第十三話 春を待つ輪廻
「君はアレックスの指輪に触れた。魔力は微量ながら残っている筈。神経を研ぎ澄ましてみて」
偽物の父に言われるがままに目を瞑り、意識を集中させる。
すると何処からか、耳心地のいいギターの音色が聞こえてきた。
そして、目蓋の裏にアキの姿が映る。
私がプレゼントしたギターを奏でるアキが、そこには居た。
アキは……生きている。
「感じたか?」
瞑っていた目を開くと、私は偽物の父の方を見て頷く。
「彼は近々ガットと共に神殿バベルの最上階へ向かうだろう」
「……私に……止められるでしょうか?」
「分からない」
あくまで彼は、私を神殿バベルへ連れてくるだけの存在なのだろう。
それ以上どうするかは、私次第。
ガットはケイドとアキを連れて神殿バベルへ登る気だ。
恐らく、二人を“神”にするつもりだろう。
“神”になれば……この世からいなくなってしまう。
また私は、大切な者達を喪う事になる。
──そんな事はさせない。
「……分かりました。明日、神殿バベルへ赴きます」
私はベッドから立ち上がると、閉じていた寝室のドアを開いた。
振り向き様、私は。
「おやすみなさい、お父さん」
偽物を敢えて父と呼んで、微笑みを向けて。
静かにドアを閉じる。
早朝。
まだ人狼達が寝静まっている時間に、私は偽物の父と共に家を出た。
森を抜けると馬車が待ち構えている。
馬の手綱を引く御者の胸元には、逆さになった吸血鬼の国の貴族の紋章の刺繍が施されていた。
馬車は、どうやら私達を神殿バベルまで送ってくれるつもりらしい。
地道に足で向かおうと思っていたから、好都合ではあるが。
まるで行動を読まれているかと思うと、癪でならなかった。
仕方なく馬車へ乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出す。
神殿バベルに近づくにつれ、車窓から覗く景色は変わってゆき。
思っていたよりも早く神殿バベルに着いた。
どうやら知らない間に移動魔法を使っていたようだ。
偽物の父のエスコートで馬車を降りると、そのうず高い塔を見上げる。
相変わらず天辺は雲の上に隠れていて見えないが、以前来た時のような突風や雨は止んでいた。
馬車は何処かへ走り去っていってしまった。
私は、偽物の父の方へ顔を向ける。
彼の役目は、恐らくこれでもう終わりだ。
「……お別れですかね?」
偽物の父は、穏やかな表情で私を見つめ返した。
「そうだね」
その言葉に、胸が締めつけられる。
父が遺した思い出と偽物の父の優しさが混ざり合い、切なさでいっぱいになった。
「……キデさん」
私は一歩近づき、彼を抱き締める。
その温もりを忘れないように。
すると、偽物の父は私の頭を撫でた。
「いつでも君の側にいるよ」
その温もりはやはり本物の父そのもので。
別離を悲しむ私の心が疼く。
偽物の父の姿が、霧のように掠れ始めた。
「っ……待って……いかないで!」
思わず叫んびながら腕に力をこめたけど、その身体をすり抜けて、私の腕は空を切って自分自身を抱き締める。
どうやらもう、触れる事はもう許されないらしい。
偽物の父の透けた両手が、私の頬を包む。
そして彼は、不器用に愛らしく笑った。
「また春に会いましょう」
「──!」
父に最後に会った時。
彼は別れ際にそう呟いていた。
私には、その言葉の意味が今でも分からなくて。
「ねぇっ、春っていつの春……!? あと何回春を過ごせば貴方に会えるの……!? 私っ……いつまで待てばっ……」
涙が溢れて止まらない。
偽物の父は私のお腹を指差した。
「……輪廻転生……」
「へ?」
再び優しく笑うと。
「愛してたよ……『──』」
その姿は風に消えた。
私はその場に立ち尽くす。
彼が最後に言ったのは、私の本当の名前だった。
父がつけてくれた、尊い名前。




