表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

第4話 小瓶の指


「お客様と何盛り上がってるんだか。ごめんね、婦警さん。あの子、上野愛子って言って、あたしの姪っ子なんだ」

 婦警さん‥昭和の女性だった。

「あ、いえ。愛子さんは、私に付き合ってくれただけで。私の方こそ…」

「総務課長から聞いたけど、クライアントのことで何か聞きたいんだって?」

「はい。この青年です」

 と言って、満生の学生証を見せる。

「…ああ。浪岡さんね。よく知ってるよ。でも、お客様の個人情報だしね」

「浪岡さんの安否に関わるかもしれないんです。是非お願いします」

「安否?んじゃあ、仕方ないね」

「録音してもいいですか?」

「どうぞ。さて、どこから話すかね。確か春頃だったと思うけど、浪岡さんの誕生日を祝ってほしいっていう依頼が来てね」

 翔子はアプリを立ち上げ、赤羽の話に耳を傾けた。


「今年の春だったね、浪岡さんが初めてこの事務所に訪ねて来たのは。スーツ姿の朴訥そうな青年だったよ。

『ご予算は、おいくらぐらいで?』って聞くと『バイトをして貯めたお金があるので、このくらいまでは…』

 ってメモに書いて、金額を提示してきた。妥当な金額だったから引き受けることにしたんだよ」

「家族でも友達でもない便利屋さんに、お誕生会の出席ですか?」

「よくあるよ。お葬式や結婚式に参列してほしい、とか。なにせ人数分のギャラが入るわけだから、こっちは歓迎だ。気前のよさそうなお客さんだし、ご挨拶がてら社長のあたしも参加したんだ。ちょうどお花見の時期だったし、オープン会場を貸し切ってね…」

 真代はその時の写真を翔子に見せた。真代ら従業員数名が集まっている。日付は「4月5日」とある。テーブルにはシャンパンやオードブル等が揃っている。

 こんな状況だったと真代が続ける。


「浪岡さん。お誕生日、おめでとう!」

 クラッカーがけたたましく鳴る中、上座に座る満生は紙吹雪を浴びながらニコニコ笑っていた。それだけなら普通のお誕生会だ。

 だが、クライアントの満生は、女装をしていた。清楚な女子学生の容姿に、真代たちは最初かなり戸惑ったようだ。

 だが以前にも女装家の男性が「話し相手になってほしい」という依頼があったため、なんとか臨機応変の対応をしたという。暗黙の了解のうちに、しばらくはカラオケ等で盛り上がった。

「…宴もたけなわですが、最後に、ご本人から一言お願いします」

 閉会の時を迎え、満生は恭しくお辞儀をしてから話し始めた。

「今日は私の誕生日にお集まり頂き、本当にありがとうございます。私には女友達がいないから、こんなパーティー、ずっと、ずっと夢だったんです!」

 そう言って感激の涙を流したそうだ。

「戸惑わせてごめんなさい。でもこの姿も男の私も、浪岡満生なんです…事情をお話しします…」


「私の父親は熊本の総合病院の院長で外面はいい反面、家では事あるごとに母に暴力をふるう人でした。母を罵り殴ったあと、必ず父は『俺は差別をしてるわけじゃない、区別しているだけだ』と言い訳をしました」

 真代たちは神妙な面持ちで、満生の告白に聞き入った。

「でも私は、そもそも区別した時から差別は始まっているのではないか?『性別』をなくせば『性差別』もなくなるのではないか、と考えるようになりました。男でも女でもない。でも、愛を忘れないひとりの人間でいたいんです」

「今日初めてカミングアウトします。小学生の頃から、私はこの気持ちをずっと心の底に沈めてきました。潜ってきたんです。でも、でももう、息苦しくて…」

 そう言って嗚咽し始めた、という。

 真代は満生に歩み寄って抱きしめた。

「いいかい。困った事があったら、必ず言うんだよ。商売抜きで手を貸すから」

「ありがとう…ござい、ます」

 そんなやり取りをしたそうだ。


(うう。エモい)

 翔子がBL好きだからというのではない。女子としての共感だった。

「そんな子が、恋をしたって言うんだ」

「恋?え、どんな?」

「なんだっけ。アイチューブとかいう動画の出演者募集に、興味本位で応募したらしいんだ。そしたら『そのプロデューサーの神谷さんも、自分と同じ指向性の持ち主だった』って嬉しそうに話してたね…ただ、その後どうなったかまでは知らないな」

「会ってないんですか?ロマ…満生君と」

「ぱったり依頼もなくなって、その恋が実ってくれたらいいな、とは思うけど…あ、そう言や、一度メールで…」

 と、スマホを取り出し写真を見せる。

 神谷と腕を組む満生の写真だ。

「これが、神谷…さん?この写真データ、頂けますか?」

「いいよ」

 翔子のスマホに転送する。

「おっと、こんな時間か。このあと大事な用があるんで、これで失礼するよ」

 社長は立ち上がり退出した。

(わあ、優しそうなひと。よかったねえ。ロマンちゃん…ん?何、これ?刺青?)

 写真を確認してみると、神谷という男の胸元には死神の刺青がくっきりと映っていた。


 9月3日。横浜南署総務課の月曜日は、郵便物の確認から始まる。

 野村課長が厚みのある封筒を取り上げる。

 表書きは「高島署長」宛てだ。

(署長じきじきに?)

 軽く振って音と重さを確かめてみる。

(爆発物ではなさそう)

 慎重に封を切って、逆さにする。

 中から小瓶が転げ落ちてきた。

「総員、退避!」

 課長の号令に、一同は迅速に机の下に避難した。

 静寂ののち、恐る恐る野村が確認する。

「ああ。これは大ごとになりそう…だねえ」

 小瓶の中には、ホルマリン漬けの小指が浮かんでいたからだ。


 その日の午後。

 大会議室には高嶋署長、野村総務課長、桜庭刑事課長以下刑事課捜査員が十名ほど集まっていた。

 前面スクリーンに、小指と指紋の画像が映し出される。

 横南署史上初の女性刑事課長・桜庭千春が今回の案件を説明する。

「今朝、わが横南署にこのような不審物が郵送されました。宛先は高嶋署長です。さりとて、手紙等の文書は同封されていなかった」

 腰掛けで署長に赴任してきたキャリア官僚に、一同の目が注がれる。    

「無論、私に心当たりはない。なにせ先月本庁から出向してきたばかりだからな。神奈川には地縁も知己もない。それに…」

 画面が宛書のアップに切り替わった。

「シマの字が違うんだ。私のシマは山偏が付く。調べたら、県警のHPも山無しのシマになっとった。広報部のミスだ」

「つまり、送り主はHPで見た署長の名を事務的に書いただけ。本当の宛先は横南署全体と思っていいでしょうね」

 その指摘に一同の表情が強張った。

「警察に恨みを持つ者が、ガセネタや脅迫状まがいの手紙を送りつけることはままあります。でも今回は、一概にただの嫌がらせとは言い切れないのです。というのも切断されたこの左小指はホルマリンに漬けてあり、指紋がきれいに保存されていました。このことは送り主による県警への何らかのメッセージ、もしくは挑戦状ではないか?とも解釈できるからです」

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ