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DiverCity~愛が潜る街  作者: 真夜航洋


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第19話 対峙


 自分はなぜ走っているのだろう?

 理由は分かっている。助けたいからだ。

 誰を?

 翔子は思い出す。本当の黒歴史を。


 小学生の頃、転校生の女の子が「方言がキモい」とイジメられていた。

 当時の私はクラスの人気者だった。

「大丈夫だよ、○○ちゃん。私は、方言可愛いと思うよ」

 そう言えばイジメは収まり、私はさらに株を上げると思った。

 逆だった。

 彼女をかばった私は、「いい子ぶってる。調子に乗ってる」と転校生とニコイチでイジメの対象になった。

 無視された。LINEグループから外された。鞄や靴を隠された。

 学校へ行くことが憂鬱になり、悪い事ばかり考えるようになった。

(別に友達でもないあの子を助けたばっかりに…ああ、そうだ。あの子が全部悪いんだ。あの子が悪なんだ)

 翌日から、私もその転校生をいじめる側に回った。

 数日後、彼女は不登校となりフェードアウトするように転校していった。


 私はもとの人気者に返り咲いた。

「やっぱり翔子ちゃんは、私たちの側だった。よかったあ」

 確か、そんなようなことを言われた気がする。

 私たちの側、とは何だったのか?ずっと考えているが、いまだに答えは出ない。

 ずっと後ろめたさを引きずっている。いまだにその霧は晴れない。


 警察官になって思い知った。

 ひとは自分を守るためには、ひとを傷つけることを厭わない。

 無意識に、無自覚に。

 誰かに指摘されようものなら「違う。自分も被害者なんだ」と弁解する。

 「自分より悪い奴はいっぱいいる」と巻き添えにする。

 そんな被疑者、容疑者を見るたびに、あの転校生のことを思い出す。

 自分もまた、無自覚の加害者ではないのか?

 救われない気持ちに堕ちていく。


(そうだ。私は、私を救うために走っているんだ)

 翔子は裸足で、到着ロビーまでの道のりを走り続けた。

 冷たい床が足の裏から全身を冷やし、少しだけ心地よかった。


 十数名の警察官僚が到着ロビーに現れた。大名行列のように、氏木ら容疑者を連行している。

 あっという間に報道陣に取り囲まれた。

 中国側との交渉では自分の承認欲求を満たせなかった北島参事官が、ここぞとばかりに報道陣の前に出しゃばる。

「報道陣の皆さん。まあ、落ち着いて。今から、皆さんにサービスショットをご用意しますんで。渡辺君」

 官僚社会での上司の命令は神の言葉よりも重い。渡辺が容疑者達を横一列に並ばせていく。

 フラッシュが機関銃のように閃いた。

(この状況でマスコミサービス?危険だ)

 瑠璃ひとりが苦虫を嚙みつぶした顔になる。


「ええ。彼らが、横浜市の強盗傷害事件ほか、あまたの特殊詐欺を指示していたグループであります。ですが我々日本警察は…」

 どうせ放送には使われないであろう、官僚の自画自賛が続く。その中で、瑠璃はある人物の動きに目をやる。

 報道陣や群衆をかき分けるように進む若いオンナ。

(報道陣でも、旅行客でもないな)

 と、瑠璃のスマホが点滅していたことに気づいた。

 覗き見ると「グリム=氏木、襲撃される恐れあり」という千春からのLINE通知だった。

 北島の背後にいる氏木を見る。その氏木に近づくオンナは、バッグの中に手を突っ込んでいる。

 駆け出す。


「伏せろ!」

 瑠璃は北島を押しのけ、氏木にタックルした。

 ふたりの身体が床に転がる。

 悲鳴が上がり、一帯が騒然となる。

 氏木のはだけた胸元に、死神の刺青が見えた。

(こいつが…)

 瑠璃より先に叫んだ者がいる。

「グリム・リーパー!」

 声の主を見る。やはり、さっきのオンナだ。


「女性達の恨みを、受け止めなさい」

 そう言って、氏木に拳銃を向けている。

「う。うわああ!お、おい。俺を守れ!」

 氏木が瑠璃の背後に逃げる。盾にするつもりだ。

(この、ゴキブリ野郎が!だが言われなくても、それが警官だ)

 反射的に、両手を広げて氏木を庇う。

 空港警官、警察庁捜査官らが一斉に拳銃を構えた。

 一気に張りつめた空間となる。

 最悪の状況だ。

 刺激しないように、瑠璃が愛子に語りかける。

「な。あんたもこいつの被害者だって言うんなら、きちんと被害届を出して、私らに詳しく話してくれないか?」

 くだらない正論だ、と瑠璃は後悔する。説得力はないだろう。

 襲撃者は、ゆっくりと自分の置かれた状況を見回してから言った。

「国家権力が守るのは、弱者じゃない。秩序の方。『男らしく、女らしく』が秩序の国で性被害者が警察に届けたら、こんな風に『お前にも落ち度があったんだろ?』って、疑いの銃を向けられるんでしょ?今の状況が…物語っています」

 疑いの銃。国家権力がいま振りかざし、のちにマスコミやSNSなどで善良な悪意が振りかざすであろう銃。

(…ああ。そう、思うよな)

 そんなことはない、などと無責任なことは言えない。どう対処すればいい?瑠璃は脳と経験をフル回転させる。

 静寂の中…息を切らす音が近づいてくる。

 警察の制服を着たオンナが、裸足で駆け込んで来るのが見えた。

「…銃を…銃を下ろして…」


 拳銃を構えている対象者の動きが止まった。

「しょうこ…さん?」

 確かにそうつぶやいた。瑠璃が確認する。

(護城翔子?知り合いなのか?)

「警察の皆さん。銃を下ろして下さい!それでは、彼女を追い詰めるだけです!」

 そう叫ぶ翔子に、ロビーにいるすべての者が注目する。

 空港警察官や警察官僚たちも我に返り、躊躇し始めている。

「参事官。カメラの前で、オンナ相手に発砲したら、世論を、国民を敵に回すぞ!」

 瑠璃は、威嚇するように北島を睨んだ。

 マスコミだけでなく、スマホで撮影する一般人までいるのだ。

「…総員。銃を納め、待機!」

 階級の威力だ。みな銃を下ろし、ホルダーに納めていく。

 翔子が安心したように、息を整えながら近づいてくる。

「…あなたもよ。ロマンちゃん」

 そう言って、愛子の前に立ちはだかった。

 襲撃者は息を飲んだ。


 留置場の中、赤羽真代はあの日のことを思い出す。

 コンテナの中で愛子が射撃練習するのを、複雑な思いで見守ったあの日のことを。

「復讐、って思っていいのかい?」

「それもあります」

 愛子がグロックに銃弾を補充しながら言った。

「でも一番は、私には義務があること」

「義務?」

「私は中原莉緒という女性を、結果的に騙してしまいました。彼女や、氏木が騙してきた女性達は刑務所や留置場にいて、氏木に復讐することも近寄ることすらできません。でも、真代さんや両親に助けられ、生き延びた私は…できます」

 再び標的に銃を向けた。

「私が、やらなくちゃ」

 グロックは注文通り素人でも扱いやすい拳銃だ。発射した銃弾は、標的の中心を射抜いた。




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