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尻ポケットに入れたスマホが振動する。

表示を見ると、胡散臭い男の代表川久保の名前がディスプレイに映っている。


「はい、八木橋」


「あ、八木橋くん、久しぶり。川久保だよ。君に用があってね」


歯切れのよい声でハキハキ喋る川久保は今日も絶好調らしい調子で話す。この男と話すとなぜか消耗する。


「なんの用?」


「君に殺しを頼みたいんだ」


「三百万からだよ。それも前払いで」


八木橋は頭を掻く。電話で彼から頼まれるなんて初めてのことだった。早急に片付けてほしいことなのかもしれない。


「今から言う名前の男を殺してもらいたい、

野崎義雄。歳は52。背丈は小柄な男で、小さい目に薄い髪だ。住所は仙台市みなそこ区◯の◯。たぶん妻と2人暮らし。

三百万を払えばいいんだね?一週間以内に殺してほしい」


「いきなりだなあ。あんたは会って頼むタイプだと思ったんだけど、時間がないのかい?」


「そう。時間がなくてね。僕が殺されるかもしれない危機に陥っててね。危ない芽は摘んだほうがいいだろう」


「殺される?」


どういうことだ。川久保はたしかにやたら胡散臭い仕事をしているため、恨みを買うことは沢山あると思う。だか、それにしたって殺されるほど悪いことをしているわけではないだろう。もししていたとしたら、八木橋は彼を甘く見ていたことになる。小悪党ぐらいだと思っていたが、悪党だったとは。


「トラブルがあってね。僕のやり方は間違ってなかったんだけど、相手が耐えられなくて。最近の若い子はほんと繊細なんだよ」


川久保の甘ったるいきどった声が聞こえる。この男の話し方は最初は好感が持てるが、どんどん重たく感じてくる。事前に並べられた言葉でぺちゃくちゃと話してるように聞こえてくる。


「殺されるほどだから、それ相応のことをやったんだねえ」


「僕はやってない。僕の考えではこれくらいでバテるくらいなら、何やったってだめさ。まあ昔風にいえば、根性がないんだよ」


「よくはわからないし、聞く気もないけどその男を殺してほしいんだね。三百万、どこで待ち合わせする?」


名前と特徴を再び確認し、メモに書く。情報収集しないといけないだろう。行動パターン、1人になる時間帯、人目につかない場所で犯行を起こす必要がある。


「6月7日に駅前のルチルっていう喫茶店で待ち合わせはどうだろう?10時くらいかな。そのときに金は持ってくよ」


「わかった。その時間帯でOKだよ」


今日から2日後の待ち合わせだった。スケジュールアプリに入力し、スマホを尻ポケットに戻す。


八木橋は殺し屋をフリーランスでしていた。彼自身いい生まれではなく、貧困家庭で育った。なるようにしてなった職業だと言っていい。親は父親がイタリア系の血が入っており、母親が日本人だった。父親は仕事が続かず、母親とは不仲ですぐに結婚してから別れてしまった。母親は男遊びが活発で、私娼であった。アパートに男を連れて稼いでいるようなろくでもない女だ。それでも、なんとかここまで生きれたのは曲がりなりにも母親が自分を育てた結果なのだと八木橋は思っている。子供の頃に、母親が男と寝るたびに、彼は外に行って邪魔にならないようにしていたが、ある日、夜中に出歩いていることがその時通っていた教師に見つかってしまった。母親はその時から本当にうんざりするような態度で、八木橋に対するようになった。

殺し屋の前は男娼をしていた。両親が恵まれた容姿を持っていたため、彼にもその恩恵が引き継がれた。男の相手をすることが多く、そっちの仕事は全く好きになれず、逃げるように辞めてリスクは多いがリターンも多い殺し屋になった。


八木橋が思ったのは、似たようなものを川久保にも感じることだった。うんざりはするが、どこか自分たちを繋げているものがある気がした。きっと似たような境遇なのだろう。人間を痛めつけても屁とも思わない人間同士なのは確かだろう。生きるために無駄なものをそぎ落とした結果が良心の欠如なのかもしれない。


午後5時42分、八木橋はコンビニに立ち寄り軽食を買って帰宅することにした。



「またせたね」


当日、川久保を喫茶店で待っていると何分か遅れて店に入ってきた。先に頼んであったアイスコーヒーを川久保も頼む。川久保はストライプ柄のスーツ姿、髪は長髪で八木橋と似た髪色をしている。柔らかそうな目元と薄い唇の冷たさが対照的なその顔は、彼の気性の荒さを表しているようだと思った。その立ち振舞いは芝居がかっているが洗練されていた。いつ見ても自分より服に金をかけていると思う。そんな中八木橋は、ラフなシャツとジーンズだ。店の店員はこのアンバランスな2人の交流を好奇心旺盛な目で見ていたが、八木橋は気に留めていなかった。


「少しだけだよ。気にしないでくれ」


「ああ。全然、まったくもって気にしてないよ。

僕は依頼者なんだからね、金を払う身分だ。君より優越的な立場だよ」


「俺にも拒否する仕事はあるからね」


「拒否したら違う人に頼むだけだけどね」


ああ言えばこう言う。この男にこれほど当てはまる言葉はない。


「金はどうしたんだい?」


川久保は、封筒をバシッと投げ出してテーブルに置いた。


「金だよ、三百万きっかり。

確かめなよ」


封筒に手を出し、一枚一枚数え始める。しっかり三百万だった。川久保は不敵な笑みを浮かべながら、八木橋を見つめる。


「ちゃんとある」


「これで話は前に進むわけだ。それじゃあ頼んだよ。殺し方は何でもいい。君が捕まろうが、そいつがいなくなれば僕は安心して毎日眠れるんだからね」


アイスコーヒーが運ばれてきた。川久保は一気にアイスコーヒーを飲むと、颯爽と会計をお願いするよと言ってきたが、八木橋がとめる。


「1週間はかかる。相手の情報を調べるためにね」


「できる限り早めに頼むよ。僕を1日でも安らかにさせるために君は金に見合った仕事をしてくれたまえ」


「急ぎの用があるのかい?」


「特にないけど、君とここいたって話すことないからね」


川久保は早くここから出たいようだった。たしかにこの男の言ってることは正しい。八木橋はこの男と少し話がしたかったが、断念した。


「俺は話したかったんだけどな」


「へえ。君は僕に興味があるのかい?

いい趣味してるじゃないか、僕のこと調べるなんてさ」


川久保は分かりやすく貧乏揺すりを始めた。この男は態度があからさまに出るときと我慢して出さないときがある。このときはあからさまに嫌な感じを表現していた。


調べると言うほどではない。会話がしたかったのだ。


「変なことを言うかもしれないが、俺とあんたは似たようなものを感じるんだよ。人は自分のために犠牲になってくれていると思ってるような気がしないかい」


川久保は真顔になって一瞬唸ったが、応えた。


「思うね。素直に」


簡潔な答えだった。彼は続けた。


「僕は自分でも認めるくらい悪人だと思ってるよ。これはウソじゃない。程度の差こそあれ、僕は悪人の部類に入る。悪人がなぜそう言われるかって言えば、人から奪うからさ。僕は奪うのが好きだよ。自分が分け与えることもなく、大きな報酬を得られるときっていうのは自分を許されたような感覚があるんだ。許されるというか、特別感だね。そうだ。それを感じさせてくれる瞬間が好きだよ」


理解できた。同じタイプの人間だと感じる。こんな感覚は久しぶりだった。同業者と話が合わないわけではないが、お互いが牽制しあってるところはある。この宗教詐欺師と波長が合うのはやはり生い立ちか何かが似ているからだろう。


「俺もわかるよ。俺はセックスが好きなんだけど、女性は自分としたがってるようにしか思えない時がある。こういうと気味悪がられるけどね」


八木橋がいうと、川久保は軽蔑の眼差しで自分を見下ろしていた。そこには明らかに反抗心が感じられる。


「性行為は僕はそんなに好きじゃないんでね。君の意見には賛成しかねるけど、いいんじゃないかな。僕のために君は働くだけで価値が今のところはあるんだから」


川久保はセックスが嫌いらしい。たしかに性的な雰囲気が醸し出されていなくて、潔癖という表現のほうがきっちりはまる雰囲気をまとっている。軟派な自分とは違う、どこかきちきちとした型にはまっている融通の効かなさを感じる。


「君が望むなら、いつでも複数人でセックスする場を提供してあげるよ。楽しいんだけどなあ、何もかも忘れられて」


「君はその事を言うために僕を引き止めたのか?

気持ち悪いやつだな、僕がそんな色狂いに見えるその頭がおかしいんだ。皆がみんな君みたいな色情狂じゃあないんでね」


「君がどんな顔してセックスするのか見たい気持ちがあったんだ」


正直な感想だ。このどことなく病的な雰囲気が無いのにもかかわらず、どこかに感じられる容姿の不思議を暴きたかった。この神経質なそれでいてサバサバしている彼のような男がどんな顔でよがるのか、そっちの方に興味があった。


川久保は敵を見るような鋭い目線で睨みながら、伝票を持って、会計を済ませた。

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