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第1話 闇バイト



 黒歴史だった。

 2年前の話だ。神奈川県警のホームページに「今年の新人警察官」という記事が載った。着任式で県警本部長が訓示を終えた後、新人たちが敬礼をする動画だ。

 左利きの護城翔子は、緊張のせいでうっかり左手を挙げた。すぐに気づいて

右手を挙げ直したとき、チロッと舌を出した。その姿がカワイ過ぎるとしてネット上でバズった。

 

 県警広報室は、マスコミ会見に対応するための大会議室を設えている。そこに地元のマスコミが集合していた。

 翔子はファッションモデルのようにランウェイを歩かされた。リハーサルも何十回となくやらされた。

 半袖のシースルーのワイシャツ。あろうことかミニスカート。背後には「カワイすぎる婦警」と題した立て看板が掲げてある。

「護城さん、目線こっちください」

「敬礼からの…ウィンク!」

「チロください。チロ」

 言われるがままだった。ウィンクして舌を出す。場の空気がハラスメント気味に翔子を突き動かす。

(私はこんなことをするために、警察官になったわけじゃない)

 だが「これも公務なのだ」と広報室長から諭された。

 こんなセリフも言わされた。

「タイホしちゃうぞ。バキューン」

 お約束通り、モデルガンの銃爪を引いた。


 その半年後だった。

 アパートの一室で、鈍い音ともに銃口が火を噴いた。今度はモデルガンではなかった。ニューナンブ38口径から実弾が発射されたのだ。

 機動隊と警官たちが踏み込むと、拳銃を構えた翔子が腰を抜かしていた。

 銃口の先には、若い女を人質にとった男が倒れている。

(まさか?)

 翔子の直属の上司である桜庭生活安全課長が危ぶむ。

 だが、弾は外れ壁に穴があいているだけだ。ほっとする。

 容疑者と言えど、警察官が民間人を撃てばこの国では大問題だ。ましてやそれが「婦人警官」であればなおさら。マスメディアは慎重に「女性警察官」と呼ぶ時代だが、昭和を引きずる人たちは未だにこの名称を使う。

 彼らの声が聞こえてきそうだ。

 曰く、これだから婦警(オンナ)は。

 この日以来、護城翔子は拳銃携帯のない事務職に追いやられた。

 翔子は思う。

 あの茶番劇を演じたとき、県警広報部は私を広告塔にしようとしていたはずだ。都合のいい時だけチヤホヤされ、邪魔になったら捨てられる…男社会の警察組織にとって私は“便利なオンナ”なのだ、と。




 6月3日。横浜南署・生活安全課相談窓口での出来事。 

 横浜港、ランドマーク、ベイブリッジ、観覧車等ファッショナブルな風景が広がる街。その景色に唾するように、浪岡君江が叫ぶ。

「横浜は、欲にまみれた街たい!」

 窓口でパソコンを操作しながら、翔子はその言葉を聞き流す。

「昨日泊まったホテルの周りでん、ガールズバーやら桃色マッサージやら、やらしか店ばっかりばい。満生は、都会の女に騙されたに決まっとるとよ!」

「お母さん、落ち着いて下さい。手掛かりになるものは、これだけですね?」

 提示された品物を確認しながら、事務機で記録していく。

 「浪岡満生 文久大学医学部二年生」という学生証をスキャンする。続いてカード類もデータとして取り込む。

「クレジットカード2枚…これは?」

 翔子は「女たちの便利屋 赤羽真代」という名刺を君江に示す。

「どうせ、いかがわしい店やろ。その女も怪しかけん、よう調べんしゃい」

 行方不明者捜索願の文書を作成し、学生証や名刺のデータを添付する。さらに「特異行方不明者リスト」への登録。

「書類は受理致しましたので、後日こちらからの連絡をお待ちに…」

「そげん言うて、ちゃんと調べてくだしゃるうとですかね?」

「できる限りのことはしますので」


 そのやりとりを横目で見ている同僚の美和子がボソリと呟く。

「ムリムリ。神奈川県だけで、毎年千人以上が行方不明になってるっつうの」

「護城翔子…アイドルちゃん、か」

 翔子の先輩である早苗が、共有ファイルを確認する。

 荷物を鞄にしまい、退出する君江の背中を見届けてから

「先輩。今の案件なんですけど…」

 と、おしゃべりが仕事と開き直る外野席を振り返る。

「護城さん。こんなの『特異』に入れちゃダメよ。事件性があると判断されて、捜査官の手を煩わせるだけなんだから」

 お局事務員のありがたい助言。

「はあ。でも、お母さんは音信不通の息子さんを心配して、わざわざ熊本から…」

「なら、アイドル刑事(デカ)が捜査したら?但し、拳銃抜きで、だけどね」

 やたら翔子に突っかかってくる同期が含み笑いをする。

「早く仕事覚えてよね。まったく」

 文書が「一般行方不明者」リストに移されるのを、翔子は見守るしかなかった。


 8月4日夜半。横浜の住宅街で、ある事件が起きた。

 高橋という家の前に、1台の黒いワゴン車が停まった。車内から作業服の三人組が出てくる。

 中原莉緒がスマホからの指示を確認する。

[アカ君は宅配便のふりをして、ピンポンしてください]

 段ボール箱を抱え、インターフォンの前に立つ。莉緒は深呼吸をしてから、緊張した面持ちで呼び鈴を押した。

「はい」

 年配の男の声だ。

「宅配便のお届けです」

「宅配?いや、知らないよ」

「あ。ですが、確かに高橋様宛てで。どなたかからの贈り物かもしれませんね。ちょっとご確認を…お願いできませんか?」

「…お中元か?ちょっと待って」

 酒井がドアの脇で金属バットを構える

[アオ君は殴る役]

 水野がスタンガンとロープを握りしめる。

[ミドリ君はじじいを縛り上げて、金のありかを吐かせましょう]

「…で、物は何?」

 この家の主がドアを開け出てくる。

 背後からバットが振り下ろされる。

「…っと」

 高橋は敷居に躓き、前のめりになった。

 バットが肩をかすめて地面に当たる。

「いってえ!」

 耐えかねて酒井はバットを手放した。

「う、うわああ」

 水野がロープをかけようとするも、高橋が跳ねのけ玄関に立て掛けられたゴルフクラブを手にとる。

「なんだ、貴様ら!」

 高橋がクラブを振り回し、背中に当たった酒井が倒れた。

 水野がスタンガンを高橋の首に当てて応戦した。閃光が上がり、高橋はその場で蹲る。立ち上がった酒井が、バットで高橋をめった打ちにする。

「じじい!ざっけんなよ!」

 水野もロープで高橋の首を締め上げる。

 狂気に走る酒井と水野の目。莉緒は怯えた表情でスマホを見る。

[抵抗したら、殺しちゃってください]

「いや。嫌。嫌あああ!」

 スマホを取り落とす。

 パトカーのサイレン音が近づいてくる。酒井と水野は我に返り、辺りを見回した。近所の家の灯りが点きはじめている。ふたりは顔を見合わせてから、その場を逃げ出した。

 莉緒ひとりが、腰を抜かして動けないでいた。

「待って。待って。待ってよお」   

 のちに新聞は「強盗傷害事件発生。被害者は全治六か月の重傷。金品被害なし」と報じた。

 莉緒の手の中で、スマホのトーク文がひっそりと消えた。



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