黒歴史の断片がよみがえる。
あの頃曽根は情報番組の中の「カワイすぎる婦警の捜査現場密着!」という企画で、翔子に密着取材をしていた。神奈川県警広報部の広告戦略の一環でもあった。
滝沢家のアパートで発砲したあと、この曽根がゴープロというビデオカメラを回しながら、現場に侵入してきた。
「『警察25時』です。護城さん、撮りますよ。撮りますからね」
呆然としていた。何が何だかわからない状態だった。
ふとカメラを見ると、この男は床にへたり込んだ翔子の足元を撮っていた。
「はい。パンしますよ」
太腿を舐め回すような撮影。あわよくばパンチラ狙い。
「はい。レンズに向かって…バキューン」
後で聞いたら、曽根はバラエティ畑のディレクターでドキュメントものは初めてだったらしい。
「ふざ、けんな!」
翔子はゴープロごと曽根を蹴り飛ばした。
「今回の事件、面白そうだね。トクリュウだけじゃなくて、BLまで絡んでるんだって?」
「あんたらワイドショーの食指が動くか?」
「ワイドショーじゃないよお。俺ら硬派のジャーナリズムだしい」
「あんた、私が固まってた時パンチラ撮ろうとしたよね。それのどこがジャーナリズムよ!」
怖い顔で詰め寄ったが、曽根はへらへら顔で返した。
「そうそう。あのシーンが、番組の瞬間最高視聴率だったんだよね。グッジョブ、俺」
ドヤ顔で親指を突き出してみせる。
「おまえのようなごろつきマスコミはな…」
出禁だ、と言う前に襟首を堂前瑠璃につかまれた。
「行くぞ。問題児」
もうひとりのマスコミ関係者は「週刊リアル」の腕章を着けた西浦。
(トクリュウの闇バイトだけじゃ弱いけど、BLを絡めりゃ一本書けるか。そう言えば最近、実行犯に弁護士が付いたみたいだな)
西浦は書き留めたメモをしまって、次の取材先に向かった。