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DiverCity~愛が潜る街  作者: 真夜航洋


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第11話 女子会


 次の週末の夜、横浜南署女子寮の娯楽室で慰労会が催された。平たく言えば、女子会だ。  

 おのおのが私服やパジャマ姿で盛り上がる片隅で、翔子は憂鬱そうにビールを飲んでいた。

「翔子。久々の現場はどう?」

 刑事課長が声をかけてくる。

「あ、桜庭警部」

 翔子が敬礼しかけるのを、上司が制する。

「やめて。そういうのをさせないための女子会よ。ストレスがあるなら、全部ここに吐き出していきなさい」

 そう言って、女友達のように翔子の肩を抱く。刑事課長という多忙の中、こんな会を主催もする。署内の人望が篤いわけだ。

「警官は、毎日いろんな犯罪者と向き合いますよね。でも多くは無自覚だったり、被害者を気取ったり…そういうの見るのも、地味にストレスです」

 お言葉に甘えて、母や姉にするように愚痴を吐露する。

「いっそ射っちまいたい、か?」

「あ、あの件は…」

「あはは。ごめんごめん。発砲したこと自体は賛否両論あるけど、身体を張った単独行動に関しては高く評価してる者もいる。少なくとも私とあの子はね」

 千春が後輩に囲まれているタキシード姿の瑠璃を指す。

「瑠璃様。来週出張ですって?」

「ああ。お土産買ってくるよ」

「私も、ついて行きた~い」

 ホストに群がる女子のように、後輩たちが男装の麗人を取り囲んでいる。


 一週間前の刑事課長室。瑠璃と千春はテレビを見ながら、紅茶を飲んでいた。

―また、この通称『グリム・グループ』は、先月横浜市内で発生した強盗傷害事件にも関与していたとの情報もあり、余罪についても引き続き捜査を続ける方針です…。

 次のニュースです、と告げかけたところで瑠璃はTⅤを消した。

「本庁のやつら、こっちには極秘事項とか言って、結構情報出してんじゃん」

 言いながら茶菓子を口に放る。

「マスコミから、さんざん『後手後手の無能警察』扱いされてたからね。やってますよアピールでしょ」

 千春は書類の処理を進めながら答えた。

「さすがに、潜伏先が上海ってことは伏せたみたいだけどさ」

「その上海からの犯罪者引き渡しだけど、私ら所轄は関われないことになった」

「はあ?日本と中国には刑事共助条約が結ばれてる。東南アジアみたいに外交ルートを使わなくても、現場レベルで犯罪者を引き渡してもらえるはずでしょ?」

「その条約の敷居が高いのよ。向こうは公安警察の高官が出張ってくる。日本側もそれなりの警察庁キャリアじゃないと釣り合わない…そういうこと」

 瑠璃は舌打ちした。

「所轄ごときの警部補じゃ貫目が足りない、てか。高級官僚もヤクザと変わんねえな。でもね、課長。あのネタは私が掴んだものですよ!」

 そう言って千春に詰め寄った。

 やれやれという顔で、千春が書類作業の手を止める。

「だから、あんただけは上海に行けるよう手筈はとった。『当該事件の捜査官は英語と中国語が堪能だから、通訳としても重宝しますよ』と進言してね」

「…なあんだ。先言ってよ。ちいママには、土産に上海蟹買ってくるからね」

 親しげに上司を呼んで、冗談ぽく返した。あっさり機嫌を直したようだ。


 翔子はナントカ歌劇団の男役のような瑠璃をまじまじと見る。

「ええ?堂前さんが、私を認めてくれてたんですか?」

「『市民を守るアイドル刑事、かっけえじゃん』って言ってたわよ」

 堂前先輩はツンデレなのだろうか。私の前では怒るかセッキョーしかしない。それに「市民を守る」というその評価は、当たってはいないし。

「…かっけえ、ですか」

 俯く仕草に、上司が何かを察する。

「ちょっと、酔いを覚まそうか」

 良き女上司は部下をいざない中庭に向かった。


 月がきれいだ。誰もいないテラスで、ふたりは腰を落ち着かせる。   

「護城巡査。滝沢亜美はどう?あなたに迷惑をかけてない?」

 階級で呼んだ。仕事の話だからだ。

「…いえ」

 目をそらす。

「本当に?」

 桜庭千春が刑事課長に抜擢された理由の一つが、取り調べの巧さだ。嘘はつけない。懺悔するように話を始めた。


 亜美とのコミュニケーションもようやくとれるようになってきた頃だった。パジャマ姿で報告書を作成していた翔子に、亜美が背後から抱きついてきた。

「ねえ、翔子。まだお仕事?」

「…うん。亜美は先に寝てなさい」

「やん。翔子と一緒に寝るう」

 鼻をくんくんさせる翔子。

「亜美。あなた、お酒飲んだ?」

「ちょびっと」

「あなたは未成年よ」

「未成年でもセックスはできるもん」

「…」

「翔子にもしてあげる」

 翔子の胸をまさぐり始める。

「…い、や。やめて!」

 亜美を撥ねつけ、頬を叩く。

「…あ、ごめん」

「あ、あ、あ、あ、あ」

 亜美が倒れて痙攣し始めた。

 慌てて翔子はスマホを手に取る。119。

「すみません。同居人が、発作を起こしまして。はい。住所は…」

「ごめんなさい!ごめんなさい、ママ。もう叩かないで。ちゃんとするから。パパともセックスするから…」

 スマホを取り落とした。亜美は涙を流しながら何者かに謝っている。

 愕然とした。


「救急車が来るまで、私は何もできませんでした。せめて手を握るべきなのに、あの子にさわれませんでした。心のどこかで拒絶しました。あの子は被害者なのに…」

千春は黙って聞いている。

「軽い発作だったので、翌日には私の家に戻りましたが、亜美は部屋に閉じこもって、ずっと口をきいてくれません」

 部下は全て正直に話したようだ。そう判断して千春が語り始める。

「PTSⅮ、心的外傷後ストレス障害には個人差があるの。中には他人をたじろがせる言動をとる人もいる。あなたが動転したのは、仕方のないことよ」

 翔子の手を握る。

「でもその言動は、トラウマからの回避行動であって、決してその人の本音ではない。あの子の本音、求めているもの…それを見つけなければ、彼女は救えない」

「…」

「あなたの手に余るのなら、やっぱり施設に預けようか?幸い市川もおとなしくしているようだし」

「いえ。続けさせて下さい。亜美と正面から向き合ってみます」

「わかった。何かあったら相談に乗る。いつでもおいで。一緒に考えよう」

 千春は優しく抱いて、翔子を包み込んだ。

(ああ、あったかい。私もこんな風に自然にできたら…)

 少し心が軽くなって、星降る夜空を見上げる余裕もできていた。

   

 


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