第七話 もし、あの日、私が──
なんだか嫌な予感がしていた。
案の定と言うべきか、連れてこられたのは屋敷の片隅に立てられた墓の前だった。
その墓標に掘られた文字を見て、私は言葉を失う。
『ケイド・ラルカン』
ケイドが……死んでいる?
何故だ。
だって……
「……死んでる……筈がないっ……!! だって……だってぇ!」
墓標に掘られた年数は、私が産まれる前だ。
私が産まれた後に、ケイドは産まれて居る筈なのに。
「有り得ないっ……こんなのっ……!」
ここに居る筈なのに。
私は……何のためにここまで来たの……!?
「どうして……ケイドは……死んだの?」
私の投げ掛けた呟きに、サクヤが答えてくれる。
「……飛び降りたんや。家の窓から」
「飛び……降りた……?」
ハンクが私の隣に並び立つと、愛おしそうに墓標を見つめた。
「ケイドは飛びたかってん……きっと」
「……何……言って……」
「ケイドが発見された時……シーツと木と蔦で作った羽背負っとってん」
「……え……」
その死に方は、父の死とあまりに酷似し過ぎている。
「飛べる筈ないのに、羽なんて背負って飛び降りるなんて……アホな奴やでホンマ……」
悔しそうに唇を噛むハンク。
「……ケイドは、あんな環境で育ったからか……誰にも愛されてへんと思い込んでたみたいや……」
あんな環境……領主のもとでこき使われ、挙げ句の果てに性奴隷させられた事を言っているのだろうか。
「でも、俺やハンくんだけは……ケイドを大切にしてました。ハンくんとケイドは……恋人同士やったんです」
「っ……!! だったら……何でケイドを助けなかったんだ! どうして!!」
ハンクは私を睨み付ける。
「助けられへんかった……」
動かない右手を、ハンクは口惜しそうに見下ろす。
大怪我をした、と言うのはケイドが死んだ時と関係があるって事か?
何にせよ。
ケイドは死んだ。
もう、話す事も触れ合う事も出来ない。
「ケイドは……もう居らん」
私は膝から崩れ落ちて、耳を塞いでハンクの言葉から逃げた。
嘘だ……嘘だ……嘘だ……!!
何故?
どうして?
どうして、ケイドなの?
ねぇ、神様……!
「君……泣いてるんか?」
「……っっ、……」
心配そうにサクヤが私の肩に手を置き、顔を覗き込んでくる。
溢れた涙が、無数の筋となって頬を伝い落ちて、小さな水溜まりを地面に作っていた。
悔しさと哀しさで、胸が押し潰されそう。
手にしていた魔鏡に写されたケイドを見る。
私はまた一人、大切な人を喪ってしまったのだ。
こんなに、会いたいと強く願っているのに……!
こんな事って……。
私は、ケイドの墓標を抱き締めた。
墓標に触れた左手の指輪が熱くなるのを感じる。
私が……助けられたら……良かったのに。
私……私が……。
私がケイドを助ける……!
そう強く思った瞬間、私は目映い光に包まれた。
手にしていた魔鏡に一筋のヒビが走り、写っていたケイドの顔がこちらを向く。
時間が目まぐるしく戻っていった。
それと同時に、ケイドが死んだ時の記憶が頭に流れこんでくる。
ケイドを死に追いやったのは、やはりあの領主だった。
領主は金に目が眩んで一度はケイドを奴隷の売人に売ったが、やはり惜しくなりケイドを再び探し始めた。
しかし、その時にはハンクがケイドを買い取っていて手出しが出来ず、族を雇ってケイドを拐おうとしたのだ。
ハンクはその際領主の手下のスナイパーに暗殺されかけて大怪我を負った。
一命は取り留めたものの、右半身が不随になってしまったらしい。
ケイドは族から逃げるため、窓から飛び降りた。
ご丁寧にあつらえたシーツの羽を背負って。
馬鹿な……事を。




