第3話 女たちの便利屋
「女たちの便利屋」というピンクの水商売風の看板が高々と掲げられている。事務所の中もその名の通り、女性ばかりの活気ある雰囲気だった。翔子は総務課の浜口菜摘という女性に案内された。
「わが社の業務は、家事保育等女性のスキルに特化した代行業です。従業員もご覧の通り女性だけです」
「そうすると、お客さんはやはり男性?」
同じ質問をされたことがあるのだろう。菜摘は苦笑してから答えた。
「そうとばかりも言えません。例えば一人暮らしの女性は、見知らぬ男性を家に上げたくないですよね。わが社では電球の交換やビデオの配線・力仕事などもお手伝いさせて頂いております。どうぞ」
そう言って翔子に応接椅子を勧め、自分も座る。
「実はとある男性が行方不明でして、その男性の財布の中にこちらの赤羽さんと言う方の名刺が残っていたものですから、お話を伺えないかと」
「赤羽が名刺を差し上げたのなら、おそらく当所のクライアントでしょうね」
「この青年なんですが」
翔子は菜摘に、満生の学生証を見せた。
「あら。浪岡さまですか。この方は、愛ちゃんのお客様ですね」
「愛ちゃんというのは?」
菜摘がタブレット上の履歴書を見せる。
「上野愛子、22歳。こちらの浪岡さまの“レンタル彼女”ですね」
「れ、レンタル彼女?」
言葉の響きに声を上げる。
「いま、何を想像しました?」
「あ、いえ」
「レンタル彼女というのは、男性お客さまの彼女に成り代わって疑似デートをするだけなんですけどね」
「あ、そ、そういうもので」
「シャイな方とか何事も完ぺきにこなしたい方が、デートのシミュレーションするときのお相手ですね。もちろん、それ以上のおかしな交渉は一切ありませんよ」
翔子がほっと吐息をつく。
「安心しました。私たち生活安全部は、そういうグレイな商売も見てきましたから。その愛子さんにもお話は伺えますか?」
「愛ちゃんも所長の赤羽ももうじき出所しますので、よろしければ所長室でお待ちになりますか?」
先に来たのは上野愛子だった。
背の高いモデル体型だ。清楚な雰囲気の好感度の高い女性で、首を細く見せるためか紺色のスカーフを巻いている。
翔子は事件に関わるような大ごとではないことを強調してから、いくつか質問する。
「まず、レンタル彼女の業務内容を教えてもらえますか?本当の彼女さんとデートする前のリハーサル要員と聞いてますけど、女性側の意見をアドバイスするんですか?」
この質問は業務と言うより好奇心だ。少し緊張したような戸惑うような表情で愛子が答える。
「一応事前にお相手の趣向性などを伺って、遊園地ならどんなアトラクションに乗るのがいいかとかレストランで注文するメニューはこれとか…あくまで、個人の感想ですけどね。今夜お会いする方なんかは、別居されている高校生の娘さんとどう接したらいいかって悩まれてるおとうさんで…あ、すみません。これ個人情報でした。内緒で」
人差し指を口に当てる。女の子らしい仕草だ。
「浪岡満生さんから最後にレンタル彼女の依頼を受けたのは、いつですか?」
「…半年以上前だったと思いますね」
「それ以降個人的に会ったり連絡を取ったり、とかは?」
「仕事以外での接触は禁じられていますし、ロマンちゃんの連絡先も知りません」
ロマンちゃん、というニックネームは知っているようだ。
「浪岡さんとは、どんな疑似デートをしたの?」
「初めの頃は、彼の大学キャンパスに呼ばれましたね。あ。ここからは、あくまで私の主観ですよ」
ー最初は毎週水曜のランチを付き合うだけ…という契約でした。浪岡様が通う文久大学医学部キャンパスに呼ばれて、小洒落たビュッフェで食事するんです。
彼の同級生の方によく声をかけられました。
「よ、ロマン。デートか?」
「いやあ、そんなんじゃないよ。彼女、バイト仲間でさあ…」
よくある、友だちに見栄を張るために雇ったレンタル彼女なんだろうな、
ぐらいに思っていたんです。
ちょっとイケメンの男子なんかも、微笑んで手を振ってて。
「おい。バイト先の彼女を、俺たちに見せびらかしに来たのか?」
「…神谷くん」
心なしかはにかむ仕草でしたね。でも、少し違和感が…。
「へえ、意外だな。ロマンちゃんはあっちかと思ってたからさ」
神谷くんは、馴れ馴れしく彼の肩を抱いたりしてました。
「…なわきゃないじゃん」
「俺はあっちでもいいんだけどな」
そう言って満生の頭をさらっと撫でて去るんです。
嬉しそうでしたね。
ーそのうちに夕食のお相手もするようになったんですけど、なぜかいつも必ずと言っていいほど、その神谷という男性と出くわすんです。
ある日、派手な若い女性たちを引き連れた神谷くんが私たちのテーブルまで来ました。
「ロマン。彼女とばっか付き合ってないで、たまにゃ男同士で遊ぼうぜ」
「う、うん。神谷くんの都合のいい日はあるの?」
「おう。ラインしろよ。な」
そしてまた、彼の頬を撫でていくんですよね。
「ああ、そうか。私は当て馬なんだって直感しましたね」
翔子がきょとんとする。
「当て馬?」
「経験ありません?ホントに好きな男の子の前で、わざと別の子と楽しそうに振舞って見せる的な?」
「え、じゃあ…BL?ボーイズラブ?」
「あはは。警察の人も興味あるんですね」
「いや、そういうわけじゃ」
「隠しても無駄ですよ。だって、ほら」
愛子が翔子のカバンに付いたキーホルダーを手に取る。
「これ、風見君ですね。お好きなんでしょ?『キミ風』。あれ、最近のBLものの最高傑作ですよね」
「あ。ええと…」
「ね、誰推し?私は断然、ミノル君。風見君の寝顔にキスする時、自分の唇がカサついてて思い止まるシーン。超~エモくないですか?」
語り口調が滑らかで興奮気味だ。
「…いや。エモさなら、今月号の…」
翔子もまた、バッグから漫画雑誌を取り出して語り始めた。
扉が開く。
「失礼。お待たせ…ん?」
帰社した赤羽所長が見ると、客と従業員が黙って雑誌に見入っている。BLマンガの主人公風見とミノルのキスシーンだ。
「きゃあ!エモ~」
ふたりとも、眼を潤ませている
「…あんたら、何やってんだい?」
翔子が慌てて雑誌をしまう。
「あ、所長。す、すみません」
愛子もそそくさと立ち上がった。
「じゃ私はこれで。またなにかあったら、お話ししましょうね。翔子さん」
曇りのない笑顔で退出する愛子を見て、翔子は思う。
(素直できれいでかわいい子。ありゃあ、男にモテるな。レンタル彼女は適材適所だな。うん)
「んで、お話って?どっこい正一、と」
どかっと目の前のソファに座るオバはん。次の尋問相手はしんどそうだ。