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第6話 犯罪のダイバーシティ


 この夜も翔子は、久しぶりの捜査活動に疲れて帰宅した。

「しょ、翔子ちゃん。お帰り」

 同居人の声が聞こえ、奥のキッチンから顔を出す。その顔は茶色く煤も付いている。

「亜美ちゃん。何してるの?」

 キッチンに行くと、テーブルとシンクに食材が飛び散らかっている。

「な、何かあった?」

「‥カレーをつくった。な、慣れないから、なんか、汚した」

 バスルームから轟音がした。

 行ってみると、洗濯機から大量の泡が噴き出している。

「あ、また失敗したあ。ちょ、ちょっとでもお手伝い、したかった。ご、ごめんなしゃい。翔子ちゃん」

 申し訳なさそうに俯く。

「…ううん。ありがと」

 口ではそう言ったが、ストレスは増大した。

 カレーを一口食べる。

(初めてだ。味がしないカレー)

 しかし、亜美は黙々と食べている。取り繕うしかない。

「あ、おいしい。亜美は、お料理上手なんだね」

「お、女の子だもん」

 はにかむ亜美の表情を見ると、やはり頑張ったことだけはわかる。

(この子は今まで、どういう生活をしてきたんだろう?」

 思いを巡らせスプーンが進まないのを、亜美がたしなめる。

「早く食べないと、ママに叱られるよ」

 その語調に違和感を感じつつ、翔子は大急ぎで食べ続けた。


 数日後の刑事課長室。翔子はこの部屋の主の前で畏まっていた。

 机上には、満生と神谷の写真がある。

 応接ソファにはニ係長が座っている。

「護城巡査‥」

 何か叱責されるのか?ストレスが角を出す。だが次の瞬間、桜庭課長は笑顔になる。

「お手柄だ」

「…あ、ありがとうございます!」

 ホッとし、嬉しそうに敬礼した。

「えっと。ですが、一体どの辺がお手柄なのでしょうか?」

 課長が苦笑する。

「ま、そうなるか。護城巡査も、先日の強盗傷害事件は知ってるわよね?」

「はい。グリム事件と呼ばれてますね」

「私達刑事課は、指示役の正体を探っていた。でもその『グリム』という仮名以外、本名も容姿も全く掴めていなかったの。それが先日ようやく、そのグループに浪岡満生という人物が関係してることが判明し、あなたに調べてもらった、というわけ」

「あ。では、本官の拙い捜査が少しはお役に立てた、ということでしょうか?」

「捜査ってほどじゃねえがな。二係長の堂前だ」

 立ち姿は、ナントカ歌劇団の男役のように凛としている。

(わ。私に怒鳴った人だ)

 スマホを手に、翔子に歩み寄って来る。

「グリムというのは、中世ヨーロッパで擬人化された死神『グリム・リーパー』のことだ。マント姿で鎌を持つ骸骨…」

 言葉通りのグリムの画像を見せる。

「指示役はこのデザインを、連絡用のアバターに使っていた。そしてお前が提出した写真の、神谷の刺青も…同じデザイン」

 スマホの画像と神谷の刺青を並べると、明らかにそれがモデルだとわかる。

「つまり、神谷がグリムである疑いが急浮上してきた、ということよ」

 課長が補足する。

「強盗傷害の実行犯が、とある飲食店の名を口にした。調べてみたら、その店のオーナーの登記名も『神谷勇樹』という人物だった。ビンゴだ」

「その店はトクリュウ達のアジトであり、闇バイトをリクルートする拠点なの。急遽家宅捜索したけど、もぬけの殻だった」

「トクリュウというのは、匿名流動型犯罪グループでしたよね?」

「ああ。ネットを駆使して匿名で素人をコントロールし、特定組織には属さない流動型だから暴対法の対象外。最も卑劣で厄介な反社グループだ。暴力団が悪魔なら、やつらは正に死神だ」

「…死神」

 

「それと、もう一点お手柄よ。あなたが提出した浪岡満生の学生証に浪岡のものであろうと推測される指紋が付着していた。護城巡査は、わが横南署に切断された小指が郵送されたことは知ってるわよね?」

「あ、はい。内部メールで拝見しました」

 署内の関係者のみに送られる一斉メールだ。

「浪岡の指紋が、その小指のものと一致した」

 言葉を失う。

「つまり、どういうことでしょうか?」

「ほぼ同じ時期に起きたふたつの案件に、浪岡満生が関わっている可能性もまた浮上してきた、ということだ」

 横から瑠璃が補足する。

(よくわからんが、この護城という小娘には何か事件を引き寄せるようなもんがあるのかもしれんな。現場にはたまにそういう奴がいるからな)

 あらためて翔子を見る瑠璃に、上司が命じる。

「堂前。刑事課全体の捜査会議を開く。各係の班長以上を集めて」

「了解」

 ニ係長が敬礼して退出する。翔子も後に続こうとしたが、止められた。

「護城巡査。あなたも出席しなさい」

 翔子が立ち止まる。

「え?ですが本官は、生活安全課の総務担当でありまして…」

「生安には私から連絡しとく。今日から刑事課出向ということでね。私の古巣なんだから、どうとでもなるわ」

「で、ですが」

「護城巡査。捜査現場に戻るチャンスだと思いなさい!」

「…はい」


 横浜南署の大会議室に「高橋家強盗傷害事件捜査会議」の札が貼られた。すでに刑事課係長班長クラスが揃っており、室内は情報交換でざわついている。

 堂前捜査二係長は、ある仕掛けをするためにスマホの通信アプリを開いた。

[アオ君、ミドリ君。逃亡資金を渡します。アジトに集合]

 この文面を、一斉送信する。

(よし。コマセは蒔いた)

 つづいて、動かす部下を探す。後方の席で同期の幸田と名倉が話し込んでいるのを認めた。

「名倉。なんでこのヤマ、おまえらが仕切ってんだ。タタキは捜一案件だよな?」

「今回の主犯は元々特殊詐欺グループだから、『二係主導が合理的』ってことさ」

「どうせ、堂前がねじ込んだんだろ?」

「リケジョで語学堪能の係長が、自ら証拠品を解析して掴んだネタだからな」

「ち。船頭が、てめえで釣り糸垂らしてどうすんだよ。チーム・リーダーの役割がわかってねえな。これだから女は…」

 言い終える前に、幸田の後頭部が弾かれた。

「いって!何すん…」

 背後には、パチった中指を立てている瑠璃がいた。 

「その女性蔑視発言は、私のことか?それとも横南初の女性刑事課長のことか?」

 幸田が慌てたように小声で返す。

「お前に決まってんだろ。俺だって、桜庭さんの実力は認めてるわ」

 前席の千春に聞かれてないか、幸田が見やる。

「教場の同期だから、タメ口には目をつむってやるがな。カツオ漁は、船頭も率先して釣るんだよ。SⅮGsと伝統漁法について、もっと勉強しろ。巡査部長」

「…以後精進します。警部補殿!」

 階級社会だ。幸田が憎々しげに姿勢を正す。   

「例の店に行け。ここはいい」

 瑠璃は、今は直属の部下である名倉に命じる。  

「一本釣りですね。了解」

 そう言って瑠璃に席を譲り、名倉は退室した。

「では、高橋家強盗傷害事件の捜査会議を始める。まず捜査の進捗状況から…」

 桜庭刑事課長の進行で会議が始まった。




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