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第2話 グリム


 8月18日。神奈川県警横浜南署。

 桜庭千春刑事課長自ら、第一取調室で莉緒を聴取した。

「弁護士が付くまで、黙秘します」

「…わかった。でも、気が変わったら、いつでも呼んでね。私はあなたの味方よ」

 だが莉緒は「味方?グリムも…そう言ってたけどね」と、鼻先で笑った。

(また、『グリム』か)

 千春の気が重くなる。トクリュウ…匿名性流動型犯罪グループは、極めて厄介な被疑者だからだ。


 翔子が借りている2DKのマンション。

 出勤準備をして玄関に向かう翔子は、亜美の部屋の前で立ち止まった。廊下には食事を終えたあとのお盆がある。

「亜美ちゃん。行ってくるね」

 部屋の中に声をかけるが、返事はない。吐息ひとつを残して家を出た。

 声をかけられた亜美は、暗い部屋の中でスマホに見入っていた。玄関ドアの閉まる音がする。

「い、行ってら…さい」

 見ているのはTⅤアプリだ。

―全国各地で起きている特殊詐欺並びに強盗事件の続報です。警察庁は、容疑者グループを特定した模様で…。

 朝のニュースだった。

「…こ、怖い話、きらい」

 亜美は、少女戦士が悪人を懲らしめるアニメに切り替えた。


 「女たちの便利屋」という少し意味深な事務所だ。女性従業員達が忙しそうに働いている。

 上野愛子は従業員控室で、化粧を直していた。首にスカーフを巻き、手鏡で確認する。

―指示役は「グリム」というアカウント名で、SNSを駆使して実行役に指示していたと見られています…。

 TVが実行役・中原莉緒容疑者の顔写真を映す。愛子は、険しい表情でそれを凝視する。

「愛ちゃ~ん。ちょっと、社長室まで来てくれる?」

 総務課長から声をかけられる。

「はい。すぐ行きます」


 その頃横浜南署捜査二係長室では、堂前瑠璃が押収したスマホを解析していた。

(トーク文が自動的に消える…ロシアのテレグラムを応用したアプリだな)

 パソコン画面には、漢字とアルファベットが並んでいる。

(科研が解析できないわけだ。英語でもロシア語でもない。併音仕様のプログラムか。面白い)

 瑠璃が勢いよくキイを叩くと、画面が日本語に変換されていった。

 トーク文の内容から、「グリム」が強盗を指示する様子が手に取るようにわかる。

「やはり指示役はお前か、グリム。いつまで潜ってんだ?」

 声に出しながら、解析のピッチを上げる。

「とっととツラを見せろ!」  

 「グリム」のアイコンが徐々に浮かび上がってきた。無論本人の顔写真ではない。

「グリムってなあ童話じゃなくて、死神のことかい。トクリュウ野郎」

 アイコンに使われている画像は、マント姿で鎌を持つ骸骨だった。


 8月30日。

 横浜南署組織対策係が「Diver City」という会員制バーを家宅捜索した。

 だが踏み込んだ時にはもぬけの殻 、 店内には誰もいなかった。蝉だけが窓の外でけたたましく鳴いている。

 幸田班長は、忌々し気に押収した薬品の束を弄んだ。

(くそ。やつはどこだ。今日はここにくるはずじゃねえのか?)

 情報違いか。それとも警察内部の情報が漏れていたのか?

 制服警官が報告する。

「近所の聞き込みによると、ここ数日この店は閉店していたようです」

 一昨日の家宅捜査が決定する前から、ここはもうアジトとして使われていなかった。つまり、情報漏洩という最悪の事態ではなかったようだ。

 だが、いずれにしても空振りに違いはない。

(またフィリピンにでも潜ってやがるのか?トクリュウ野郎)

 幸田はあやうく押収品を握りつぶしかけた。


 第一取調室。瑠璃は観察室からミラー越しに聴取に立ち会った。手元にはタブレットがある。莉緒を聴取するのは引き続き千春だ。

「二か月、ソープで働かされた。もう限界だ、ってグリムに伝えたら、あの強盗の闇バイトを押し付けられた」

 千春は慎重に頷く。

「ひとりで考えた。なんで私だけが、こんな目に合わなきゃいけないのかって。私を騙したやつらは、なんで逮捕されないのかって。だから、話す」

「…あなたを騙したのは、誰?」

「浪岡満生」

「ナミオカミツオ」

 瑠璃はすかさず、タブレットでその名を検索した。署内データから、護城印の「一般行方不明」リストがヒットする。と同時に、舌打ちをした。


 生活安全課総務係の内線電話が鳴り、翔子が受話器を取る。

「はい。生安総務・護城です」

 モニターで応答すると、電話機が壊れるかと思える怒号が鳴り響いた。

「…お前が護城か。刑事課捜査二係・堂前だ。お前6月に、浪岡満生という行方不明者の捜索願を受理したな?」

 慌てて翔子はパソコンで確認した。

「え…あ、はい」

「なんでこんな重要な案件を、一般扱いしてんだ?バカヤロー!」

「あ、いえ。私は特異扱いに…」

 ふたりのやり取りが聞こえ、早苗と美和子が顔を伏せる。

「捜査員に忖度してるつもりだろうが、余計な真似なんだよ。こいつが事件に関わってたら、どう責任とるつもりだ?至急調べて、刑事課に報告しろ!」

 電話が切れた。

「あ、お昼だね。今日はどこ行く?」

 席を立って逃げる早苗達を見送りながら、翔子は自分に対して決意表明をした。

(…やってやるわよ。アイドル刑事)


 文教大学キャンパスで、翔子は満生の学友達に聞き取りをした。

「まじめな子ですよ」

「みんなから『ロマンちゃん』っていじられてたけど。いつもニコニコして」

「ロマンちゃん?」

 その女学生は、翔子が提示した学生証の「浪」と「満」を示して言った。

「ほら。ロ、マン」


 次は満生のアパート。管理人にカギを開けてもらい、室内を探る。

 警察の捜査と言えど、本来なら捜査令状が必要だ。

 行方不明の本人に代わって賃貸保証人の母親の了解を取ろうと連絡したが、君江には一向につながらなかった。どうも通話ブロックされているようだ。

 そのことにも若干不審感を抱いたが、とりあえず不明者捜索願で委任状の代用をして管理人を説得した。

 清潔感ある小綺麗な部屋だった。

(なんだか、年頃の女の子の部屋みたい)

 医学書が並ぶ本棚。枯れてしまった観葉植物。

 机の上にはコピーを取った文教大学の学生証が無造作に置かれている。

(いちおう押収しておこうかな)

 付着した指紋などが捜索の役に立つかもしれない。マニュアル通りピンセットでつまみ上げてビニール袋に保管する。

 クローゼットを開いて見る。

 地味な男物の服に混じって、フリルの付いたドレスが何着か掛けられている。

(おやおや?ロマンちゃん?)


 



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